想いの力学
タウフ
序章 不安なき社会
#1 自由な社会を目指して
夕日が差し込む、誰も居ない教室で僕は、
卒業を来月に控えているのに、何をするか決まらず悩んでいる。
趣味や夢もないし、何もせず、どこにも所属していない状態になってしまいそうで、不安と焦りに支配されそうになっていた。
「なんだ
不意に親友の
放課後の教室で悩んでるのも、話しに来てくれるのも、日課になっているからだ。
「やっと一つ候補が上がったんだ。情報収集してたら偶然見つけたんだけど……」
安心させようと、僕はやっと見つけた進路をタケちゃんに説明しようとした。
「それはいいな、それにしよう!」
タケちゃんはわざと返事をかぶせてきた。
「どんなのかは見てよ」
「そうだな、そうしよう」
毎度おなじみのやり取りを、ひとしきり繰り返した後、僕は真面目な顔に戻り携帯端末に1枚の写真を表示させて見せた。
そこには、天を突くような
「なんだっけこれ? ニュースで見たな。いっぱいで住んで、なんか実験してる所だろ?」
タケちゃんは、記憶をたどるように上を向いて答えた。いい加減な答えのようだが正解。
「そうそう、この大きな建物に都市機能の全てが入ってて――建物内だけで暮らす実験をしてる」
僕はタワーの入居案内に書いてあった一文を、そのまま伝えた。受け売りというやつだ。
「その実験に参加するってことか? 監視されるし、建物から出られなくなるんだろ? 危険はないんか?」
まるでお父さんみたいに、やたら心配して質問攻めにしてくる。
「建物の外に出るのには申請が要るけど許可されないことはないって。
それに部屋の中までは監視されないよ」
タワーでの生活は外より管理されているから、むしろ安全だと思ったのに、タケちゃんの感覚だと何が危険だと感じたのか、一瞬、間を置いて気になってきた。
「……危険って、例えばどんな?」
タケちゃんは直感で危険と感じたようで、なぜ自分がそう感じたのかを探って言葉を探しているようだった。
「家から出ないってのは……心に悪いんだって聞いたことがある。
特に今の時代は働かなくていいから、義務教育後が危ないって」
――ちゃんと授業を聞いてる!
タケちゃんの言ったことは感覚でもなんでもなく、授業で習ったことだった。
「授業で習ったよね、ダラダラ生活が身についちゃうってやつでしょ?」
「そうだ、それ! ここに行ったって、別にやることはないんだろ?」
段階的に増えた国民全員への生活費の支給は、来年度から最低限の生活に必要な分になる。
人がやっていた仕事の殆どは機械がやるようになって、そもそも僕たちに労働の義務はなくなったから、始まった制度。
つまり、タケちゃんの言っている『別にやることがないんだろ?』というのは、やりたいことのない僕は、住む場所が変わっても――
学校がなくなれば、やることはないのだろう、という意味だ。
「今日やると良いことを、教えてくれるみたいだよ。それなら安心かなって思って」
「それは……」
タケちゃんはそう言って、言葉に詰まってしまった。
きっと、何もないよりはマシだと思ってくれている。
でも同時に――与えられたやることで、本当に満足できるのか、疑問に感じてるのだと思う。
「ユウは何がやりたいとか、やっぱり見つからないのか?」
心配そうに、確かめるように聞いてくる。僕は少し、胸が痛い気がした。
「そういうの、よくわからないんだよね……タケちゃんみたいに明確なの羨ましいよ」
僕は正直に答えたが、それは今までに何度も言っていることだったから、何か言葉が足りない気がして……
「無理だけど、学生生活がこのまま続いたら良いって思う。
通う場所があって、友達や色んな人がいて、勉強を教えてくれて、給食も――でる!」
僕は給食が好きだった。
「あぁ……給食は良いものだな。オレも学校が終わって給食がなくなるのは残念だぜ」
少し冗談めかしているが、僕たちは本気だ。
「はぁ、大学に行ければ良かったんだけどなぁ」
あかね雲を見上げ、ため息。
「大学に行ける才能のある人は、稀だからな……」
タケちゃんも、僕と同じ空を見て言った。
自由に暮らせる社会を目指して生活費の給付が始まってから、学校の役割も変わった。
義務教育は中学校から高校まで延長されて、読み書きや計算みたいな基礎に加え、健康や生活の習慣を整えること、自己表現の様々な方法、人間関係をうまく築くことなんかを重点的に教わるようになった。
「それで――その大きな建物で学校みたいな生活ができそう、って訳だな?」
と言って、ニヤリとするタケちゃん。
「しかも毎日三食、食堂で給食も出るらしい……!」
僕は真顔で答える。
「少なくとも飯を食いに、一日三回は外出する必要があるなら安心か」
「そんなに僕は家から出なくなりそうに見える?」
少しの間があって……
「やることないなら、家から出なくても、それはそれで良いかって思うだろ?」
「……思うかも」
確信はなかったけど、そんな気がしたから、そう答えた。
物心ついた時には、友達になっていたタケちゃん。
大雑把そうに見えて、細かい所までちゃんと見ている彼の目に映る僕は、
僕が僕だと思っている存在より真実に近いのかもしれない。
「卒業したらすぐ行くのか?」
そう聞かれて、僕は大事なことを伝え忘れているのに気が付いた。
「……審査が通ったらね」
「入居審査があるのか」
タケちゃんは、タワー行きがまだ決まったわけじゃないと知って、口を真一文字に結び、空を見上げた。
社会実験に参加するなんて妙なことではなく、他に良い方法がないものかと、考えているのだと思うけど、そんなのあるのかな……。
僕はいまだ不安定な未来を思い、落ち着かなかった。
もし審査に落ちたら……家業の食堂を手伝う為の料理教室と、常連さんの営む、お琴教室に通う羽目になる公算が高い……。
もちろん、それらは、僕のやりたいことでは――ない。
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