3話目
バンパクのイベントの中に「妄想博覧会」と揶揄されるイベントがある。そのイベントの正式名称は「フューチャーチャレンジャー」という。このイベントは、ビジネスアイデアのプレゼン大会のようなもので、バンパクの主催側が、バンパクへの出展希望を出した出展希望者の展示予定内容を精査して、荒唐無稽なアイデアと見なした場合、その出展希望者にこのイベントへの参加を打診する。毎回、荒唐無稽なアイデアが真面目にプレゼンされるのがウケて、人気のあるイベントのひとつとなっている。
その年のフューチャーチャレンジャーも大盛況だった。その年は「世界中の争いをなくすために提案された、着用者を無理やり笑顔にする呪いの仮面」、「死者たちを蘇らせて労働力にするアンデッド派遣事業」、「人々の悪夢を具現化して観光資源として利用するナイトメア・ツーリズム」などが提案された。このイベントでは、プレゼンされたアイデアを審査員が講評する。審査員は、著名人やカンパニーの経営者など多岐にわたる。審査員のスタンスも様々で、アイデアを一蹴して笑いをとってもいいし、どうすれば事業化できるか真面目にコメントしてもいい。
ソーシらが控室で聞いた騒ぎはこのイベントが始まったからだった。いくつかのアイデアがプレゼンされ、観客も増えてきて会場も盛り上がっていた。
ソーシはこの異常な盛り上がりを偵察していた。
「なんだ、あれは・・・? フューチャーチャレンジャー・・・ピッチコンテストみたいなものか」
ソーシはぼそりと独り言を漏らし、近づいてみる。どうやら簡易ステージが設置されているようで、スポットライトがまぶしく床を照らしている。ステージ上では、司会者が大きな声でアナウンスをしていた。
「さあ、会場も盛り上がってきましたね。この勢いで次に行きましょう!それでは、カイさん、どうぞ!!」
ステージ上に大柄の人物がぬっと姿を現した。デカール民の平均よりもはるかに大きい。明らかに異質な存在感を放っている。
4人目のプレゼンターはカイだった。カイはステージ中の壇上に上がるとプレゼンを開始する。
「私が提案するのは、ドラゴンなどの希少種や絶滅種の肉を食肉として供給する食肉事業だ」
「ドラゴンの肉から細胞を採取して、それを培養して食肉を形成する。まだ小さな塊だが、現在、ミスト・ドラゴンの細胞をある程度の大きさにまで培養することに成功している。家畜を丸々一頭育てるよりも効率的だ」
カイが一通り説明を行うと、まず、司会者がコメントする。
「なるほど? これはまたマッドサイエンスなアイデアが飛び出てきましたね! ドラゴンの肉を培養する。ひえー、一体誰が食べるのでしょうか」
「誰が食べるか? 私はデカイノ王国中の消費者が顧客になると考えている。皆さん、いつも肉を食べているはずだ」
「おーと、これはまた大きく出ました。国内の食肉市場を狙うチャレンジャーだ!大胆不敵!なぜなら、今日は、あの!食肉業界の最大手エルハント・カンパニーの取締役ダンバー氏が審査員として来ています。これはコメントをもらうしかないですね。どうですか、ダンバーさん」
「まさに荒唐無稽だな。ドラゴンの肉で食肉市場を奪うと。勝算はあるのかね? 誰がドラゴンの肉を食べるというのか。しかも人工的に作った肉など…」
カイが壇上から話しかけた。
「ダンバーさんなら理解してもらえると思っていたんだが。あなたは食べたことがあるはずだ、ミスト・ドラゴンの肉を」
ダンバーは怪訝そうな顔をする。
カイが続ける。
「あなたは確かに美味しいと言っていた。味の再現。それから価格。これで勝負すれば勝算はある」
「おまえは…?」
ジリリリリリリリ……!!
タイムアウトの合図が鳴る。
「ここでカイさんの持ち時間が終了しました。熱い質疑も途中のようですが、ここで終了とさせてもらいます!」
カイはダンバーを一瞥してステージを降りる。会場にいた観客は大盛り上がりだった。ありえないアイデアだと笑い飛ばし、呆れや否定など、客席の感情が入り乱れるのが肌で感じられる。
おそらく、会場にいた人間は誰もカイのアイデアを真面目に受け止めることはなかったであろう。
ただ一人を除いて。
ソーシは、困惑していた。
ーーー
プレゼンを終えたカイは、ステージ横の控え室に戻り、荷物をまとめていた。カイは、会場の反応を問題だとは思っていなかった。とにかく今は存在を知ってもらうことが大事だと考えていた。ダンバーが会場にいることも知っていた。カイにとってこれは宣戦布告だった。
カイは控え室を後にして、バンパクを少し見てから帰ろうかと思っていたところ、後ろから急に声をかけられた。
振り返ったカイの視線の先には、猫背で痩せた人物がやや所在なげに立っていた。胸もとに国家経済省の省章バッジが光っている。だが、その表情はどこか伏し目がちで目線は合わず、声には熱もなければ敵意もない。ただ冷たく、乾いていた。それはソーシだった。
「…先ほどのプレゼン、拝見した。あれは本気なのかと、……少々、気になってしまってな……」
カイは目を見開いた。まさか会場にいた人間がわざわざ話しかけてくるとは思っていなかった。
「もちろんだ。私は本気でやっている」
ソーシは少し肩をすくめ、言い淀みながら続けた。
「そ、そうか……。いや、その……培養した肉を“売る”などと……しかも、市場を変えるだとか……私には、どうにも、現実味が……」
わざわざそんなことを言いに来るなんて、変わった人もいるものだとカイは思った。しかし、同時に興味も湧いた。一般の人に培養肉がどのように忌避されるのかは気になることであった。
「是非詳しく聞きたい。どのあたりが非現実的だと思うのか。やはり、口に入れるものとなると抵抗があるか?」
「い、いや……むしろ最大の壁は“価格”ですな」
ソーシが淡々と答える。
「培養液に含まれる成長因子はとても高価なもの。量産すればコストが下がると、そう簡単にはいかない……。ゆえに……あなたの言う未来は、遠い、いや、永遠に来ないかもしれんな……」
想定と全く違う答えに、カイは眉を上げた。
「コストか。それは確かに、コスト低下は技術開発の大きな課題のひとつだと考えている。…では、安全性についてはどう思う」
今度はソーシが面を食らったような顔をして、口ごもりながら答えた。
「…安全性。安全性は、法整備や評価手法の開発、他のいろんな課題との関係も大きい…ゆえにこちらも今のままでは難しい…。が…食品グレードの材料の研究を進めれば、可能性はないわけではない。ただ、安全性基準をクリアすることを考慮した製品、それにかかるコストは、やはり…経済性の問題になるでしょうな…」
理屈を重ねるその口ぶりに、カイは相手が素人ではないと確信した。
「…なるほど、勉強になるな。そういえば、まだ名前を聞いていなかった」
「な、名前?…あ、ええ、ソーシ。ソーシという」
「私はカイ。ソーシさんは研究に携わっているのか?」
「け、研究…、いや、その、以前には、再生医療の研究を少し…。だが今はもう、あまり関わってはおらんのですが…」
再生医療ーーもともと細胞培養技術は再生医療で使われていたものだった。医療の現場では、人間の皮膚細胞を培養して本物の皮膚を作る研究が進んでいる。ソーシがその分野で技術的知見を持っているのは驚くことではない。だが、食用の培養肉というアイデアを聞いただけで、それが直面する経済的、制度的課題をこれほど正確に指摘できるのは驚くべきことだった。
「再生医療の研究をしていたのか。それで、食用の培養肉についても詳しいのか?」
問いかけに、ソーシはわずかに表情を曇らせた。
「な、なに? いや、違う……今日、あなたの話で初めてそのようなアイデアを聞いた。あんな珍妙な発想、考えたことも……ない……」
「そうか。それなら、興味を持ってもらえて良かった」
その瞬間、ソーシの目がわずかに揺れた。
口元が動く。何か言いかけて、飲み込む。
一瞬だけ、何かを突き刺されたような表情が浮かんだ。
だが、次の瞬間には、もう冷たい仮面が戻っていた。
「…い、いや、勘違いなさらぬことですな。興味があるわけではない…」
「そう…なのか。それなら、なぜ声をかけてくれたんだ?」
「…いえ、ただ……あなたの無邪気さが、少々、目に余っただけのこと。…理想を掲げるのは結構ですが、あなたのような…理想主義者は、いずれ現実に叩き潰されるというもの。……それが今でないとしても、いずれ、そう遠くはないかと」
語気は抑えられていたが、その奥には確かな熱が宿っていた。
カイは目を見据え、答えた。
「困難な道であることは分かっている。障壁があるなら全部壊して前に進むだけだ。助言をありがとう、ソーシさん」
ソーシが言葉を返そうとしたそのとき、遠くから控えめな声が響いた。
「ソーシ先輩、どこ行ってるんですか。ちょっと控室に戻ってきてもらって良いですか?」
ソーシはそちらに顔を向けもせず、カイに背を向ける。
「綺麗事では世界は変わらんよ」
そう言い捨て、ソーシは控えめな足取りで人波に紛れていった。カイは、その背中を無言で見送った。
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