7・大魔女がいる診察室(2)
中学から女子校に通っていて周りに男子がいない環境がその原因のひとつ。小学校時代もおそらく男の子を好きになった経験はなかったのだろう。
家の男兄弟が揃いも揃って見た目が良いから無自覚で理想のハードルが高くなっている可能性もある。
女子校通いとは言え男性と接する機会は何度かあった。人見知りを発動した彼女は「お淑やかで清楚な美少女」なので当然とてつもなくモテた。
特に五歳以上離れた、年上の男に。
彼らは決まって彼女の美貌に引け目を感じない自信家やナルシストで、ぎらついた目でぐいぐい距離を詰めて来る。
「君はもっと綺麗になるよ。女の子は男に大切にされることで磨かれて輝くものだからね」
大人の余裕「らしきもの」を見せつけ、歯が浮くような台詞で口説いて来る。
恋愛ドラマならここで「うっとり」するべきなのだが、茉莉花は眉ひとつ動かさない。
甘い言葉に胸がときめくどころか、年上のくせに小娘に熱を上げるなんて情けなくて気持ち悪いとしか思えなかった。
むず
茉莉花は男も恋も知らないが、素直にそれを「愛情」だと喜んで受け取るほど子供ではない。
甘やかしの裏には下心があり、注がれるのは愛ではなく性欲だ。
茉莉花は人見知りだが気は強い方なので目を合わせず無視をしたり、それが駄目なら無愛想な塩対応でやり過ごしてきた。
「それはあなたじゃない。もっと良い男じゃなきゃ、ただの傷ものになっちゃう」
精一杯睨みをきかせて突っぱねるが、それがかえって男の欲情を煽ることになる。
男を知らない美少女の背伸びした物言いは、甘さを引き立てるスパイスだ。
茉莉花はまだそれをわかっていない。
どうにもならない時は最終手段の「長男アタック」で追い払ってもらっていた。
兄の
ガタイの良い仏頂面の
身内以外の年が離れた男は気持ち悪い。
ならば年が近い十代の男子はどうかと言えば、それはそれで苦手意識がある。
茉莉花から見た彼らは面倒くさい存在だった。
彼女は同年代の少女より大人びた風貌で、身長も一六三センチで女子の平均よりも高い。
年が近い男子たちにとっては「高嶺の花」と言った存在だった。
通学路ですれ違ったり地下鉄で同じ車両に乗り合わせた時に思わず見惚れることはあっても、気安く声をかけるような
だが集団になると彼らはとたんに気が大きくなり、すれ違いざまに茉莉花を値踏みするような会話をし出す。
美しい彼女に対する引け目がそうさせるのだろう。あまり良い事は言われない。
鬱陶しくてしょうがないが無視していた。
「可愛いけど俺より背が高いからなぁ」
お前が低いだけだろ――さすがにそう言われた時はカチンときて怒鳴りそうになった。こっちから願い下げだ。
身内以外の同年代はウザい。
では年下はとなると、完全に子供なので害はないが異性としては「問題外」である。
茉莉花にとって身内以外の男は厄介者でしかない。
「王子様」のような心身ともに綺麗な男は物語の中にしかいない。
現実にいるのは生殖本能に操作されているだけの「
茉莉花は異性に対して夢を見てはいないし期待もしていない。
「お見合い」に関しては「条件」をクリアすれば良いと完全に割り切っている様子だ。
現代を生きる少女に持ちかける見合い話。
時代錯誤とも言える若すぎる嫁入りに対して気の強い茉莉花なら抵抗を示しそうなものだが、大人しく要求を聞き入れて従っている。
そもそも彼女には従う以外の選択肢はない。
課せられた「
それに対する諦めもあるのだろう。
呑気に笑う茉莉花だが、麗虎は彼女を警戒している。
茉莉花は割り切っていると言うよりも、何も知らないから大人しくしているだけだ。
こちらに都合が良い「お利口さん」な茉莉花だが今後、思いがけず恋を知ってしまったら――彼女も多感な少女だ。一気に何もかもがひっくり返るだろう。
年頃の少女の思い込みの激しさや無鉄砲さは、かつて少女だった自分にもわかる。
そう思い麗虎は一息吐いて茉莉花に言った。
「茉莉花ちゃん。もしも、今後誰か好きな人が出来た場合は私に教えてね」
「……私に今好きな人出来たら、マズいんじゃないですか?」
急な話に茉莉花は怪訝そうに眉を顰めた。
こっちに腹を括らせておいて、何を今更――そう思った。
「出来る限り対処するから」
麗虎は茉莉花の目を見て言った。
「あなたが「好きになった人」と結ばれるのがやっぱり最良だと思う」
これは嘘だ。
「昔と違って今は未成年の女の子にも「人権」がある。
これは本当だ。
「だからそう言う人が出来たら必ず教えてね。ひとりで何とかしようとは思わないで」
麗虎の口調は優しかったが、眼差し茉莉花の身を捕えるかのように鋭い。
茉莉花は何も感じない人形のように黙って麗虎の視線を受けている。
「……好きな人なんて出来ませんよ」
茉莉花はため息混じりにそう呟いてから「何を今更」という思いを込め、その目を再び
「私は誰も好きになったりはしません。それから、今更逃げも隠れもしませんからご心配なく」
流れる空気が一気に冷えたのを二人は感じた。
思った以上に気不味くなってしまったと
「でっ、でも万が一って事があるかもしれないですよねっ。恋は事故みたいなもんだって聞いたし……なので、その時はよろしくお願いします」
そう言って茉莉花は歯を見せて笑った。
どうなる事かと一瞬肝を冷やしたがその明るい笑顔を見た麗虎も彼女につられて微笑んだ。
病院の診察室にも関わらず、先程から「お嫁さん」「お見合い」など診療とは程遠い話題ばかり。
何故ならこれは病院の一室を借りて行われている「何も出来ない」特殊な人間――茉莉花に対する「定期面談」だからだ。
超能力めいたものを持つ真斗、
茉莉花だけが家族の中で唯一「何も出来ない」。
もっと広い範囲で見ると
その同族の中では特殊な能力がある人間よりも「何も出来ない」人間の方が問題なのだ。
高野原茉莉花。琥珀色の瞳をした可憐な少女は国の監視対象であり保護対象。
デスクの上にあるノートパソコンの画面に映る彼女のデータにはこう記されている。
「
【1・Brother & Sister―高野原家の五人―】(完)
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