4・猫被り姫の長い午後(2)

 テレビの野球中継が中断し定時のニュースが流れる。

 岩手県でクマが民家に侵入し住民が怪我をしたとアナウンサーが原稿を読み上げると現場の映像に切り替わった。


「ここ数年で厄介なのは「クマ」に変わったって感じだなぁ…」


 伯従父いとこおじがテレビを見ながらそう言った。


「まぁ「クマ」となったら警察も自治体も色々縛りがあって簡単に駆除出来ない―俺らを駆り出してさっさとやれと言われるけど管轄外ですから」


 真斗まなとはそう言ってグラスに残った麦茶を飲み干す。


「俺らどころか真斗君クラスでも「クマ」は倒せないもんなぁ」

「さすがに「クマ」に遭ったら逃げるしかないですよ」


 怖いもんなぁと二人は笑った。


 台所からダイニングに行きその様子を覗き見ていた茉莉花まりかは何となく見ていられなくなって目を逸らす。


 眉間に皺がない笑顔の真斗なんてこんな時しか見ない。彼には申し訳ないが茉莉花は正直その表情を見ていると鳥肌が立つ。


 外面が良い咲也さくやや誰とでも気さくに接する事が出来る彗斗けいとが親戚相手に愛想良くしている姿は抵抗なく受け入れられる。


 だが普段は仏頂面の真斗がまるで人格が変わったかのようにそうしている姿を見るのはいつになっても慣れない。


 彼自身は特に抵抗なく大人の振る舞いとして卒なくこなしているだけだが茉莉花にとってはわざとらしい演技を延々と見せられているようでキツいのだ。


 覗き見ている茉莉花の姿に気付いた伯従母いとこおばが手招きして彼女に言う。


「マリちゃん、もういいから座って座って」


 茉莉花は薄い愛想笑いをし彗斗の隣――下座に座る。

 大伯母おおおばが振り返って庭の方を見ながら言った。


「しかし九郎くろう君、随分と男らしくなったねぇ。背もまた高くなって」

「正月に来た時は俺と同じくらいだったよなぁ」


 伯従父がそう言うと真斗が答える。


「あれからさらに伸びましたね」

「来年になったら真斗君抜かされるかも知らないねぇ」

「さぁ……どうですかねぇ」


 真斗はそう言って笑った。


「車から見た時九郎君だと思わなくてねぇ、「誰?あのイケメン」って」

「そうそう!もしかしてマリちゃんの彼氏?ってねぇ」


 大伯母と伯従母が十代の少女のように囃し立てる。


「ええ……?」


 茉莉花は薄い愛想笑いのまま眉根を寄せた。


 無いわ、と喉元まで言葉が出かけたがそれを飲み込む。


 男女とも五十歳以上になると判定が甘くなり背が高く健康的で若い男はみんな「イケメン」に見えるのだろう。茉莉花はそう思った。


 他の親戚も彼に対して同じことを言っていた。その時、直接言われた九郎本人も茉莉花と同じ反応で「親戚にそう言われても」と真に受けてはいない。


「ちょっと前まで子犬みたいに可愛かったのにねぇ」

「おいおい九郎君は「犬」じゃないだろ。ねえ、茉莉花ちゃん」


 伯従父が居心地が悪そうにしている茉莉花に気を遣って話を振る。


「あぁ……はは……そうだ、麦茶のおかわり持ってきますね……」


 茉莉花は座卓の上にある空のグラスを盆に乗せて再び席を立った。

 シンクに持って来たグラスを置いて、冷蔵庫から麦茶のポットを取り出しダイニングテーブルに置く。


 替えのグラスをテーブルに並べながらガラス戸越しに庭を見ると咲也と九郎が摘んだ大葉が入った籔を持ったまま木陰に入って立ち話をしてる姿が目に入った。


 もうとっくに摘み終えているのにだらだらと時間稼ぎをしている――そんな様子だった。


 それを見て茉莉花が顔を顰めていたらテーブルの下に置いてある新聞ストッカーから昨日の朝刊が浮き上がり彼女の目の前までふわりと飛んできた。


 続いてガラス戸が開き新聞が庭に向かって飛んで行き、こちらに背を向けている咲也と九郎の後頭部を順に叩いて足元に落ちた。


 茉莉花が居間の方を見ると座っている彗斗が目配せをした。彼女の仕業だ。


 不意を突かれてこちらを振り向いた二人と目が合う。

 茉莉花は顔を顰めたまま「早く戻って来い」と居間を指差した。

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