過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う

でい

失敗できないタイムライン

第一章

第1話 残されたヒロイン

 その日、僕はを見送った。


 都筑蒼一つづきそういち。高校二年生。

 調子のいい性格で、正義感の強い長身短髪——幼い頃からよく知る親友は、


「この時間軸タイムラインをさかのぼる。過去に戻って、すべてをやり直す」


 湿気を帯びた風が吹き抜ける。カーテンが揺れるたび、夕陽の影が教室をさまよった。

 放課後の校舎に、部活動のかけ声は響いてこない。


 閑散とした空間に残っていたのは、親友の蒼一とクラスメイトの女の子。

 そして——偶然そこに居合わせてしまい、扉の外でぽつんと立ち尽くす僕だけだった。


「俺がこの手で書き換える。もう失敗はしない。絶対に大丈夫だから!」


 蒼一は威勢のいい決意を口にする。

 視線の先に、汐見澪しおみみおが立っていた。

 弱々しく指を組み、今にも消えそうなはかなさでうつむいている。


 肩まで伸びたプラチナブロンドに、淡雪のように透き通る肌。制服越しにも主張のあるプロポーション。

 普段あまり登校してこないが、校内でも屈指の美人と評判で、周囲からも一目置かれる存在——だった。


 教室の中の彼女に、かつてのオーラはない。

 よれた制服の丸い背中、ぼさぼさの前髪の下で、生気の失った瞳をしている。


 誰から見ても不幸のどん底、といった印象。


 その原因に心当たりがある。彼女にまつわる不快な噂を今日も耳にした。

 隠れてアイドル活動をしていたとか、事務所の怪しい不祥事でネット炎上中だとか、教師となんかあったとか、家庭がごたごたしてるだとか。


 ゴシップを除けば正直、汐見澪についてよく知らない。

 けれど、よく知るはずの蒼一が彼女と知り合いだったなんて、まったく気づかなかった。

 どうして放課後の教室にふたりが——。


 抑揚のない声で、汐見澪が呟く。


「都筑くん」

「安心してくれ。汐見、おまえを必ず助けるから!」


 蒼一は、不幸な同級生を救いに『タイムリープ』すると告げた。

 汐見澪の問題を解決するため、過去に戻ってやり直す、と。

 そんなチートじみた能力を授かっていたことすら知らないし、可愛いヒロインもいるし、まるでタイムリープものの主人公みたいだ。そういう面白そうな設定はあらかじめ言っといてくれよ。親友なのに水臭いだろ。


 半信半疑で眺めていると、宙に浮いていく蒼一と目が合った。

 こいつが洒落しゃれにならない冗談を言うとは思えない。手の込んだ浮遊マジックを披露するとも。

 嘘だろ。まさか本当に、時間をさかのぼれるのか。

 いや、グッとサムズアップでアピールすんな。


「じゃあな」


 照れくさそうにそう言い残し、親友は一瞬にして光のポータルの中へと消えた。

 それはさながら映画のワンシーンのようで。

 同時に夕暮れの斜光がピークに達し、思わず「うっ」と目を伏せた。


 何かが変わる予感が——。


 えと、ちょっと待って。

 蒼一が過去をやり直して、いわゆる『過去改変』が起こるってことは、未来が変わる。

 となると、僕のつつがない人生にも影響してしまう?


 それは困る。

 実は、気になってる女の子といい感じなんだ。

 順風満帆といっていい。たぶん今がいちばん楽しい。つかず離れずのやきもきが、むしろウキウキワクワクしてる時期なんだよ。

 それが変わってしまうのは嫌だ。

 正直に言うと、めちゃくちゃ嫌だ。

 頼む、都筑蒼一。

 僕の平穏な人生に干渉せず、うまい具合に汐見澪を救ってあげてくれ!


「……っ」


 そろそろ斜光が落ち着いたタイミングで目を開ける。


 教室に、女の子が膝をついていた。

 焦点の合わない瞳で、タイムリーパーが消えた空間をぼう然と眺めている。

 着崩れた制服、ぼさぼさの淡いブロンド髪。

 美少女のオーラが霧散むさんした薄幸はっこうの——何ひとつ変わらない姿のままで。


 放課後の教室。

 しんとした空気の中、彼女がぽつりとこぼす。


「都筑くん、ほんとに行っちゃったんだ」


 無機質な瞳が、おもむろにこちらを向いた。


「あ、鳴海凛人なるみりんと、くん……」


 彼女についてよく知らない。

 名前を覚えられていたと、今になって知ったくらいだ。

 同情はしても、接点がない。

 助けるためのきっかけが何ひとつなかった。

 都筑蒼一が救うはずの、薄幸のヒロイン。


 なのに、僕と彼女は何も変わらないまま、ぽつんと取り残されてしまった。


 あいつ、戻ってこないの? まさか失敗したのか?

 今この場にいない事実が、嫌な想像をかき立てる。

 もしかして。

 蒼一が過去改変に成功していたとして。


 それで救えたのは、あいつの向かった『異なる世界線タイムライン』にいる汐見澪なのではないだろうか。


 この時間軸に残された彼女は、


「ねぇ。過去、変わってないよね」

「変わってないね、たぶん。汐見さんはかなり気の毒な境遇——っていう認識のままだから」

「そっか。やっぱり、そうだよね」


 意志のない瞳で、こちらを見つめていた。

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