王都への道のり

第22話 課題

 ゆったりと宙を泳ぐシャチのアルスに乗りながら、ルーナたちは町の外に広がる西部大森林の道を進んでいた。


「本当に深い森ね……。まるでどこまでも続く針葉樹の海だわ」


 何気なく呟いたルーナの言葉通り、見渡す限り針葉樹が林立し、昼でもなお薄暗い森は出口の見えない迷宮のようだった。


「大森林はノール王国の西に広がる魔境です。どこに危険が潜んでいるか分かりません」

「そうね、わたしも気を引き締めないと」


 ナミの忠告を心に刻むルーナに、アルスが胸を張る。


『敵ならぼくがやっつけるよ! まかせて!』

「そうね、アルスがいるから百人力だわ。頼りにしてるわよ、アルスっ」

『えへへ~!』


 ルーナに撫でられて、アルスはご機嫌に宙を泳いだ。


 だが――しばらく進んだところで、アルスがピタリと止まる。


『……なにかいる!』

「みんな、警戒して! アルスが敵を察知したわ」

「はい、ウチも気配を感じてます!」

「来るよ!」


 ニッケとベルも身構えた瞬間、藪を割って飛び出したのは、異様に長い牙を生やした豹のような魔物だった。


「ビヤアオオオオオ!!」


 突進をすんでのところでかわしたアルスの前に、獣は低く唸って立ちふさがる。


「サーベルパンサーです!」

「あの長い牙を突き立てられてはひとたまりもありません、皆さまご注意を!」


 ナミの警告に、ルーナの背筋も粟立つ。


『でも、ぼくより小さいし楽勝でしょ!』


 そう言ってアルスは尾びれで宙を蹴り、巨体の突進を仕掛ける。

 しかし――。


「グルルッ!」


 サーベルパンサーは軽やかに跳躍し、その猛攻を紙一重でかわした。


『えええっ!?』


 アルスは勢い余って木に激突し、星を散らす。


『いたたた……!』

「アルス! 大丈夫!?」

『だ、大丈夫……! 次は外さないぞ!』


 サーベルパンサーは背を丸め、赤い瞳をぎらつかせて低く唸った。

 その牙は光を反射し、まるで長剣のように鋭い。


「近接されたら危険です!」

「でも、避けてばかりもいられない!」


 ナミの警告と同時に、アルスが尾びれで宙を蹴り――。


『もっかいだ! こんどこそっ!』


 巨体の突撃が地響きのように森を揺らす。

 だがサーベルパンサーはすさまじい反射で跳び退き、牙でアルスの皮膚を掠めた。


『ひゃっ!? あっぶな!』

「アルス、無茶しないで!」


 間髪入れずニッケが前に躍り出る。


「――ライトニング・ステップッ!」


 雷を纏った脚が稲妻の残光を残しながら振り抜かれる。

 だが再び空を切り、ニッケの腕に血線が走った。


 サーベルパンサーの鋭い爪で切り裂かれたのである。


「うっ……!」

「ニッケちゃん!」

「ウチは平気です! でも……速い!」


 血をにじませながらも食いしばるニッケ。


 すかさずベルが詠唱する。


「ロック・ブラスト!」


 土弾が雨のように撃ち込まれるが、サーベルパンサーは鋭い跳躍でかわし続ける。


 その隙を狙って、サーベルパンサーがベルへ跳びかかった。


「ビヤアオオオ!」


「きゃあああっ!?」

「ベルさん!」


「――アイス・バレット!」


 ルーナが咄嗟に氷の礫を放つ。

 鋭い氷弾が敵の脚を撃ち抜き、瞬時に凍り付かせた。


「グルルッ!?」


 サーベルパンサーの動きが鈍った、その瞬間。


「今です!」


 ナミの号令が響く。


『まっかせて!』


 アルスの突進とニッケの雷拳が同時に炸裂する。

 巨体の衝撃と雷撃が重なり、サーベルパンサーの頭蓋を打ち砕いた。


「ビギャッ!!」


 森に再び静寂が訪れる。


「……仕留めたのね」

『やったぁ! ぼくたちの勝ちだ!』


 息をつきながらルーナは仲間を見回す。

 冷たい汗が頬を伝うが、その胸は高鳴っていた。


「わたしたち……本当に勝てたんだわ!」


 その言葉に、アルスが嬉しそうに頬をすり寄せてきた。


『やったね、ルーナ!』

「あはは、アルスってば、くすぐったいわ」


 頬にすり寄って甘えるアルスに微笑むルーナ。

 だが、そんな和やかな空気の中でナミがコホンと咳払いした。


「皆さま、確かに勝利は収めました。……ですが、それぞれ課題も見えてきたはずです」

「キュイ~?(かだい?)」


 首をかしげるアルスとは対照的に、ニッケはベルに傷薬を塗ってもらいながら神妙にあごを撫でた。


「確かに……ウチ、勢いで突っ込みすぎました。速さはあっても、無鉄砲じゃ意味ないですね」

「私も……魔法の狙いが甘くて、全然当たってなかったな~」


 ベルも肩を落とすと、ナミが静かにまとめるように言葉を続けた。


「そうです。狭い森の中ではこちらの動きが制限される一方で、敵の機動力が増します。もっと慎重に動くべきでした。――アルス様も」

「キュイッ!?(え、ぼくも!?)」

「ナミの言う通りよ、アルス。あなた、がむしゃらに突撃しすぎだったわ」

『しゅん……』


 ルーナにまで言われ、アルスはしょんぼりとひれを垂らす。

 だが、そんな彼の顔をルーナは両腕で抱きとめて笑いかけた。


「でもね、その勇敢さは本当に誇らしいことよ。失敗するのは悪いことじゃないわ。大事なのは、次に同じ間違いを繰り返さないこと」

『ルーナ……! うん、ぼく、もっと上手くやる!』


 すぐに顔を上げるアルスの無邪気さに、ルーナも自然と笑みをこぼす。


「――ルーナさ~ん、こっち手伝ってください!」

「サーベルパンサーの牙と毛皮は、ギルドで高く売れるんだよ~!」

「はーい!」


 ニッケとベルに呼ばれて、ルーナも解体作業に加わる。


 その横顔を見守りながら、ナミは小さく息をついた。


「……お嬢様も、仲間を導けるようになりましたね。主人に仕えるメイド冥利に尽きます」

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