第33話 囚われたアルス

 情報を手に入れて宿へ戻ると、ルーナとナミの目に飛び込んできたのは、傷だらけで立ち尽くすニッケとベルの姿だった。


「どうしたの、二人とも!? その傷……まさか!」


 ルーナが駆け寄ると、ニッケが嗚咽をこらえながら声を絞り出す。


「ルーナさん……ごめんなさい。ウチら……アルスを守れませんでした……!」

「アルスを……!?」


 その言葉に、ルーナは初めて気づいた。

 ――宿の前にいるはずのアルスの姿が、どこにもない。


「……一体、何があったの?」

「ルーナちゃん、実は――」


 ナミが手当てを施す傍らで、ベルが震える声で語り出した。



 それはルーナとナミが夜の街へ出てから、そう時間の経たぬ頃だった。


 ベルは不意に、地鳴りのような音に目を覚ます。


「……なんだろう?」


 眠気まじりに窓の外をのぞくと、巨体のアルスが光の縄で縛られ、荷車へと運ばれていく光景が目に飛び込んだ。


「ニッケちゃん! アルスくんが――連れて行かれる!」


 すぐさまベルは同じ部屋のニッケを叩き起こし、二人は宿を飛び出した。


「待ちなさいっ!」

「あなたたち、アルスくんをどこへ連れて行く気!?」


 その声に、黒衣の男たちが忌々しげに振り返る。


「……見られたか。お前ら、始末しろ!」


 号令とともに、魔法陣が闇に浮かび上がり、群れをなした黒い翼が現れる。


「あれは――イーヴィルバット!」

「きゃあっ!」


 無数の蝙蝠が襲いかかり、二人は怯んでしまう。


 その隙に、アルスを乗せた荷車は夜霧の中へと消えていった。



「――というわけなの……」

「不覚でした……!」


 涙を流す二人を前に、ルーナの胸に煮えたぎるような怒りが込み上げる。


「アルスをさらい、ベルたちまで傷つけるなんて……絶対に許さない!」


「お嬢様、おそらく黒牙商会の仕業です」

「黒牙……! なら、今すぐ――」

「お待ちください」


 ナミの冷静な声が、ルーナの焦燥を止めた。


「今、敵は最も警戒している時期です。焦っては罠に落ちます。生きた魔物を取引する者たちが、アルス様を無傷で失うとは思えません」

「……そう、ね。わたし、冷静じゃなかった」


 そう言いながらも、ルーナの瞳には揺るぎない決意が宿っていた。


「ごめんなさい、ナミ。あなたも辛いはずなのに……」

「いえ、お嬢様の痛みは私も同じです。――事前に得た情報によれば、数日後に闇のオークションが開かれるそうです。おそらく、アルス様はそこで取引されるでしょう」

「……その時を狙うのね」

「はい。準備を整えましょう」


 ルーナは拳を握りしめ、深く息を吸い込んだ。


「待ってて、アルス。必ず、あなたを取り戻す……!」



「キュ……(ん、んん……)」


 アルスが目を覚ますと、そこは闇に閉ざされた空間だった。


 身体を包む空気は湿って重い。

 耳を澄ますと、金属がきしむ音が響いている。


(ここは……? たしか、ちょっとチクリとしたと思ったけど……)


 超音波を放つと、すぐに跳ね返ってきた反響が告げる――鉄格子と厚い壁。

 自分が檻の中に閉じ込められていると悟る。


「キュッ!?(ルーナはどこ!?)」


 巨体を起こそうとするも、全身に痺れが走り、力が抜ける。


「キュ……(身体が……動かない!)」


 そのとき、松明がぱっと灯り、三つの影が明るみに浮かんだ。


 黒髪を後ろで束ねた紳士然の中年――黒牙商会の首領ヴァイゼン・クローフ。

 無精髭と傷跡が顔を刻む、粗野な男――実行役のアウル・グリード。

 白衣に眼鏡の、冷たい瞳の女――研究員シグナ・レミリア。


「これが例のシャチという魔物か」

「ああ。宿の前でプカプカ浮いてたからな。俺たちでさっさと捕まえてきた」

「文献にも記録がありません……未知の種ですね。ふふ、実に興味深い」


(ルーナ……僕、どこに連れてこられたの……?)


「キュイイ!(ここから出して!)」


 アルスが必死に鳴き声を上げると、ヴァイゼンは薄く笑みを浮かべた。


「無駄だ。お前はもう自由じゃない。――すぐにオークションに出される。金を積む貴族の手に渡れば、二度と海には戻れまい」


(ルーナと会えなくなるなんて、そんなの、イヤだ……!)


 アルスは身をひねり、鉄格子へ体当たりする。

 その瞬間、尻尾の黒い輪が赤く光り――電流が走った。


「キュアアアアア!(うああっ!!)」


「隷属の枷。抵抗の意思に反応して電撃を流す仕組みですよ」


 シグナが冷ややかに言う。


「さすがだな。お前の研究のおかげで、この魔物も赤子同然だ」

「光栄です、クローフ様」


「へっ、こいつを連れてきたのは俺だ。そろそろ褒美をくれや」

「もちろんだよ、アウル君。君にも相応の報酬を用意してある」

「へっ、上等だ」


(ルーナ、助けて……!)


 苦痛に震えるアルスの視界が滲む中、三人の笑い声だけが残酷に響いた。

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