第4話 夜空に咲く恋の華
「文化祭の絵、進んだ?」
放課後、白兎の机に顔を覗かせながら、美羽が尋ねた。
「まあね。早く仕上げないと先生に怒られそうだし。」
笑いながら筆を置いた白兎が、顔を上げる。
「そうだ。明日、花火大会あるんだけど、美羽、一緒に見に行かない?」
「えっ、ほんとに? 行きたい!」
思わず弾んだ声で答えると、白兎は嬉しそうに目を細めて笑った。
「じゃあ、決まり!! 明日、自転車で迎えに行くよ。」
わざと真面目な顔を作って続ける。
「でもな、美羽。くれぐれも、よそ見には気をつけろよ。もう一回轢かれたら、さすがに笑えないからな。」
「ほんとだね!」
美羽は恥ずかしそうに顔を赤らめてクスッと笑った。
花火大会の当日。
約束通り白兎が自転車で迎えに来た。
美羽を自転車の後ろに乗せて、プロヴァンス風の家屋が建ち並ぶ坂道を、風を切るように駆け降りる。
「いゃっほーーー!!」
ハンドルを握る白兎は、完全に調子に乗って声を張り上げていた。
背中越しに伝わる体温と、髪を揺らす夏の風。
美羽は思わず笑ってしまう。
「もう……。私によそ見は気を付けろ!って言ってたくせに、白兎の方が危ないじゃない。」
「大丈夫だって!俺に任せとけ!」
振り返りもせず、少年らしい自信満々の声。
美羽は呆れながらも、その背中にしっかりとつかまった。
会場に着くと一足先に、花火大会は始まっていた。
ひゅ〜……ドド〜ン!!
大きな音を響かせ、夜空に咲く大輪の花。
暗い夜空を色とりどりの火花が散り、一瞬で空が明るくなる。
「わぁぁ……綺麗〜!」
美羽は思わず声を弾ませる。
「綺麗だなぁ……」
白兎も夜空を見上げたまま呟く。
だが視線は花火ではなく、横に立つ美羽に向けられていた。
紺色の浴衣にあしらわれた朝顔の模様。
アップで纏められた艶やかな黒髪と、その下に覗く白いうなじに白兎は、思わず息を飲んだ。
花火の光に照らされる彼女の横顔は、白兎にとっては、花火よりもずっと美しい存在に感じられた。
「美羽の方がもっと綺麗。」
白兎がボソッと小さな声で口にした言葉は、花火の轟音にあっさりと掻き消されてゆく…。
「えっ?なんか言った??」
美羽が振り返るが、白兎は花火を見上げたまま。
問いかける隙もなく、次の花火が夜空に咲き乱れる。
しばらく花火を見物した後、白兎は、美羽を屋台へと誘った。
浴衣姿の子どもたちにポイで追い回され、赤と黒の金魚達が尾びれをひらひら揺らしながら水面に小さな波紋を立てて逃げてゆく…。
通りには、香ばしいベビーカステラの甘い匂い、鉄板の上で湯気立つソース焼きそばの焼ける匂いが食欲をそそった。
そしてガラス細工のように透き通るりんご飴がまるで宝石店のショーケースのように並んでいた。
「欲しいのある?一個、美羽に買ってあげるよ」
白兎は、なけなしのお小遣いであろう千円札を取り出すと、照れくさそうに笑った。
「えっ……いいの? 大切なお小遣いなのに。」
美羽は申し訳無さそうに白兎に言った。
「いいんだよ。俺が買ってあげたいだけだから。」
柔和な笑みを浮かべ白兎は答える。
夏の記憶が胸の奥に焼きついてゆく。
夜空のキャンバスに光の絵の具が花を咲かせ、彩るかのように…。
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