第16話: 革命

深夜二時、党本部の作戦室。


壁一面のモニターに、霞が関、永田町、都心の主要交差点、在京キー局の送信棟が無音で並ぶ。


高宮麗奈が最終指示書を束ね、津守の前へ差し出した。


「――これが最後の確認です、総理。」


「ありがとう、麗奈。」


津守は立ち上がり、薄い息を一度だけ吐く。


円卓を囲む幹部、自衛隊上層部の視線が揃う。


「我々は、歴史において大罪人と呼ばれるだろう。」


「……」


「だが、この国には長く、心を束ねる象徴がなかった。


 血と力を両輪にせねば、国家は動かない。


 ――我々が、その空白を埋める。」


誰かが小さく喉を鳴らした。


自衛隊の将官が、背筋を伸ばして言う。


「命、預かりました。歴史が動きます。」


津守はうなずき、静かに右手を上げた。


作戦名再生。――開始。」


******


同二時三十分。


東京湾の暗闇を、無灯火の車列が滑る。


首都高の分岐で護送車が別れ、警視庁・国会・官邸・主だった省庁の地下搬入口へ同時突入。


「国民保全措置第零号、実施」。コードが短く反復される。


在京放送局は送信管理室を押さえられ、回線は大阪の臨時中枢へ振り替え。


地下送電室で作業員が驚く。軍警備員は落ち着いた声で言う。「危険はありません。協力を。」


一部で抵抗があった。昇降口で揉み合い、乾いた破裂音が二度。


廊下に血が落ちる。そこだけ、時間がじっとりと遅くなる。


担架が過ぎ、再び無機質な足音が続く。


「反乱ではない。建国の再生だ。」


ヘッドセット越しに、同じ言葉が繰り返される。


******


夜明け前。


ニュース速報が全国の街頭ビジョンを塗り替える。


《大和未来党、国家再編成を宣言/非常措置閣議の発足》


《主要官庁・放送・交通の保全完了》


《国民生活の安全を最優先――「混乱は最小に」》

画面の片隅、被災地支援で見慣れた美央子の映像が差し込まれる。


白い上着を羽織り、避難所で静かに手を握る姿。


「大丈夫です。一緒にいますから。」


その一言が、寒気のような恐怖を、僅かに引かせる。


都市の片隅では抗議の声が上がる。


「軍事クーデター反対!」「独裁を許すな!」


だが長くは続かない。


人々は画面に目を戻す。


新しい「秩序」が、半歩先からこちらを見ている。


******


午後、大阪。


かつて国際会議に使われた大広間が臨時の議場に変わり、外は人の海で埋まっている。


旗がはためき、スマホの光が夜空の星みたいに瞬く。


津守が壇上に立つ。


照明が落ち、音が吸い込まれる。


「国民の皆さん。」


最初の一語が、広場の底まで届く。


「我々は今朝、決断した。


 この国を、未来へ渡すために。


 私たちは、反逆者と罵られるだろう。


 だが、何もしないことこそが、真の裏切りだ。」


ざわめきが熱に変わる。


「長い間、この国には“心”を束ねる芯がなかった。


 制度と手続きの上に人の魂は宿らない。


 だから我々は、責任を引き受ける側に立つ。


 流れた血は消えない。


 しかしその血を、未来の礎に変えるのが政治だ。」


拍手が、波のように押し寄せる。


「本日より、首都機能を大阪へ移す。


 経済・防衛・科学技術の司令塔をここに置く。


 仮初の均衡に縛られた過去をやめ、


 大和の新しい中心をここに築く。」


歓声。


泣き声。


相反する音が、同じ渦に巻き込まれていく。


津守は一拍置き、正面を見据えた。


「告げる。


 我々は、二択の時代を終わらせる。


 恐怖か、無為か。


 そのどちらでもない第三の道――再生を選ぶ。


 今日からこの国は、前へ進む。」


「進む!」「進む!」


広場が合唱を始め、拳がいくつも空に伸びた。


「最後に。


 兵士たちへ。


 君らは最前線で、法と秩序と人の命を守った。


 国家は君らの献身を忘れない。


 私は忘れない。


 ――ありがとう。」


その「ありがとう」は、凪のように群衆を静め、次の瞬間、爆ぜるような拍手に変わった。


******


同刻、会場の後方。


白い衣を羽織った美央子が、静かに立っていた。


歓声の渦は、遠い海鳴りのように耳を満たす。


(……津守様。)


言葉にならない言葉が、胸の内で整う。


彼が選んだ道は、もう彼だけのものではない。


国のものになった。


ならば、代償は――。


美央子は、そっと目を伏せ、両手を白衣の上から腹に添えた。


ほんの短い仕草。誰の視線にも触れない、さざなみのような動き。


(怒りは、私が預かります。


 この国は、前を向いてください。)


彼女は小さく息を吸い、目を上げる。


壇上の津守が、民衆の光の中で、まっすぐ立っていた。


広場は叫び、旗はたなびく。


その熱の中心に、ひとつの静けさが芽吹いていた。


やがてそれが、国を鎮めるための言葉になることを、まだ誰も知らない。

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