第6話:(閑話)美央子の幸せな一日
朝の光が差し込む響命教本部の一室。
美央子は鏡の前で髪を整え、制服風の淡いワンピースに袖を通した。
十五歳になった彼女は、すでに「神の娘」として全国に知られている。
だが、この日だけは違った。
「今日は特別に外に出ましょう」
秘書役の高宮麗奈が微笑む。
変装用の帽子と眼鏡を渡され、美央子は胸を高鳴らせた。
******
小さな日常:
大阪の街へ出る。
人々の雑踏の中を歩くだけで、美央子には新鮮だった。
商店街で並ぶ菓子や小物に目を輝かせ、店先で足を止める。
「普通の女の子みたいでしょうか?」
麗奈は笑って答える。「あなたは、普通でいて特別よ」
二人は川沿いの屋台でアイスクリームを買った。
冷たい甘さが舌に広がり、美央子は思わず笑みをこぼす。
「こんなに幸せなのは久しぶりです」
麗奈はその横顔をスマートフォンで撮影した。
美央子が驚き、恥ずかしそうに微笑む。
「麗奈さんも一緒に!」
二人で寄り添い、自撮りをする。
「いつか……津守様とも三人で行きたいです」
無邪気な言葉に、麗奈の胸がざわめいた。
だが微笑みを崩さず、写真を保存した。
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年頃の問い:
帰り道、甘い余韻の中で美央子はぽつりと問う。
「麗奈さん……どうして津守様はご結婚なさらないのですか?」
麗奈は少し沈黙し、「使命を選んだからよ」とだけ答える。
美央子は俯き、アイスの残りを口に含みながら小さく呟いた。
「……もし寂しいなら、私がずっとそばにいます」
麗奈はその声に答えず、ただ少女の横顔を見つめ続けた。
******
夜の祈り:
一日の終わり、祠の前に立つ美央子。
昼間の賑わいとは対照的に、静かな月明かりが彼女を照らしていた。
両手を合わせ、目を閉じて囁く。
「どうか……津守様が孤独でありませんように。
私がその人でありますように。」
風が揺れ、祠の影が震える。
それはただの風だったのか、あるいは神の応えだったのか。
無垢な笑顔を残したこの一日は、
彼女にとって、そして多くの人にとって──
後に「もっとも幸せだった日」と記憶されることになる。
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