代用貨幣期
■ 概要
市場法制史における「代用貨幣期」とは、金属貨幣が一般化する以前に、一定の物資が交換の標準的手段として機能した時代を指す。ここでは牛や貝殻、布、塩、稲などが「価値の媒介物」として用いられ、地域ごとに異なる形態の擬似的貨幣制度が存在した。この段階は、物々交換の不便を解消しつつも、貨幣の抽象的概念が未だ確立していなかった過渡期として、制度史的に重要である。
■ 1. 代用貨幣の社会的背景
物々交換では、取引の「二重の欲求一致」(双方が相手の財を必要とすること)が前提であり、取引の拡大に限界があった。その不便を解消するため、流通において信認の高い特定の財が交換手段として機能した。これが代用貨幣である。代用貨幣は保存性・可分性・持ち運びの容易さといった条件を備えるものが選ばれ、社会的に規範化された。
■ 2. 世界における代用貨幣の諸相
・メソポタミア
大麦や銀の重量単位が交換基準として用いられ、神殿がその信認を保証した。
・古代中国
貝殻が最古の貨幣的役割を果たし、のちに「貝貨」の字義が貨幣を意味する語根となった。
さらに布銭・刀銭などの金属製代用貨幣が出現する。
・古代インド
牛や穀物が取引の標準として用いられ、
『マヌ法典』にも利息や交換比率に関する規定が記される。
・日本
稲や布(特に絹布)が事実上の代用貨幣として流通し、
『延喜式』などでも租税や給与の単位として規定された。
■ 3. 代用貨幣と法的規範
代用貨幣は自然発生的に広まっただけでなく、しばしば権力によって交換基準として制度化された。例えば、中国では王朝が貝貨や布銭の価値を法的に規定し、メソポタミアでは神殿が銀重量の基準を示した。日本でも稲を単位とする租税制度(租)が法的規範を伴い、稲そのものが貨幣的性格を帯びた。これにより、代用貨幣は単なる交換手段にとどまらず、国家的課税・給与制度と結びついた。
■ 4. 代用貨幣から金属貨幣への移行
代用貨幣は普遍性・安定性に限界があり、地域差や保存性の問題を抱えていた。これを克服するために、金・銀・銅といった金属貨幣が登場し、鋳造権を握る権力者によって制度化されていく。代用貨幣期は、貨幣の社会的信認がすでに存在したことを示し、貨幣経済移行の前提段階であった。
■ 締め
代用貨幣期は、市場法制史における「交換の規範化」の段階である。物々交換の限界を克服するために社会が特定の財を媒介物として選び、それを権力や法規範が承認することによって市場秩序が形成された。この経験が、金属貨幣の出現とともに本格的な貨幣制度へと発展する基盤をなした。すなわち、代用貨幣期は「貨幣の思想」の萌芽を示す過渡的時期として、市場法制史において特筆すべき位置を占める。
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