クママとミノル、道に迷う
第7話
切り株での一休みから、どのくらいの時間がたっただろう。
たぶん、オーブンに入れたパンが焼きあがるくらいの時間しかたっていないんだろう。
でも、もっとたくさんの時間が過ぎているんじゃないかと思わずにはいられないくらい、あたりの様子は一変した。
たくさんの葉が折り重なって、屋根みたいになっているせいで、光がほとんど届かない。薄暗い森の中を、クーちゃんみたいな黒い影が不気味な声を出しながら飛んでいく。ふたりの手はまたぎゅっとひとつになって、ぶるぶる震えている。
「つぎの目印ってさ、花畑だよね?」
「うん。それまでずっと、まっすぐっていうか、道なりっていうか」
「花畑ってさ、けっこう遠かったよね?」
「うん。だから、看板があるところと、川のところで休憩しようって」
――ギャーーーッ!
まただ! 空飛ぶ黒い影!
「休憩、やめない?」
「賛成! 花畑のところまで、なんなら小屋まで、急いでいこう!」
手をぎゅっと握りなおす。歩くスピードを速くする。急げ、急げ。この不気味な影から逃げられる場所まで――!
「――あれ?」
先を急ぎながら、ミノルはふと、この辺で毒蛇が出るんじゃなかったっけ? と思った。
『シャーッ!』
「「わああああっ!」」
でた! 蛇だ! 毒を持っている蛇かどうかまではわからないけれど、蛇が出た!
驚いたクママはミノルにぴょんと抱きついた。ミノルはそんなクママを空いた手でぎゅっと抱きしめて、
「いーやーだーっ!」
叫びながら走り出した。
ダッダッダッダッ――。
右も左も気にせずに、見つけた道を走っていく。後ろを見て、蛇が追ってきていることを確認すると、蛇を騙すように右へ行って、すぐに左へ!
「ミノル! ミノル!」
「なーに! クママ!」
「まだまだついてくるよ!」
「どうにか振り切ろう!」
「ミノル! ミノル!」
「なによ! もう!」
「あの蛇、毒蛇?」
「ど、どういうこと?」
ミノルはクママを見た。クママは眉間にしわを寄せて、地面を見ている。きっと、蛇をじっと観察しているんだ。
「もしかしたらあの蛇、ぼくらになにか悪いことをしようとしているんじゃなくて――」
「じゃ、じゃなくて?」
「なにか、話しかけようとしてる?」
するとその時、
「きゃっ!」
ミノルが悲鳴を上げたと同時、ふたりの体がひゅん、と落ちた!
ぼっちゃーん!
「わわわ! 水! 池?」
「いや、これは、湖か、沼か……」
「ん? 池にも種類があるの?」
「池に種類があるっていうか、水たまりに種類があるっていうか……。ああ、もう! 落ちたところ、崖みたいになってて上がれない! あっちの岸の方へ行かないと。だけど、あたし……これ以上立ち泳ぎするの、無理ーっ! 足が、限界ーっ!」
ぶくぶくぶく――。
ミノルがブクブク沈んでいく⁉
クママは慌ててミノルを引っ張った。それからよいしょ、よいしょと泳ぎ始めた。でも、なかなか進めない。きっと、ミノルの体は大きくて、クママには重すぎるからだ。だけど、荷物を捨てればなんとかなりそう。荷物より、ミノルのほうが大事だもんね! クママはリュックサックを水の中にそっと放って、ミノルの荷物も水に放って、必死に泳いで、泳いで、
「んーっ!」
ミノルを岸に引っ張り上げた。
「ぷ、ぷはぁっ! し、死んだと思った……」
「ぼくがいるよ」
「そうだった」
「陸の上はミノル」
「水の中はクママ」
「「助けてくれてありがとう!」」
地面に体を横たえて、空を見ながら呼吸を整える。青い空に、白い雲。
「ここ、暗くないね」
「水辺だからじゃない?」
「あ、そっか」
「そういえば、地図の中に川はあったけど、湖ってあったっけ?」
「ミノル、ノートを見てみようよ」
「そうだね。……って!」
「あっ、そっか! 荷物ぜんぶ、水の中に放っちゃったんだった!」
クママは急いで湖にぼちゃん! それからすいすい泳いで、ぶくぶく潜った。びちゃびちゃになったリュックは見つけられたけれど、エレンのノートがない、ない、ない!
「ミノル! ぼく、もうすこし奥を探してくるよ!」
クママがびちゃびちゃのリュックサックを引きあげながら言った。
「クママ……もういいよ」
「だけど!」
「クママ!」
ミノルの叫び声はブルブル震えていた。水に浸かって冷えたから? クママには、どうにもそのせいじゃないように思えた。
「ど、どうしたの?」
「あたし……。クママが潜って見えなくなると、ひとりになっちゃった気がして怖いの」
クママは、体をブルブル。これだけで全部乾くことはないけれど、こうしておけば歩くたびに水をまいたり、足がドロドロになったりしにくいから。ミノルに触れても、ミノルを濡らしてしまわないから。
「ミノル……」
「ごめん。あたしが何にも考えずに走ったから、道わかんなくなっちゃった」
「ううん。ミノルのせいじゃないよ」
「元の道、戻れるかな」
「やってみよう。ふたりでなら、きっと大丈夫だよ!」
リュックサックの中を見てみる。あれもこれも濡れている。使い物にはならないかも。だけど、お気に入りの毛布を手放したくないし、森をゴミ箱みたいに扱いたくなんかないから、ここに置いていくわけにはいかない。だから、ぎゅっぎゅっと絞って、
「よし、進もう!」
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