第7話 沈砂槽改善提案の採択と運用開始

処理場の技術記録室。 魔力遮断端末の前で、リオ=フェルナードは資料を並べていた。隣ではカイが、粒径分布と魔力波位相のグラフを整理している。


「……これで、フィルター案と複合案、両方の構成は揃ったな」 「はい。提出まで、あと一日です」


沈砂槽の沈降率低下に対する改善提案。 リオとカイは、上司の指示を受けて二部構成の提案書を作成していた。


作成期間は三週間。 途中、上司から「複合案の試算が甘い」「フィルター案の設置位置が曖昧」といった指摘が入り、リオは一度提出を差し戻された。 だが、修正を経て再提出は期限の一か月以内に間に合った。


提出当日、上司は二部構成の提案書を手に、上層技術会議へと向かった。


会議は長時間に及んだ。 複合案は、粒径設計と魔力波制御を同時に行うことで根本的な改善を図る内容だったが、設備改修に伴うコストと工期が問題となった。


「今年度の予算では対応できない。来年度に予算を確保し、改修計画に組み込むべきだ」 上層技術会議では、複合案を将来的な改善策として評価しつつも、現時点での実施は見送られた。


一方、フィルター設置案は、既存設備を止めずに対応可能であり、コストも抑えられる。 魔力粒子の選別によって沈降効率を改善するという技術的根拠も明確だった。


「現状の運用改善としては、フィルター案を採用する」 上司は会議後、リオとカイにそう告げた。


「複合案は、来年度の改修計画に組み込む。リオ、よくまとめたな。技術的な視点と現場の実態、両方を捉えていた」


リオは深く頭を下げた。


「ありがとうございます。フィルター案の運用開始に向けて、現場調整を進めます」


その後、処理場ではフィルター設置のための基礎工事が始まった。 魔力遮断材の搬入、選別ユニットの設置、流入管との接続――工事は2週間で完了した。


フィルターの使用開始初日。 沈砂槽の水面は、以前よりも澄んでいた。 魔力粒子の選別によって、沈降率は安定し、浮遊物の発生も抑えられていた。


「沈降率、設計値に回復。魔力波干渉も減少。……成功ですね」 リオは端末に記録を残しながら、静かに呟いた。


カイが隣で頷く。


「現場の負荷も軽くなるな。提案書、通してよかった」


リオは、沈砂槽の水面を見つめながら小さく息を吐いた。 三週間の試行錯誤と、上層技術会議での採択。 そのすべてが、この澄んだ水面に繋がっている。


「……次に繋げられるよう、記録をまとめておきます」 リオの声には、静かな決意が滲んでいた。


沈砂槽の底で始まった問いが、技術となって都市を支え始めていた。

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