クママとミノルとそらとぶパン
湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)
クママとミノルと今日の夢パン
第1話
すごい! すごい!
見てみて、クママ!
あそこ! あそこ!
パンが空を飛んでいるよ!
ふわぁ……。ミノルは目をぐしぐしとこすりながら起き上がった。たくさんぐしぐしこすると、目がぱっちりしてきた。
「なんだ、夢かぁ」
ついさっきまで見ていたとっても素敵な夢。あれが現実になったらいいのに。現実ではそんなこと起きないって分かっているからこそ、目覚めた今、がっかりせずにはいられない。
くん……くんくん。ミノルにあの夢を見させた原因なのだろう、美味しい香りが鼻に届く。これは、家の隣にある〝クマのクママのパン屋さん〟の店長・クママが焼いているパンの香りだ。
ミノルが大好きな、いつも通りの朝の香り。
「よし。クママのお手伝いしに行こうっと!」
ミノルはぴょん、とベッドから降りると、急いで身支度をして家を飛び出した。
「クママ! おはよう!」
「ミノル、おはよう! 今日も元気だね! それに、今日のワンピース、とっても似合ってる! 三つ編みもかわいい」
頬に小麦粉をつけたクママが、にっこり笑って言った。
「うん。元気! このワンピース、いいよね! お気に入り! 三つ編み、急いだから雑かなって思ったけど……。ほんとうにかわいい?」
「かわいいよ! ちょっとゆるっとしている感じがとっても。最近流行ってる? ニンゲンの女の子がその髪型しているの、時々見る気がする」
ミノルはエプロンをつけて、手を洗いながら、
「ちょっとだけ流行ってるかも。っていうか、みんなお寝坊さんなだけかもしれないけどね」
「ふふふ。でもでも、ミノルはお寝坊さんじゃないでしょ」
「そうかなぁ」
「うんうん。だって、こうしてぼくのお手伝いに来てくれたんだもの。もっと眠っていてもよかったのに」
ミノルはふと、夢を見続けていたらあの後どんなことがおきたのだろうかと考えた。
それから、目覚めて少ししてから感じたがっかりの気持ちを鮮明に思い出した。
「ねぇ、クママ」
「どうした? ミノル」
「あのね、あたし、さっきとっても素敵な夢を見たの。それでね、起きたら『夢だった~』って、すごく残念な気持ちになってね」
「そっかそっか。目が覚めて残念な気持ちになるくらいいい夢を見ていたんだね。それは、いったいどんな夢だったの?」
ミノルはぷくぷくに膨らんだ生地を手に取って、ギュッと押した。
ぷしゅっと空気が逃げ出す音がした。
今逃げ出した空気、まるで夢みたい、とミノルは思った。だって、さっきまでは確かにこの中に居たのに、今ではどこにいるのかさっぱりわからないんだもの。
「パンが空を飛んでいたの。クママに見てもらいたくて、『見て見て!』って言ったんだ。それで――」
「えっ! ぼく、ミノルの夢に出ていたの! なんかうれしいな~」
クママがクシャっと笑った。ミノルは言おうとしたことを飲み込んで、言おうとしたことよりも明るくて、クママを笑顔にできそうなことを話すことにした。
「クママ、よく夢に出てきてくれるよ?」
「ほんとう?」
「うん。ねぇ……クママの夢に、あたしは出てくる?」
問うと、クママはびくん、と体を震わせた。それから、恥ずかしそうに笑って、
「と、時々。ぼくがちょっと、元気がないときとか、疲れたときは必ず」
クママの言葉を聞いて、ミノルも恥ずかしそうに笑った。
だって、よく夢に出られないことは少し残念だけれど、元気がないときとか疲れたときに、夢の中であってもクママのそばに居させてもらえるのはとっても嬉しいことだから。
こねこね、くるくる、おやすみ、おはよう――。
「うん、この成形、とってもいい感じ!」
「今朝の夢をイメージしてみたんだ!」
「いいね! 〝今日の夢パン〟って商品を増やしてみようかな」
「それ、おもしろい!」
いってらっしゃい、おかえりなさい――。
どんどんと焼きあがっていくパン。どんどんと重なって、濃くなっていく美味しい香り。
「ねぇ、クママ」
「なーに? ミノル」
「ほんとうに空を飛ぶパンって、作れないのかな」
クママは新商品をアピールするためのカードを書く手を止めて、ミノルを見た。
「パンは動けないからなぁ。魔法でもかけられたら飛べるのかもしれないけど」
「そ、そうだよね。夢は現実にはならないよね。あは、あはは」
クママは、ミノルのしょんぼりとした背中を見ながらがっくりと肩を落とした。
「あ……それじゃあ、あたしは学校行くね!」
ミノルがしょんぼりを隠すように、にっこり笑って言った。クママは肩にしゃきっと力を入れると、
「うん! 今朝もお手伝いありがとう!」
「どういたしまして。いってきます!」
「いってらっしゃい!」
ミノルの強がった背中を見送る。自分が動くパンを作れたら、ミノルはあんな背中を見せたりしなかったのだろうし、もっと心の底からにっこり笑ってくれたはずなのに。
自分にできること、何かないかな。
きっと――何かあるよね?
「いらっしゃいませ! おはようございます!」
クママのパン屋さんが開店すると、街のみんながやってきた。
あんぱんにクリームパン。ピザパンにカレーパン。いろいろなパンが飛ぶように売れていく。
パンを手ににっこり笑顔でお店を出て行くみんなの背中を見送ると、クママはまた肩を落とした。
街のみんなだけじゃなくて、ミノルももっと笑顔にしたい。
飛ぶように売れるだけじゃ満足できない。
本当にパンを飛ばして、ミノルを喜ばせたい!
クママの心の中に、起きているときにみる夢がぷくぷく膨らんでいく。
「おはよー。……あれ? クママ。今日は朝からお疲れかい?」
「あ、ああ、エレン。ごめん。ちょっとぼーっとしちゃってた。いらっしゃいませ! おはようございます!」
クママは苦笑いをしながら、エレンに深々頭を下げた。
ゾウのエレンは、体が大きいからお店の中に入れない。だから器用に扉を開けて、クママにりんごパンを注文する。クママは袋に詰めたそれを鼻に下げてあげる。それがいつももやりとり。
だけど、今日はいつもとちょっと違った。エレンが注文してくれない。
「あれ? りんごパン、でいい?」
クママはエレンの顔が見えるところまでとことこと歩くと、エレンの顔を見上げながら問いかけた。
「クママ」
「りんごパンならちゃんとあるよ? ほら、ここ。こっちだよ!」
「なんだか見慣れないパンが……。ええっと、〝今日の夢パン〟? これは、いったい?」
「ああ、これはね」
クママは、エレンにパン作りを手伝ってくれたミノルが見た夢の話をした。
「なるほど、それでこのパンが出来たのか」
「そうなんだ! これからも夢をパンにできたら、この商品名で出していくつもり!」
「それは楽しみだ。それじゃあ、今日はいつものりんごパンと一緒に、今日の夢パンもいただいていこうかな」
「うれしい! ありがとうございます! ミノルもきっと喜ぶよ!」
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