<第一章:無辜の剣聖> 【06】
【06】
今、小人たちの手には、大小様々な剣がある。
ヴァッサーの業は、小人たち全てが継いでいた。
『ヴァッサ』
と唱え、剣を振るうと、微かな光と共に切断を伴う“何かが”飛ぶ。
あの爺の剣技の欠片、名もなき剣聖の“おこぼれ”と言える奇跡だ。
「やれー!」
『おー!』
小人たちは、森の木に向かって剣を振り下ろした。
大小様々な切断が起り、木々が切り落とされる。
「運べー!」
『おー!』
森を開拓して、小人たちの住まいは広がりつつあった。
家は、前と変わらず粗末な作りだが、今やかなりの数となり、丸太の壁もできた。狼や、小型の魔物なら侵入を防げるだろう。
住まいとしては粗末だが、砦としては十分機能している。
僕の定位置は、玉座のような装いになり。手の届く所には、食い物が積まれていた。
最初は、燻製肉だけだったが、今ではパンや果実、ワインや蜂蜜酒も積まれている。
そう、パンだ。
「記録官殿。それ気に入りましたか?」
綺麗な丸いパンを眺めていると、ヴァッサーが近付いてきた。
「………パンには、幾つか種類があるのを知っているか?」
「知りませぬ。教えていただきたく」
「一つが獣人たちの作る平焼きパンだ。挽いてない安い小麦粉と水を混ぜて焼くだけの代物。焼き加減次第じゃ十分美味い。獣人の女は、このパンが焼けなきゃ女として認められない。そのくらい大事な食い物だ」
もしゃりとパンを一口。
表面は硬く、中はしっとりと柔らかい。控えめな酸味と微かな甘さが口に広がった。
ワインで飲み込み続ける。
「もう一つが壺焼きのパン。蛮族、まあ諸王連中のパンだ。安い小麦粉と水を混ぜ、そこに“パン種”を加えて壺に入れて焼く」
「はい、質問です! パン種とは何でしょうか!」
「パンを膨らせる元だな。作り方は色々あるが、小麦粉と水を混ぜて放置するとできる。果実や穀物を腐らせても作れるな」
「ほー簡単」
「簡単だが奥深いぞ。温度や、風土、材料で味の違いが出てくる。ある老舗のパン屋は、パン種のために傭兵を雇って護衛しているほどだ」
「護衛付きかぁ~」
もしゃりもしゃりとパンを食べ、ワインで流し込む。本当に美味い。良い小麦粉と良いパン種で作られている。
だからこそ、問題だ。
「………もう一つ最後が、挽いた小麦粉と水にパン種を混ぜ、石窯でじっくりと焼いたもの。王国主流のパンだな。これと同じものだ」
パンを食い切った。
こんな上手いパンを食ったのは何年ぶりだろうか? 感謝祭のおこぼれを貰った時だから、20年以上前になるのか?
パンを味わった後、僕は深いため息を吐いた。
「お前ら、なんで人間を襲った? 食うだけなら、狩りで十分なはずだ」
「狩りやすい獲物を狙っただけですが?」
「獣や魔物でもいいだろ」
「記録官殿。魔物を狩る度、我らは減りました」
見える範囲の小人を数える。
13人だ。
大体、半分くらいになっている。
「森で狩りをするよりも、街道を通る人間の方が狩りやすいです。それに、繁殖させて動ける個体になるまで少し時間が必要です。こーりつてき? ではないかと」
「繁殖って、お前らどう増えるんだよ?」
小人が生殖行為をする姿が想像できなかった。こいつらに、雌雄があるかも不明だからだ。
「獣人のメスの胎を使います」
「………は?」
予想外の言葉が出てきた。
「記録官殿も使いますか?」
「まさか、いるのか?」
「はい。そこの家に閉じ込めています」
ヴァッサーは、家の一つを指す。
僕が思うよりも数倍最悪だった。
「お前たちの結末が見えた」
見るまでもなく、本に記せる。
「結末とは?」
「騎士か、冒険者辺りに襲撃されて殺される。皆殺しだ」
「冒険者なら倒しました。我ら強いので勝てます」
終わってる。
「………獣と魔物の違いを知っているか?」
「いえ、知りません。教えてください」
「人間の許容できる生態を獣と呼び。許容できない生態を魔物と呼ぶ。お前たちの生態は、魔物だ。人間は、決して魔物と共存はできない。殺すか、殺されるしかない」
僕は、玉座から立ち上がった。
「記録官殿。どこへ?」
「ここを出る。世話になった」
「我ら、勝てますが?」
「そうか、頑張って世界を滅ぼしてくれ」
こいつらの敵は、人間社会だ。
許容されない以上、妥協点がない。つまりは、敵を滅ぼすしか生き残る手段がない。
まあ、無理だな。
杖を手に取り、久々に一歩を踏み出す。爺に打たれた箇所は、まあまあまだ痛い。が、歩けないほどではない。
「どうした?」
ヴァッサーを始め、他の小人が集合していた。
別れの言葉を言う空気ではない。
「記録官殿は、この場所を誰かに言うつもりか?」
「まさか」
もう知られている。
「………皆、記録官殿が、我々を見捨てるみたいだ。どうする?」
「あのメスと同じようにする?」
「この人、オスだよ?」
「変わらんでしょ」
「変わらんかー」
「痛めつける」
「脚を斬る」
「見逃す?」
「それはないなー」
「ないかー」
「殺しちゃおう」
「うーん」
「それ!」
「だねぇ」
『――――――殺しちゃおう』
小人たちの意思は固まったようだ。
寝食を共にした相手を、こんな簡単に殺すと決められる。
「本当に、お前らは滅ぶべき魔物だな」
『ヴァッサ』
無数の光が迫る。
盾にした杖がバラバラになった。
細く熱い痛みが、全身を駆け巡る。
血が噴き出た。視界が赤く染まる。肉を斬られた。傷は骨にまで届いている。血を止めなきゃ死ぬ。
だが、その程度。
「お前ら、爺の何を見ていた?」
片脚の不自由な僕を、倒すことすらできていない。
手にした本が、ひとりでに捲れる。
記した。
示した。
想った。
後は、祈るだけ。
ただ剣に命を賭けた老境。忘らるる業。小人には相応しくない輝き。
「無辜の剣閃、【切断のヴァッサー】」
世界に光が走る。
爺の業には程遠い光。しかし、小人たちの矮小さに比べたら閃光だ。
『え?』
小人たちは、理解できぬまま真っ二つになった。
「敵だー!」
「敵、敵ー!」
別の小人の声がした。
まだいたのか。
マズい。
初めて力を使えたのに、出血で意識を失いそうだ。今の感覚を完全なものにしたいのに。せめて、もう一度だけでも。
「クソッ」
初めて力を掴んだのに。
体の力が入らない。
暗くなる視界の端に、別の光が見えた。
赤く滾り、燃え上がる炎。
ああ、綺麗だな。
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