聖ゲイブリエル学園物語〜目指すは宮廷魔道士!少女は強く夢を描く

石井はっ花

第1話 爆発少女

「ぎゃん!」


その日、聖ゲイブリエル学園、本科校舎魔導教室において、月にして数度目かの魔導の暴走による爆発が起きた。


その中心にいるのは、フレデリカ=ヘルナル。13歳。


春になり、ノヴァリエ予科から進級してきたヘルナル伯爵家の三女だ。


グリュックスブルク王国の北西にある小さな領主家の子女で、姉が二人、兄が四名という中で末っ子としてすくすくと育ってきた。


幼い頃から魔導好きな少女であった。


目に入れても痛くないほどの末っ子であるが、何しろ、事、魔導となると度が行き過ぎてしまうのだ。


両親は手を持て余した。


どう口を酸っぱくして言っても聞かないのだ。


それならば──と、両親は決断した。


聖ゲイブリエル学園に送り出すのだ。


貴族学校である、聖ゲイブリエル学園ノヴァリエ予科であれば、魔導の勉強もできると半ば拝み倒す勢いであったが、その実、フレデリカは乗り気であった。


「え!魔導の勉強していいの?今から行ってくる!」と、一も二もなく家を飛び出そうとしてくる始末だ。


何しろ、家の図書室にこもっては食事など何度も抜く。


寝ろといっても、ベッドには行くが数分後に図書室にこもる有り様なのだ。


風呂にも入らず、もっさりとした頭をかしげて、上級魔導書を読みふけっている少女だ。


いかな親でも手を持て余す。


魔導云々よりも、体の心配をしているのだ。


だが、かの学園であれば──


食事や入浴などの衛生面も全てカリキュラムの一部に入っている。


食事を取らないなどもってのほか、規定通りのマナー水準に達しなければ、下手したら退学にだってなりかねない厳しいものだ。


貴族子女のための学校であるため、見た目も重要視される。


女子であれば、美しさもカリキュラム内の一部となっている。


だから、今のように食事も取らない風呂にも入らないという、不調法はできない。


それをするのなら、王国最高峰の魔導の教育は受けられないというわけだ。


父のマルクス=ヘルナルと母のアルフリーダ=ヘルナルは、宝石よりも大事なフレデリカを、本人のために送り出す決心をしたのだった。


なんとか、ノヴァリエ予科を卒業し、本科生となったフレデリカであったが、実験魔導の教科において、何故かやりすぎてしまうのか、爆発を誘発させてしまうのだ。


「また、ヘルナルか!このお転婆め!」


今回もリーヌス=フォルシアン魔導学教授が、即座にバリアを張ったお陰で人的にも物的にも被害はないものとなった。


「そんなに、怒んないでくださいよー」


フレデリカは、精一杯しょぼんとしてみせた。


その頭には垂れ下がる耳と尻尾があるように、見えた。


金髪よりのブラウンの肩下までのストレートの髪だが実験の時の失敗で跳ねやすい髪なのだ。


瞳の色はクリアなアクアブルーをしており、柔らかく丸みのある顔、少し幼さが残るが端正。


背は高く、スラッとしている。只今成長期真っ最中だ。


マリヴェールメゾンの月光蒼の制服が、一番に似合っていたのは言うまでもない。


まるでフレデリカのためだけに誂えられたかのようだったが、そうではない。


それでも、月光蒼という染料をつかわれた生地の光沢といい、仕立てといい、すべての要素でもって、フレデリカの容姿を引き上げているのは間違いはなかった。


容姿、学業、揃っているが性格については及第点を与えることが難しい。


「いいか、ヘルナル」


フォルシアン教授は、何度目かもわからないだけの注意を、フレデリカに与えるも、


フレデリカはどこ吹く風だ。


「ヘルナル、いい加減にしないと、会議にお前をかけなきゃいけなくなる。お前の夢はなんだったんだ?」


「……宮廷魔道士です。ずっと小さな頃から、決めてました。私、あの制服を着た宮廷魔道士になるんです!」


「そうか。そうだな。では、今回もきちんと反省文一〇枚書いてもらおうか」


「え!教授!なんか段々枚数増えてません?」


フォルシアン教授は、思わず頭を抱えた。


「増えもするだろう。毎回反省するって反省文書いてくる割に、毎週、こうなる。枚数増えないほうがおかしいだろうが」


てへ。フレデリカは舌を出して頭を掻いた。



「リカ。あなた、また爆発させたでしょう。こちらでも噂になっていたわ」


彼女は、クリステル=ルンドグレーン。


ノヴァリエ予科生だった頃は、同室で寝起きしていたルームメイトだ。


ノヴァリエ予科の寮では、一度決められたルームメイトは本科に入るまでは、変更されない。


本科寮では、基本一人部屋になる。


それまでの苦楽をともにしてきた予科寮のルームメイトは、その先の学園生活においてもかけがえのない相棒となるのが常だった。


それは、フレデリカとクリステルにとっても変わらない。


──大事な相棒であった。


「あ、クリス。聞いてよ、フォルシアン教授、また、反省文だって。今度は十枚よ?ありえないと思わない?」


「まあまあ」


クリステルは宥めながらも、ありえないのは毎回爆発を起こすフレデリカなのではと密かに思った。


それにしても、とフレデリカは傍らのクリステルを見た。


黒髪のストレート、色白の肌に紫色の瞳が涼やかだ。


そして、同じ月光蒼の制服でも色合いが変わってみえる。


(なんていうか、清楚ってこんな感じなんだろうな)


どことなく親父チックにクリステルを評価するフレデリカなのであった。


「何、じっと見て」


「クリスって、本当にかわいいなって改めて思ってた」


「お世辞なんて要らないわよ」


クリステルは照れたり感情が揺らめいたりすると、右の髪を耳の後ろに書き上げるような癖があった。


フレデリカは、その癖をいつもかわいいなぁと思ってみていた。


「あ、それよりお昼、食べた?」


「食べてない。てか、教授のお怒りが大変で食べれてない」


フレデリカはむくれた。


だがそれは、自業自得なのである。


フレデリカの魔力量は、ノヴァリエ予科への入学前で少なくとも上級魔道士の三倍はあった。


魔力量を測る神官が来たがその計測の水晶球をも割ってしまうほどだった。


実際の魔力量は測定できていないので、わからないのだ。


だが、本人からしてみたら、そんなことはどうでもいいことだった。


フレデリカとしては、大好きな魔法を思う存分できる!という喜びでしかない。


しかし、それは、魔力の暴走ともイコールである。


普通の生徒が、魔法を調整しながらようやく一つの魔法を完成させるのに、フレデリカはあれもこれもと系統の違う魔法を組み合わせてしまい、結局は魔力暴走を招き、毎度のように爆発させるのだ。


通常であれば、制限がかかる上級魔法でもフレデリカにかかっては、軽々と起こしてしまう。


そのため、フレデリカにしたら、授業で習う魔導は本当につまらないものだった。


けれど、聖ゲイブリエル学園で魔導学を修めなければ、あこがれである宮廷魔道士になる夢は潰えてしまうだろう。


溢れ出る魔力と学園の授業。


これでも、フレデリカは板挟みとなっているのだ。


「ねぇ。リカ。次の授業は一緒の授業だったよね。国語学。でも、教授、所要による休講だって掲示板に貼ってあったから、これから、一緒にランチしない?」


「本当?!カフェテリアいこう!」


ノヴァリエ予科の時は、生徒全員が食堂に集まって、食事を摂るのが常だったが、本科に上がるとその状況は一変する。


学生は各々がきちんと食事を摂ることという姿勢に様変わりするのだ。


聖ゲイブリエル学園ノヴァリエ予科は、早く幼い子どもの内から貴族子女を受け入れる全寮制学園である。


そのため、食事の面のマナーにも厳し目の一定の基準を設け、三食きちんと礼儀正しく取ることに重点を置かれていた。


その他にも本科とは違う厳しいルールがある。


フレデリカは、クリステルと手をつなぎ、カフェテリアへ急いだ。


廊下からみえる中庭は、昼下がりの光を静かに浴びている。


食事をせずに生家の図書室にこもっていた少女は、ノヴァリエ予科での生活のお陰で食事を摂るという基本的なことにようやく目覚めたのだった。



カフェテリアの片隅に、アルフリーダとソフィのエリアソン子爵家の双子とその取り巻き数人がいた。


双子たちは、フレデリカたちと同じ国語学をとっていたが、突然の休講で何をするわけでもなく、カフェテリアでだべっていたのだ。


彼女らは、ノヴァリエ予科からの進級組ではない。


本科生として、今年入学してきたばかりであった。


本科生として入学してくる者たちは、礼儀作法と起こるかもしれない学園ラブロマンスを目当てに来るのが常だ。


幼い頃から婚約者としての申し込みが来なかった面々が、学園ラブロマンスめがけて入学してくる。


そうはうまくいかないのが普通ではあったが。


そのため、予科からの進級組に対して何かしら、面白くないという心持ちがあるらしく、大人しくみえるクリステルに主に難癖をつけてくる。


もちろん、フレデリカにも相当の思いがあるらしいが、フレデリカはどこ吹く風だ。


どれだけ悪口を言われても、『それは、その人に返っていくのだから平気よ』と呵々と笑う。


そのフレデリカを、クリステルは羨ましく思っていた。


そして、彼女たちは、フレデリカとクリステルをいち早く見つけたのだった。


そして、カフェテリアのテーブルに付いた二人の側にわざわざ行って、噂話を始めた。


「本当に、予科生上がりの学生は困るよね。爆発事故起こしまくってもお咎めなしなんだから」


「ほんとね、ソフィ。教授達も甘いんじゃないかしら。こんなに問題の多い学生なんて他にいないわよ」


アルフリーダが同意すると、周りの女学生たちも口々に同意する。


だが、フレデリカは食事を楽しむのに手一杯だ。


口いっぱいに頬張って、一所懸命に咀嚼をしている。


「あ、もう。予科の時のマナーはどこいったのよ」


クリステルは、フレデリカの口の端からこぼれ出てくるソースを、ナプキンで拭いてあげている。


「あ。そんなもの、どっかいった」


フレデリカはモゴモゴと反論するが、


「もう!何言ってるのかわかんないって」


クリステルは思わず吹き出した。


二人の世界である。


その後も、その後ろでアルフリーダとソフィが、口うるさく批判をしていたが。


フレデリカには何一つ届いていなかった。

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