始まりのフォアカード 1-1

 1.オガワ氏の事情



 私はバーリー・リライアント・オガワ。

 銀河系通信大手のジプコ本社で人事部の部長を務めていて、現在の年齢は銀河標準時間で四十一歳です。

 何故銀河系の標準時間で年齢を現す必要があるかというと、それぞれの太陽系の惑星の自転と公転周期が違うからです。

 これは重要なことになります。

 生まれた星だけで一生を終えれば問題ありませんが、少なからず銀河系全体で人と人との交流が生まれ、行き来が行われるとなると、基準となるものがなければ見た目と星年齢にギャップが生まれ混乱が生じてしまうことになります。

 惑星にはそれぞれ周期があり短い周期もあれば本当に長い周期も。そのためそれぞれの太陽系での年齢で経歴を書くと混乱することになるのです。分かりますか?

 同じ見た目であっても百歳を超える惑星年齢の人がいたかと思えば、十代であっても皺が目立つ人が出てきたりします。

 人が人類発祥の地、惑星テラから宇宙に進出して三百五十年以上になり、惑星改造を行い移住するとなると、それぞれの惑星によって時間のズレが生じてしまうのです。今でこそ自転周期は銀河標準時に近づけることが可能になってきていますが、公転周期に関してはまだまだ難しいといったところです。

 宇宙歴が制定されて百四十六年後、銀河連邦成立とともに銀河標準時が設けられました。

 なぜこのようなことを延々話しているかというと、私は大手通信会社ジプコで人事を担当しているからです。会社は銀河系全域に通信網を張り巡らせ支社や子会社を様々な太陽系に数多く展開しています。そのため多くの太陽系から本社や支社に入社希望と転職希望があり、さらに良い人材を求め業界内外からスカウトも行います。採用に際して私自身それらを管理していかなければならなくなるのです。

 学歴もですが、人柄の他にも年齢も重要な要素になってきます。

 会社への就職希望者は多数の星系に渡り、ティーマの本社のみならず各支社への配属も考えなければならず、彼らの希望通りにはいかない場合も多々あります。

 本当に悩ましいところです。

 私は元々技術畑の人間でありました。

 ジプコが会社として大きく発展しようとしていた頃に、私はプログラマーとして採用されシステムエンジニアとして仕事をしていましたが、さらなる事業拡大に伴い総務部門の拡充が必要になり、社長からその適性があるとの話があったのです。辞令が下り総務を管轄するよう命じられ、会社の拡大発展に伴いいつしか出世し私は人事部部長になってしまっていたのでした。

『仏のオガワ』と評する者もいるようですが、そこまで人徳があるとは思っていません。

 ただ人事に適性があったとされるのは社長(創業者で有り現会長)の目が確かであったのだろうと思いますし、現在の地位は望外の出世であったと考えています。

 今回はそのプルクス・ジェマイマ・ヘルメナス会長に直接呼び出され、私は会長室に赴くと、応接室へと招き入れられる。応接用のソファに座ると会長は硬い表情で私を見つめてきます。なんだろう?

 会長の執務室にお邪魔するのも久しぶりだった。部長という肩書を持っているとはいえ、会社経営陣とは縁遠い世界にいるからです。室内を見回すと秘書もいない。

 会長手づからお茶が用意されたのである。何があったのであろうか? 異常事態もありうると私は身を固くした。

「オガワ君に頼みたいことがあります」

 静かな声でそう言ったかと思うと、会長は頭を下げてきたので私は驚いた。訳が分からず会長に問いかける。

「どうしたのですか? 何か面倒事でも?」

「オガワ君にしか任せられないのですよ」

 顔を上げた会長は私に信頼を寄せてくるとともに、心底済まなそうな表情で言った。

「私にですか?」

「君以外に適任者を思いつかなかったのです」

 適任者? 総務畑に追いやられたあの時と同じで身を固くして、会長の次の言葉を待ちかまえる。

「息子の補佐をお願いしたいのです」

「息子? パーン君ですか? 私が?」

 意味が分からないが、真顔で会長は頷いてくる。

 補佐? パーンは銀河標準時間で十三歳だったはずである。自分の息子達よりも年下の子供の面倒を見る?

 青天の霹靂である。総務部門への配置換えの時と同じ状況とも言えた……。今の私はどういう顔をしているだろうか? あの時は頭が真っ白になったなぁ。

 今も私は会長一家とは家族ぐるみの付き合いがあり、ハーンがジプコ入社以来疎遠になってはいたが、私は彼を幼少のころから知っている。

 パーン・ロス・ヘルメナスは会長の一人息子であり弱冠七歳で大学までの通信教育課程を終えジプコに入社したいわゆる天才である。入社七年目の中堅であるが、弱冠十三歳の成人もしていないお酒も飲めない少年だった。

 それゆえに彼を知らない者からの風当たりも強いものであったが……。

 幼少の頃から利発で、音楽に興味を示し、様々な楽器を演奏し曲を披露してくれた。その方面に進むのかと思っていが、シンセサイザーを自分で組み立てるようになってからだろうか、システムプログラムや情報通信にも精通するようになり才能を開花させていく。

 広い部屋いっぱいに積み上げられた作曲のための音楽システムを見せられた時には度肝を抜かされたものである。弱冠五歳でやることではなかった。

 七歳で仕事をするために必要なライセンスを取得すると、そのままジプコに入社してしまう。早熟な天才で終わってしまうのかは分からないが、パーンは開発部門に籍を置き活動を始め、今に至る。

「開発三課の後をどうするか考えていた時に、パーンが言い出したのです。自分の部署を立ち上げたいと」

 会長の言葉に唖然とするばかりだった。

「それを了承したのですか……?」

 一瞬、親馬鹿という単語が頭に浮かんでしまう。

 実際にパーンがTDFを立ち上げた際には、親の七光りだとか、パーン個人だけではなくごく潰し部署といういわれのない風評まで広がったこともあったほどである。

 まあ、それは置いておいて、この時の私は少し動転していたのかもしれない。

 突然の異動話である。

 採用に関して彼とは少しだけ接点はあったが、仕事をするようになってからは見かけることがあるくらいでほとんど会っていないし、話もしていなかった。

 彼は優秀ではあるが、明らかに他の人とは違う思考と感性を持っている。その独特な発想は音楽にも似ているのかもしれないと個人的に考えている。そこに至る過程は突拍子がなく、何故その結末に至ったのか理解できる者はいないからかもしれない。

 その点でも好き嫌いが分かれるところではないかと思う。

 理解しようとするか、拒否し放棄するかである。

 少年らしさもあるが、思考は大人顔負けである。それを快く思わない人もいるだろう。

 人付き合いは悪くないはずだが、仕事に没頭しすぎるせいか、人事評価以外でもあまりいい噂は聞こえてこないから、難しいところである。

 今の時代、十代で起業する者もいるのであるから、そこまで年齢を気にする必要はないと思うが……。

「二年以内に会社に利益をもたらすとパーンは言ってきたのです」

「それまた……」

「五年以内には、会社になくてはならない部門にすると」

 そうなると優秀な人材が必要になってきそうだな。

「そこで人事部部長である、私の出番ですか?」

「いえ、人材は彼自身が見極めて集めたいとも言っています……」

「はあ」どうやってやるのかはここで訊いても無意味だろう。「ではその新部門でその補佐としての私ですか、本当に?」

「肩書としては部長代理としてパーンを補佐する立場となり、人員規模からも役職者としての扱いは低いものになってしまいますが、給与面では部長職と同レベル待遇にするつもりです」

 再び会長は頭をさげてくる。気の毒になるくらいである。

「肩書はあまり気にしていませんが」

 今までが出世しすぎだと思っているし、役職が下がったとしても妻もあまり気にしないだろう。

 それに気になることもあった。

「パーンが開発部門を立ち上げるのは分かりましたが、人員は決まっているのですか?」開発には能力だけではなく人員もかなり必要となる。「彼は今、開発三課の残務処理にあたっているはずですが?」

 人員を見繕っている時間があるようにも思えない。

「今も残務処理の他にも仕事を抱えているようです。そのような時間は無いはすですから、個人的にもまだ誰も決まっていないだろうし、これからだとみています」

 家にもあまり戻っていないようで、会社に住み込んでいるのではないかと会長は苦笑いしている。まだ成人していないのに放任過ぎないか? 呆れるしかなかった。

 パーン自身も昔から色々と抱えむ性格であったが、それに拍車がかかっているような気がしてくる。

「なるほど」これは本人と会って話をしてみるしかない。「分かりました。すぐにでもパーンと会いましょう」

「お願いします。それで、この件は引き受けてもらえるでしょうか?」

「補佐はお受けします」

 私の言葉とともに会長の表情が安堵した顔になる。それは会長としてではなく親として見せた顔である。

「ただ個人的にひとつ条件があります」

「何でしょう?」会長が顔を引き締める。

「私も開発部門の一員として彼を補佐したいのです」

 人員探しや彼のサポートにも協力するが、私は二十年来くすぶり続けていた想いに応えようと、一人のシステムエンジニアとしてまた現場に立ちたいと会長に申し出るのだった。

 これは私の矜持でもある。

 私自身の我がままだとしても、その心だけは捨てたくなかった。


 人通りのない静まり返った廊下を少年は走っていた。

 パーン・ロス・へメナスは資料を抱えながら息を切らして応接室に駆け込んでくる。

 彼は時間管理がルーズになりがちだった。いつの間にか気が付くと必要以上に仕事を抱え込み不眠不休の作業になったりしている。今回も作業に没頭しすぎてオガワとの約束の時間を過ぎてしまっていたのだった。

 対話室の扉が開き切らぬうちにパーンは中へと入るとすぐさま頭を下げ謝罪する。

 オガワは手にした人事評価を映し出したタブレットから顔をあげパーンを見ると、彼は赤っぽいスーツに髪の色に近いネクタイはディープブルーだった。

「すいません。遅れました」

「一時間までは行っていないけれど、遅かったね」ある程度は予測していた表情でオガワは言う。「時間にルーズになってはいけない。社会人としては問題があるからね」

「気を付けます」

「まあ、本来社会人としてあるべき行為を知らないで来たというのもあるのだろうけれど、これからは管理職になるのだから気を付けた方が良いね」

「承知していますが……」

「忙しいは理由にはならないよ。自力で解決できないようであれば君にはスケジュール管理をする秘書官が必要になりそうだ」

「う~ん。大丈夫ですかね」

「仕事量的に、かな? それとも性格的にだろうか?」

「両方です」

 オガワは苦笑し「探してみようと」言ったが、パーンは募集して欲しいと言って来た。自分の意志で来てほしいと彼は言うのである。

 パーンにオガワは席を進めると、珈琲を煎れる。

 少年ぽい仕草で彼は応接室のソファに腰を下ろす。

「忙しそうだね」

「仕事を見つけてしまうというか、性と言いますか、それに任せられる人がいなくて」

「それはよくない傾向だよ。上司たるもの部下に仕事を振って任せることも覚えないとね」

「まだ管理職ではありませんので」

「これからはそうなるのだから気を付けた方が良い」

 説教したいわけではないが、どうしてもそうなってしまうとオガワは感じてしまう。

「理解するようにします」

「相変わらずのようだね」それまで厳しい表情だったオガワのブラウンの瞳が優しげにパーンを見る。「それに元気そうだ」

 パーンのくすんだ金色の瞳が屈託のない笑みを浮かべ頷く。少年らしくもあったが、鋭い目付きは社会でもまれてきたことを物語っている。

「ご無沙汰しています」

「本当に久しぶりだね」

「それでですね。父から聞きましたが、僕のサポートをしてくれると伺いました」

 もう少し近況を聞きながら世間話をして本題に入ろうかと思っていたオガワよりも先にパーンが切り込んでくる。

「個人としては大変うれしいのですが、オガワさんにはご迷惑だったのでは?」

「気にしないでほしい。頼まれただけではなく、これは自分の意志でもあるのだからね。だからこそ、こちらからもよろしく頼むよ。パーン」

 技術職に戻りたいのだとオガワはパーンに話した。

「それは願ったり叶ったりです。オガワさんがやりたいと思うことを研究開発してください」

「それは大きく出たね。それがパーンの方針なのかね?」

「どうなるかは分かりませんが、僕個人としましては自由にやりたことをやってほしいのです」

「なるほど、考えておかないとね」

 腕は鈍らせないように、知識は置いていかれないよう最新の情報にも目を通してきたが、最初は何らかのプロジェクトの手伝いからリハビリを兼ねて始めようと思っていただけに意外な申し出だった。

「それでパーンは新規部署を立ち上げたいと聞いたのですが」オガワは面接でもしている口調になってしまったと思い口調を改めた。「会長にはプレゼンテーションも行ったそうだね」

「何かしらの目標が必要だと思いました。親のすねをかじっているような感じにはなりますが、それだけに日陰部署にもしたくありませんし、胸を張れる場所にしたいんです」

「研究開発には時間と労力が必要になる。二年とか五年は急性すぎると思うのだが?」

「出来ると判断して提示しました」

「誇張でも何でもないと?」

「ここで提示できるほど、なにかしらの根拠がある訳ではありませんが、そうなると僕は思っています」

「それこそ相変わらずだね」

 あながち誇張でも何でもないことをオガワは過去に体験しているので頷くだけだった。

「恐縮です」

「何かやりたいことでも出来たのかな?」

「僕個人としては、まだありません」屈託ない笑みを浮かべる。「でもこれがやりたいことなのかもしれませんね」

「目的がないと? 理由についてもだが、もう少し分かるように説明してもらえるかな」

「うまく説明できるか分かりませんが、善処します」苦笑したような口調で彼は言った。「今回の三課の件は止めようと思えば止められたのだと思っています。そのためにいらぬところにまで迷惑をかけてしまったはずです。そのために責任を取った方もいました」

「そうだね」より良き人材が何人かジプコを離れてしまっている。「パーン自身責任を感じているのかな」

「それもあるのかな」少し考えるようなしぐさをパーンはする。「ただこの一件で僕は考えさせられました。もっと自分に権限がありさえすればそれらの不幸をなくすことが出来たと思えてくるのです」

「罪滅ぼしみたいなものかな」

「そんなものではありません。ただきっかけではありました」

 持ち出されて技術は本来ゲーム用に娯楽のため開発された物だったが、それが持ち出された先で軍用に転嫁されているという可能性が出てきていた。プロジェクトに関わったメンバーの中には相当ショックを受けた者もいたし、それが理由で辞職した社員も出たほど大事になったのである。

 会社としても持ち出した前部長は銀河保安局に刑事告発している最中だった。

「サポートするだけではなく、積極的に推進できる立場にあった方がいいのではと」

「そのための責任をパーンが背負うということか、それでも会社としてのしがらみはどうしても出来てしまうよ」

「それも含めて、やってみようかと」

「やりたいことが出来る。うらやましい限りだよね。会社の人間としては給料をもらい生きていくために金を稼ぐ。そしてあわよくば出世して大金持ちを夢見るのも人生。それとは真逆の生き方は苦労しても何かを成し遂げることが出来たのであればそれは心豊かなものになると思ってしまう」理想と現実の狭間でもがく人は多いはずだ。「止めることも諭すこともできるが、この場合どうしたものなのだろうね」

「お任せします」

「まあ背中を押すことも、ともに歩むこともできるということだ」

「これは気付くのが遅れてしまったことへの後悔と贖罪でもあります」

「パーンが気に病むほどなのかい?」

「はい。能力も実力もある人が会社という歯車に取り込まれてしまい埋没してしまっては良いことがありません。もっと活躍してもらいたいのであれば、風通しが良く、小回りが利いて、少人数であっても大きなプロジェクトも可能な場所を提供したい」

 肯定も否定もせずにパーンはオガワに自分の決めたことを語った。

「なかなか難しい問題に挑もうとしているようだ」

「難しいでしょうか?」

「組織というものを考えれば、利益が優先され、そうなってしまえばパーンの言っていることは理想論でしかないからね」

「僕は可能だと思います」きっぱりと彼は言った。

「君がそう考えているのなら、出来るのかもしれないな」

 パーンがそう結論付けているのであれば、これからの途中経過がどういうものになるかは分からないものの、そうなるとオガワは体験から信じるしかない。

「これだけの規模の本社であれば、埋もれてしまっている方もいるでしょうし、本来の能力が活かせていない人もいるかもしれません」

「発掘し、育てると?」

 導くというにはおこがましくも感じてしまうが、親というよりは教師のような視線でオガワはパーンを見てしまいたくなる。

「そこまで僕が出来るとは思いません。ただその場を提供することが出来ればいいなというくらいにしか考えていません」

「それだけでも凄いことだし実行できるものではないよ」

「そうでしょうか」

「そういった人材に心当たりはあるのかね?」

 仕事というものは人の趣味や好きなことや能力とは乖離していることも多い。

「今のところ二人です」

「ほう。名前を訊いてもいいかな?」

 興味がある。

「シュルド・アルベイラーさんとノルディック・ドリスデンです」

「二人とも開発三課の同僚で、今は残務処理を共にしているのだったよね。もしかしてそのためにともに残務処理をしているのかな?」

「ご存じならよかったです。まだこの件は実現性が皆無だったので、手伝いを名目に引き留めていました。他に持って行かれたくはなかったので」

 パーンはニヤリと笑う。時折見せる老獪さがそこにはあった。オガワはこの時ばかりはパーンが少年ではなく自分よりも倍生きているような狡猾な人間に思えてくるのだった。

「辞令と役職等に関してはオガワさんにお任せしたいと思っています」

「その二人ならどこも手を出すことは無いと思うがね」オガワは吐息を漏らす。「なかなかの兵を選んでいるようだ」

「ありがとうございます」

 オガワの思いを知ってか知らずかパーンは頭を下げる。

 二人とも彼は聞き及んでいる。特にシュルド・アルベイラーは他社からの引き抜きにも関わり転職時には何度か飲みにも行っているのでその性格も分かっていた。能力は高くS級プログラマーという稀有な能力を持つ凄腕であるが、癖が強くほとんどの人から彼の行動と理念は理解されず孤立してしまうタイプの人間だった。

 さらに言えば口が悪く歯に衣着せぬ物言いが反感を招き、人事部にも苦情が何度も舞い込み開発三課に至るまで四度も異動させることになってしまっていた。

 オガワはそのたびにシュルドのフォローを行って来たのである。

「シュルドさんには気にかけてもらっています。本当に良い方です」

 能力的にもと屈託なくパーンは笑いかけてくる。

 どこまで本気なのだろうとオガワは呆れるが、開発三課から苦情が上がってこなかったのは、どうやらパーンのおかげでもあったようだと気付かされる。

 直接の面識こそないがノルディック・ドリスデンも能力は高いことは知っている。それ故に開発三課でプロジェクトのメインに据えられていたはずである。ただオガワが彼を認識しているのは人間性に問題があるからで、正義感が強いことはいいのだが、ブレーキが効かず上司であろうが何であろうがハラスメントなど人に反する行為があれば自分自身のことでなくとも躊躇なく鉄拳が飛ぶのである。

 彼の気質もあるのだろう。実直であるがゆえに切れ易いのである。それに体格もよく武術を学んでおり強く、武術大会でもあれば惑星一位になれるのではないかと噂されてもいた。

 今回の一件では、彼自身が手出し可能と思えば巨大コングロマリット・アマデウスに単身ででも喧嘩を挑んでいたのではないかと思えてくるほどの気の強さである。

「ノルディックとはゲームのことでプロジェクトの垣根を越えて話をしたことがあります。純真で真摯な仕事をする方なのだと思います。だからこそ一緒にプロジェクトを立ち上げたいと思えたのだし、その想いを手助けしたいと」

「なるほど。パーンが始めたことで、大げさであるかもしれないが、大きく運命が変わるものも出てくるかもしれない。そういったことも含めてパーンは責任を取ることになるのだよ」

「オガワさんにも、ですか?」

「どうだろう。こればかりはのちの判断に任せるしかないかな」

 ただこの時点で言えるのは、惰性のような感覚で仕事をしてきた今までとは変わってくるだろうということだった。

「これまでの仕事の流れから抜け出して、再び動き始めたというのであれば、そうなるだろうね。人生が百五十年から二百年の時代に行きつくのもあと少しかもしれない。これからも続く時間の流れの中で一瞬の出来事であるかもしれないが、それは重要な意味を持つことかもしれないね」

「ご期待にそえればいいのですが」

「そればかりは私の意志と行動にかかってくる部分もあるよ。とはいえそうなるとまずは四人で立ち上げとなるかな」

「オガワさんが手伝っていただけるとなるとそうなりますね」

「パーンにも、いや部長にも認めてもらえるように頑張るよ」

「オガワさんなら大丈夫ですよ」

「ただまあ、四人でとなるとこれからの部の立ち上げもスケジュール管理も大変になるな」

「管理が下手ですいません」申し訳なさそうなパーンだった。「オガワさんにはご迷惑をおかけします」

「連絡を密に取り合う必要もあるし、パーンの秘書に関しては募集も掛けるようにしてみるが、秘書課に要請するのもありかな」

「うまくいくかは分かりませんし、オガワさんのご迷惑になるのでは?」

 パーンは自分の性格と行動力が他の人には受け入れがたいことは知っていた。

「そこは仕事だと割り切ってもらうしかないだろう。それに立ち上げまでは私自身引継ぎもあるし、積極的に動いていかなければならないだろうからね」

「よろしくお願いします」

 ある程度気心も知れているということもあるだろう。その後、パーンとオガワの話し合いは一時間にも及んだ。新設部署の大筋が決まると二人はそれぞれ動き出すのだった。

 仕事の引継ぎもあり、開設までの期間はオガワにとってはなかなかハードな時間になる。


 因みにではあるが、パーンの秘書が落ち着くまでは十三ヶ月の期間を要することになる。最短では三日で悲鳴を上げオガワに異動を願い出るほどであった。

 年下であるということもあるが、パーンの性格的に問題があったし、その突飛で理解しがたい行動力は常軌を逸していたようである。いつの間にかスケジュール以外の仕事を抱てしまっていたかと思えば、執務室から忽然と姿が消えてしまうのである。広い屋敷で勝手にかくれんぼしてしまう幼子を探している侍女を想像してほしい。GPS機能があったとしてもそれらは役には立たず四六時中動きまくる監視対象を追いかけていないとダメで、困難に等しい仕事と情報管理に根を上げてしまうのである。

 オガワ自身、TDF立ち上げに関して会社上層部の決済をもらうために書類をそろえなくてはならなかったのだが、パーンの姿を求めて旧開発三課棟のみならず本社の敷地内から広いバナスシティまで奔走することになってしまう。口頭ではなく直接サインや決済をもらわなければならない物が多々あり、これでは部の立ち上げに対しての作業が滞ってしまうことを意味していた。

 本来であれば三ヶ月ほどで終わる決済が倍の半年もかかってスタートにこぎつけることになってしまい、オガワの苦労が忍ばれた。その当時、仕事を終えて家に戻ると酒を飲みながら愚痴をこぼすオガワの姿があったと彼の妻パートルは証言している。

 その後、TDFが発足し秘書があてがわれる様になったのだが、二十五時間息つく暇もなく気が休まらないとなってしまうとどうであろう。理解出来ないと根を上げた七人の女性がパーンの下から去ってしまい、ようやく八人目が決まるまでの半年間は秘書課に応援を要請しパーンのスケジュール管理をお願いするほどで有ったという。

 そのため本社人事部からは『秘書潰し』『女性嫌い』と揶揄され、目出度くその噂が広がったほどでありました。


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