<第一章:無辜の剣聖> 【05】
【05】
翌朝、爺は冷たくなっていた。
死因は老衰でいいだろう。
小人たちと一緒に穴を掘り、爺を埋めてやった。普通、死体は重いのだが、爺の体は纏わりつく小人よりも軽かった。
墓石に使おうと、爺の愛剣を手に取る。
「なんだこれ」
剣の刃に触れて驚愕した。
刃らしい刃が摩耗しきってない。これじゃ、そこらの石ころと変わらない。雑草も斬れないだろう。
最後まで、理解できない業だった。
完成した墓に小人たちが殺到する。
「カミさまー!」
「カミさま、カミさまー!」
「おろろん! おろろーん!」
「うわああああん!」
「うぎゃあああああん!」
「ぎゃおおおおおおおお!」
クソうるさく泣き叫んでいた。
爺が墓から蘇ってきそうだ。
小人と爺には、それなりの絆があったのだろう。異種同士が関わると、基本ろくなことがないのだが、変わり者の爺と、はぐれ者の小人たちだ。気が合っても不思議ではない。
いや、ただの利害の一致か。
本を開く。
爺が死んだのに追記はない。
これはつまり、伝説に届かなかった。そういう人物ということだろう。
僕が思っている以上に、こういう人間は多いのかもしれない。だからこそ、記録官の仕事に意味がある。
気持ちを切り替え、森を後にしよう。
「痛い」
脚がいつも以上に痛い。
ズボンを捲ると、痣で皮膚が変色していた。絶対、爺に棒で殴られたせいだ。傷を一つ意識したら、全身が痛んできた。熱も出てくる。
こりゃ駄目だ。
旅をできる体調ではない。しばらく、ここで休むしかないな。
まあ、寝れば治る。
寝て治らなきゃ、爺と同じで死ぬだけだ。
やかましい小人に我慢しながら、適当な場所で横になり目を閉じた。
痛みも熱もあるのに、割り直ぐ眠りの底に落ちた。
少しの睡眠から目覚めると、小人たちに囲まれていた。
「なんだ?」
一人が縋るように僕に言ってきた。
「カミさま! あたらしいカミさま!」
「いや、神じゃねぇよ。ただの人間だ」
「そんなー!」
「ちがうかー」
「ちがうよー」
「どうしてぇぇぇぇ!」
鬱陶しくたかられたので、虫のように追い払う。
「お前ら、爺の傍で色々見ていただろ。戦い方の一つくらい学ばなかったのか?」
学んだからといって、こんな弱小種族がどうにかできるとは思えないが。
「まなぶ?」
「だれか、まなんだ?」
「しらない」
「しーらない」
よし、諦めて滅びろ。
再び寝ようとすると、古い兜の小人が爺の剣を手にしていた。
違う。
爺の剣よりも刃はしっかりとある。似た形の別の剣だ。
「カミさまから剣学んだ」
『おー』
小人たちは、まばらに拍手した。
剣を持ったことは褒めるべきなんだろう。しかし、
「そんなもん一つで、どうするんだ?」
羽根ウサギすら狩れないだろう。
剣を持った小人は、
「ヴぁっさ!」
と叫び。剣を振るう。
少し離れたところの木の枝が落ちた。
「………なに?」
光りが見えた。
爺に比べたら威力は百分の一もないが、似た輝きを発していた。
まさか。
本を開く。文字が浮かんでいた。
無辜の剣聖、【切断のヴァッサー】。
本が選んだのは爺じゃなく、この小人だったのか。
体調関係なく、まだこの森から離れられそうもない。
「おい、ヴァッサー」
「………誰?」
『だれー?』
剣を持った小人と、他の小人が首を傾げた。
こいつの名前じゃないのか?
「では、剣持ったお前、名前はなんだ?」
「我ら、名前持たない」
『ないー』
不便な文化だ。
「“ヴァッサ”と叫んでいたが、あれはなんだ?」
「よくわからない。自然と出た」
『ヴァッサ! ヴァッサ!』
「名無しじゃ本に記せない。剣を持ったお前は、今日から【ヴァッサー】と名乗れ」
「わかった。神様」
心なしか、ヴァッサーは他の個体よりも知能が高そうに見えた。
「僕は記録官だ。爺とも話していただろ?」
「うむ、聞いていた。では、記録官殿。我ら空腹なので、ご飯を狩りに行きます故。しばらく留守を頼みます」
「気を付けてな」
ヴァッサーと小人たちは、列を作ってどこかに行った。
狩りの様子が見たい。体が万全なら付いていったのに残念だ。
急な静寂で耳が痛い。
僕は、爺の墓に向かって呟いた。
「良かったな。剣を継ぐ者がいて」
再び眠ろうと思ったが、軽い興奮で眠れなかった。
小人たちが戻ってくるまでの間、本を開いて記した文章を読み直す。誤字やら、おかしな言葉使いを山ほど見付けた。
ペンとインクを取り出し、修正を重ねる。
余白が多い本だが、このままだと修正で真っ黒になりそうだ。
下手くそだ。
もう少し、本を読むなり書くなり経験を積むべきだった。本が勝手に書くから、執筆作業はもっと楽だと思っていたのに、思ったよりも本は使えない。
大体、本に任せていたら爺の存在は記されなかった。あれほどの剣技が、誰にも知られることなく忘れ去られるのは、あまりにも寂しい。
「………寂しい?」
変な感情が出た。
僕の感情など、記す価値はないのに困ったものだ。
切り替えて、修正作業に集中する。
いくらか時間が経過した後、ヴァッサーたちが帰ってきた。
「大収穫です!」
『うぇーい!』
小人たちは、全員が両手に首のない羽根ウサギを持っていた。
羽根ウサギは、狩りやすい獣だが文字通り羽根があるのだ。素早く一撃で狩らねば空に逃げられる。飛び道具でもあれば別だが、剣で狩ったのなら大したもの。
「ウサギスープにします! 記録官殿、少しお待ちを!」
「おう」
小人たちは、大鍋を持ってきた。
大きな板も一緒に持ち運び、そこの上で皮を剥いだウサギをブツ切りにする。
ウサギ肉が鍋に入れられると、小人たちは鍋を担いでどこかに行き、水を容れて戻ってきた。
大きな焚き火を作り、そこに鍋を置き、小人は踊り出す。
日暮れ近くに料理は完成した。
「先ずは、記録官殿から~」
『から~』
「うむ」
粗末な木の器に入ったスープを貰う。
飲む。
うん、煮たウサギ肉とそのお湯だ。
でもまあ、肉は入っているし、わずかながら脂もある。体が求めている糧だ。
「美味い」
「美味しい頂きましたー!」
『ましたー!』
小人たちは、暴れるように鍋からスープを飲みだす。
その様は、死体をついばむ魔物のようだ。
ヴァッサーは、僕と同じ粗末な器でスープを飲んでいた。
目が合うと、何やら話しかけて来る。
「記録官殿。質問です」
「なんだ?」
「羽根ウサギは、羽根を斬っても羽根ウサギなのでしょうか?」
「羽根ウサギは、羽根をとっても羽根ウサギだな。実は、羽根のないウサギに似た魔物がいる。そいつと区別するために、常に羽根ウサギは羽根付きで呼ばれている」
「なるほど、羽根を斬っても羽根ウサギと」
「………? まあ、そうだ」
こんな感じで、小人たちとの新しい生活が始まった。
翌日には、狼肉が出て来た。
更に翌日には、鹿。
更に翌日には、羊に似た小型の魔物。
更に翌日には、爺が狩ったような中型の魔物。
更に翌日には、見たことのない大型の魔物。
次の翌日、更に食事は豪華になり、様々な肉や、果実が出てくるようになった。
そしてある日――――――食事にパンが出された。
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