<第一章:無辜の剣聖> 【07】


【07】


 赤い。

 何と表現して良いのか、様々な赤が見えた。様々な赤い力が揺らいでいる。

 今なら掴めそう。

 あの光を掴めたのだ。僕に掴めないものはない。

 ほら、掴んだ。

 全身を焼かれる夢で目を覚ます。

「ギャアアアアッ!」

 本当に焼かれていた。いや、痛みだけだった。

 僕は、ほぼ全身に包帯が巻かれ、死体みたいになっていた。

「起きたか。しかしまあ、飯食っているのか? 小人の死体よりも軽かったぞ」

 傍で男の声がした。

 ここは、テントの中のようだ。

 燭台の明かりが、座り込んだ赤毛の大男を照らす。

 燃えるような赤い長髪。強い意思を感じる瞳。ハンマーで殴っても崩れなさそうな無骨な顔の造り。加えて、筋骨隆々で諸王の勇士を思わせる体型。それが、白い法衣を纏っているのだから混乱する。

 聖職者の身包みを剥いだ蛮族か?

「なんだ、お前?」

「“なんだ”とは挨拶な。ガルヴィング、友の顔を忘れたのか?」

「………友?」

 僕にそんな奴はいないが?

「俺は、ロブだ。久々とはいえ、忘れることはないだろ」

「いや、ロブは知っているが、赤毛の子豚みたいな奴だぞ」

「その赤毛の子豚が俺だ」

「冗談は止めろ。脂肪はどこにやった? 身長と筋肉をどこから持ってきた?」

「7年も過ぎりゃ色々変わる」

「たかが、7年で変わるわけ………ヒームは変わるか」

「こう変わる」

 子豚が立派な蛮族に。

「で、ロブ。こんな場所で何をしているんだ?」

「南部は俺の庭だ。先日、小耳に挟んだ情報があった。街道で商人が襲われ、異様な死体が見つかったってな」

「どんなだ?」

「全身を細かい刃物で切り刻まれて、失血死していた。痕跡を追ってここを見付けると、“我が友”が斬り刻まれながらも、小人を倒していた。残った小人は、俺が全て焼き払った。………さて、万が一のために口裏を合わせておきたい。先ず、俺は味方だ。友達だしな。信用して――――――」

 ロブの言葉を遮る。

「待て、わからない。僕らどこで友人になった?」

「なっただろ。シオンについてあれこれ教えてくれた時」

「あれのどこで、友人に?」

「お互い貴重な情報を伝えただろ? 友にしかしないことだ」

「んん?」

 余計にわからん。

「察しが悪いな。俺は、身内の恥を晒したじゃないか」

「あれは恥なのか」

 どれだけ腐っても英雄は英雄だ。

 世の人間の大半が、栄光の欠片すらない人生を歩んでいる。英雄として謳われた過去があれば、些細な失敗などないものと同じ。

「俺は、お前さんにしか言っていない。秘密を共有する、これは友人の証だ」

「う、うーん」

 よくわからない。

 友人関係というものは全くの未知だ。保留にしよう。

「“口裏を合わせる”とはなんだ?」

「お前さんは、『小人にさらわれ無理やり本の力を奪われた。隙を見て逆襲するも、相打ちになり重傷を負う。そこに偶然、俺が現れて今に至る』。こんな感じでいいか?」

「そういうことか」

 色々違う。

「小人が使っていた力だが、僕から奪ったものでも、本の力でもない。元々あの力を使っていた人間を見て、連中が習得しただけだ」

「見て覚えたのか? あり得………いや、ある意味そっちの方が正しいのか」

「どういうことだ?」

 ロブは、自分の本を取り出す。

 僕のと比べボロボロで、大量の付箋が挟み込まれている。

「この本がなくとも、力を使える人間は多い。そもそも、そういう人間の力を模写しているのがこの本。つまり、俺らのやり方は亜流ってことだ。そこのところ、勘違いして偉ぶってるアホは多いけどな。ここ数年で記録官の顔ぶりも大分変った。お前さんは全然帰って来ないから、知らないだろうけど。てか、死んだと思っていた」

「何の成果もなしに帰れるかよ。今回のを含めて、僕はやっと2つ記すことができた。………ロブ、お前は幾つだ?」

「数なんて関係ないだろ」

「いや、言えよ」

 微妙な顔をしたから気になる。

「………57。い、いや、書庫に入れたのは52か」

「………………へー、凄いなー」

 7年で2つの僕とは大違いだ。

 英雄の息子は違うなぁ。骨拾いとは比べものにならないなぁ。

「卑屈になるな。数なんて重要じゃない。現に、俺が欲しい力は全く見つかっていない」

「どんな力だよ?」

 さぞかし強くて素晴らしい力だろうな。

「小さい明かりになる力が欲しい。夜、本を読む時に使いたい」

「カンテラや、蝋燭でいいだろ」

「高いだろうが」

「高いって」

 そんな良い身なりで言われてもなぁ。

「金は難しい。多く持つと親父のように身を滅ぼし、少ないと卑屈な小者になる。どの程度持っていれば、幸福な人生を歩めるのだろうな」

「知らん」

 卑屈な小者に言うな。

「ま、まあ、ガルヴィング。2つといったが、どんなだ?」

 枕元にあった自分の本をロブに押し付ける。

「雑に扱うな。大事な本だろ」

「僕の勝手だ」

 ロブは、僕の本をペラペラと捲る。

「なあ、ガルヴィング。お前さん字が汚すぎる」

「悪かったな! 育ちが悪くて!」

「育ちが悪いまでは言ってないだろ」

「いいから読めよ!」

 あ~卑屈になる。

 英雄の息子と同じ空気吸ってると卑屈になるわぁ。

「せきがん………の、赤眼のガンブルプティ?」

「石眼ガンブルプティだ」

「ああ、噂に聞いたことはある。見た者を石に変える赤い眼の魔物。実在していたのか」

「魔物じゃねぇ。エルフだった」

「南部にエルフはいない。西に極少数。東の森の集落に少し。後は、他所の大陸かな」

「最後の1人だった。長い間、ずっと戦っていたようだ」

「誰と?」

「王国と」

「何故だ? 何か守るものでも?」

「書いてある」

「………………」

 ロブは、黙って本を読む。

 なんか落ち着かない。

 むずがゆくて体を動かすと、引きつるような痛みが全身を駆け巡った。

「言い忘れていた。俺の炎で傷はどうにかしたが、痛みでしばらく動けないよ」

「炎? それで治したのか?」

 傷を焼くことはあるが、そこまでの痛みはない。

「厳密に言えば癒してはない。生き物が持っている生命の流れを、炎で無理やり正した。こうすると、重傷でない限り肉体は再生する。氾濫した川が、毒を流し、土に新たな芽吹きをもたらすのと同じ」

「どういう例えだ」

「ふむ、なるほど」

 ロブは、本を閉じて僕に返した。

「【石眼ガンブルプティ】と【切断のヴァッサー】について読ませてもらった」

 英雄の息子となると、本を読むのも早い。しかも、僕と話しながら。

「お前に比べたら、大したことないだろ?」

 数の差も圧倒的だ。

「俺は、本に記される伝説に大小はないと思っている。大事なのは、現れる力が適切か否か。肉を斬りたいのに、斧を出されても困るだろ? そういうこと」

「確かに」

「大体、俺らは力を借りているに過ぎない。そんな奴らが価値を決めるのはおかしい。皆、等しく強大だよ」

「………間違ってない」

 嫌味を正論で返された。

 それはそれで、気に食わない。

「ガルヴィング、話を戻そう。小人の件だ。やはり、『捕らえられて無理やり従わされた』ということにしておこう」

「しかし――――――」

「小人の傍にいて、悪行に気付けなかったのは罪に問われる。最低でも記録官の任は解かれるだろう。だが、難しく考える必要はない。問われなかったら、答える必要もない」

「待て、ロブ」

 思い出した。

 小人と僕以外に目撃者がいる。

 僕は、激痛に耐えながら立ち上がった。

 テントを出ると、周囲は焼け野原になっていた。

 小人たちの拠点は、炭になった木のカスと焼け焦げた地面しかない。生きている者などいるわけがない。

 無駄とわかっていても、小人が指したテントを見る。

 跡形もなかった。

「どうした?」

 テントを出て来たロブに、僕は、

「小人たちの溜め込んだ財宝があったんだが、綺麗に燃えちまったな」

 嘘を吐いた。

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