第5話 SP司
香澄から情報を得られたことで、朱鷺宮紅葉の抱える問題は理解できた。
歳の差婚をさせられる紅葉を救うために、俺はNTRを実行しなければいけない。
エロゲーだから、そういうシーンもあるわけだが、精神的童貞である俺が出来るのか? 攻略しなくちゃいけないのはわかっているが、自信がない。
てか、その前に外に出なくちゃいけない。
頭の片隅ではずっと考えていた。
もしも、外に出たことでヒロインと関わりを持ってしまえば、NTRを実行しなくてはいけなくなる。
だが結論は一つ。
「俺は大学に行く」
朱鷺宮紅葉の抱える問題を解決して、破滅を回避するためには外に出なくてはいけない。
ただ、いきなり色々なことが起こりすぎて疲れた。
今日は寝ることにした。
♢
翌日、俺は香澄に相談することにした。
部屋を出て、大学に行くことを告げる。
唐突に言い放った俺の言葉に、香澄の目が大きく見開かれた。
「な、なんと……大学に、でございますか?」
「そうだ。俺は大学生だ。大学に行くのは当たり前だろ?」
俺の見た目は、リア充陽キャラになったんだ。
これまで貧乏で出来なかったキャンパスライフ。
それを楽しみたい。
何よりも、紅葉を攻略するエロゲー世界では学園ライフは鉄板だ。
学校での交流を使って、シナリオを踏まなければルート攻略なんて進むはずがない。
だが香澄は眉をひそめ、珍しく即答せずに沈黙した。
「……恭弥様。お考え直しを」
「は?」
「大学などに行かれずとも、恭弥様のお力を必要とする雌は後を絶ちません。外に出るなど……リスクでしかございません」
「大学イベントこそがメインなんだ! 登場ヒロインの八割は同級生だぞ。外に出ないでどうやって攻略すんだよ」
俺の熱弁を口にしながら、香澄は頬を染めて小さく身を震わせる。
「雄が雌を攻略……! なんと甘美な響きでしょう……♡ ですがっ!」
香澄が、机に両手を突いて叫んだ。
「恭弥様が外に出れば、雌どもが群がり、きっと奪い合いになることでしょう! 雄の安全を守るのが私の使命、危険に晒すわけには……!」
「いや、どんだけだよ!」
「蓮見恭弥様の人気をなめてはいけません!」
俺が否定を口にすると、香澄が詰め寄ってきてなかなか引かない。
要約すると、見た目が良くて、金持ちで、高学歴、さらに身長が高くて、ハイスペックの男である恭弥は、女性からすれば格好の獲物であるという内容だった。
どんだけ俺のことを過大評価してんだよ。
それだけ女子が群がってきたら嬉しいっての。
「いや、俺は別にモテるキャラじゃねぇし」
「いえ、恭弥様はモテすぎて危険なのです!」
「断言すんな!」
香澄の過保護は理解できる。だが俺の中には妙な確信があった。
大学に行かないとシナリオが進まない。
放置していたら、むしろ破滅エンド一直線だ。
「行く。俺は絶対に大学に行く」
俺が断固として言い切ると、香澄はしばし震えたまま沈黙した。
その後、瞳を潤ませて……頬を赤らめた。
「……っ♡ 雄らしい、断固たるご決断……! やはり恭弥様は雄の中の雄……♡」
なんでそうなる。
「わ、分かりました……。ではせめて、護衛をお付けいたします」
「護衛?」
香澄は小さくうなずき、ドアの外に目をやった。
「入って」
次の瞬間、ドアが開き、一人の女性が姿を現した。
てか、この家って俺たち二人だけじゃなかったんだな。
長い黒髪を後ろでひとつに結び、鋭い眼差しをこちらに向けてくる。
スーツ姿に身を包み、腰には本物のホルスター。
「
ピシッと直立不動で名乗りを上げる姿はまさに警護のプロ。
……いやいや待て。
「ちょっと待て。SP? 国家資格? そんなの存在するのか、この世界?」
突っ込まずにいられなかった。
金持ちってのは、SPをつけないと外にも出れないのか?!
「ございます。恭弥様のような尊き雄を守るために整備された制度です」
「香澄の脳内世界は、雄を守るシステム完備かよ!」
「当然です。雄は国宝。女性はその守護者。護衛がいなければ雄はすぐに食い尽くされてしまいます」
「食い尽くされるって言うな!」
どんだけ俺を守りたいんだよ。思わず後ずさる。
しかし、司の真剣な視線は、そんな俺の戸惑いを容赦なく射抜いた。
「本日から私が護衛として同じ大学に同行します。既に学生証も取得済みです」
「えっ……同じ大学? え、いつから!?」
「恭弥様が入学された時からです。危険要因を洗い出す任務を遂行しておりました」
「監視されてた!? 俺、完全にマークされてるじゃん!?」
香澄が満面の笑みを浮かべる。
「司は私の従妹です。幼い頃から鍛えてきました。強靭な体力、正確な判断力、そして何より雌としての忠誠心は折り紙付きです」
「雌としての忠誠心ってなんだよ! 国家資格にそんな科目ねぇだろ!」
司は小さくうなずき、言葉を重ねた。
「ご安心ください。私は任務に忠実で、決して雄に無礼を働きません。ただし」
そこで一歩近づき、真剣な表情のまま言い放った。
「もしも大学内で雌どもが襲いかかってきた場合、私が真っ先に彼女らを排除します」
「排除!? 物騒すぎるだろ!!」
なんだこの物騒な新キャラは。けど……本物の護衛がつくってのはよくわからんが、とにかく俺の「大学ルート」がようやく動き出すってことだ。
混乱と不安と、ほんの少しの期待を抱えながら、俺は司の視線を正面から受け止めた。
「……分かった。じゃあ、頼むわ。不嶋司」
真っ直ぐに答える司の声は凛としていた。
その真剣な眼差しを見て、つい俺は口をついて出てしまった。
「よろしく。……ほら、握手しようぜ」
差し出した右手を見て、司が息を呑んだ。
なんだ? なんでそんな怖いものみたいに手を見てんだよ。
そんなに俺が嫌いか?
「……握手、でございますか?」
「そうそう。まぁ、形だけでも。よろしくな、ってやつ」
「……っ……」
司は眉を震わせ、わずかに後ずさる。なんだよ、握手くらいでそんな顔するか? と思いながらも俺は手を引っ込めない。
「……ほら、別に取って食うわけじゃねぇし。ほらほら」
「……っ……っ」
観念したように、司は恐る恐る俺の手に自分の右手を重ねた。
細い指先、だが鍛えられた掌は硬く、温かい。
「おお、案外しっかりしてるな」
「っっ――――――!!」
次の瞬間……バタンッ!
「えっ……?」
司が、その場にへたり込んだ。全身の力が抜けたかのように、床に膝をつき、両手で顔を覆って震えている。
「お、おい司!? 何してんだよ!?」
「はぁ……はぁ……っ……し、信じられません……っ……雄の……恭弥様の……手を……直接……っ……!」
さっきまでの真面目モードはどこに行った。
あれほど無表情でキリッとしてたSPが、今や頬を真っ赤に染め、呼吸も荒い。
「お、落ち着け! ただの握手だって!」
「ただの……っ!? い、いえ……この尊さ……雄の温もり……指の硬さ……っ。わ、私は……このまま死んでも……」
「死ぬな! まだ任務始まったばっかだろ!!」
俺が慌てて司の肩を掴むと、その肩すらビクリと震えた。マジで過剰反応すぎるだろ。
「ふふ……」
背後から、落ち着いた笑い声。振り向けば香澄が、いつものクールな顔にうっすら笑みを浮かべていた。
「……あぁ、もう仕方ない子ですね」
呆れ半分、慈愛半分。姉のような眼差しで、床にへたり込む司を見つめている。
「し、仕方ないって……これが普通なのか?」
「普通ではありません。ですが……恭弥様と触れ合うなど、雌にとっては誉れ。司にとっては初めての接触です。こうなるのも当然といえば当然でしょう」
いや、俺の存在がヤバい奴みたいになってるぞ。
「いや、当然じゃねぇよ! 俺、ただ握手しただけだぞ!?」
司はまだ顔を真っ赤にして、俺の手を握っていた方の手を胸に押し当てている。
「……この熱……忘れません……」
「忘れろ! 今すぐ忘れろ!」
俺の叫びに、香澄が小さく肩をすくめる。
「恭弥様……あなた様の影響力というものを、もっと自覚なさった方がよろしいですよ」
「そんな危険物扱いみたいに言うな!」
香澄はくすくすと笑い、しゃがみ込んで司の肩を支えながら立ち上がらせる。
「さぁ、司。雄の温もりに酔っている暇はありませんよ」
「……は、はいっ……」
真っ赤な顔のまま、司は立ち上がる。しかし、その瞳はいつもの真剣さに戻りきらず、ちらちらと俺の手元を見ては小さく息を呑んでいた。
……握手一つでこの反応。
「恭弥様はこの命に代えても」
即答する彼女の声に、背筋がゾクリとした。
感情が、重すぎない?
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