どのステータスを「伸ばさない」かを決める重要性

思い出すと恥ずかしい。

冒険者になって最初の半年間、俺は典型的な「全部伸ばしたがり症候群」に陥っていた。


騎士団で基礎を叩き込まれた剣術は除き、魔法、弓術、回復術、錬金術、どれも中途半端にかじって、どれも素人に毛が生えたレベル。

頼みの剣術も騎士団をクビになるレベルだ。


結果として、俺は「弱小パーティーの人数合わせ冒険者」という不名誉な立ち位置に甘んじていた。なんでも初心者よりできるが、なにも本格的にはできない。これほど悲惨なポジションはない。


転機が訪れたのは、Fランク昇格試験での屈辱的な失敗だった。試験内容は、”得意分野での実技試験”。

問題は、俺に得意分野がなかったことだ。剣術は中の下、魔法は下の中、その他も全て初心者よりマシ程度。試験官に「君の特技は何だ?」と問われた時、俺は答えられなかった。


そして俺は、合格率90%を超えるFランク昇格試験に落ちた。


その夜、俺は重要な決断を下した。「伸ばさないもの」を明確に決めることにしたのだ。


現代の冒険者社会では、「多才であること」が美徳とされがちだ。しかし、これは完全な幻想だ(悔しいことに、本物の天才を除く)。


本物の天才でない、多才な人間が活躍できるのは、各スキルの求められるレベルがあまり高くない環境においてのみだ。

高度な水準が求められるフィールドでは、「なんでもそこそこ」は「なにもできない」と同義になる。


俺の友人の一山当てた凡人たちは、例外なく明確な「やらないこと」を持っていた。例えば、王都で最も大きい武器専門店を経営しているグッス・レルコワは、防具には一切手を出さない。「武器だけに集中することで、他店が追いつけないレベルの専門性を築いた」と彼は語る。


この原則は、個人のスキル開発にも完全に当てはまる。限られた時間とエネルギーを分散させるのではなく、選択した分野に集中投下する。そして、その選択を行うためには、まず「何をやらないか」を決めなければならない。


自分のタスクの見直しのコツは、足し算ではなく引き算にある。


・俺の「切り捨て」決断


Fランク昇格試験の失敗後、俺は自分のスキルセットを徹底的に分析した。そして、痛みを伴う決断を下した。


・切り捨てたスキル

- 弓術(適性が低く、向上の見込みが薄い)

- 錬金術(時間対効果が悪い)

-レンジャー系技能(性格的に向いていない)

- 回復術(他者に依存した方が効率的)


・集中するスキル

- 剣術(基礎体力があり、向上余地が大きい)

- 基礎魔法(汎用性が高く、剣術との組み合わせが可能)


この決断は周囲から強い反発を受けた。「バランス型の方が安全だ」「ステータス決め打ちはリスクが高い」といった声だ。

そして俺の脳内議会からも、「遠距離射撃はロマンじゃないか!せめて弓術は……」と猛抗議があった。

しかし、俺は自分の考えを貫いた。


結果はどうだったか。数年後、俺の剣術スキルは飛躍的に向上し、基礎魔法との組み合わせで独自の戦闘スタイルを確立していた。それまで平均以下だった能力が、一気に上位のレベルまで上昇した。


集中の威力は、単純な足し算では表現できない。相乗効果により、投入したリソース以上の成果を生み出すのではないだろうか?


・ 戦略的撤退の技術


「やらないこと」を決めるのは、単純な放棄ではない。戦略的な撤退だ。そして、効果的な撤退には明確な基準が必要になる。


俺が使っている判断基準は以下の通りだ。


・撤退基準1:向いていない場合

かなりの時間をかけても平均以下の成果しか出せない分野は、潔く諦める。弓術に関して言えば、俺はどれだけ矢を射ても、F難度のターゲットを安定して射抜くことができなかった。(弓術は俺のロマンを射抜いていたが)

一方、同期の冒険者は習い始めたその日にE難度へ到達していた。



・撤退基準2:機会コストの高さ

錬金術は興味深い分野だったが、習得に必要な時間が膨大だった。その時間を剣術に投資した方が、より大きな成果を期待できると判断した。結果として、この判断は正しかった。


・撤退基準3:性格との不適合

レンジャー系技能は有用だが、俺の性格には合わなかった。慎重な立ち回りや潜伏を要する戦闘スタイルは、俺の直線的な性格とは相性が悪い。無理に続けても、ストレスが蓄積するだけだった。


・撤退基準4:自分以外に頼めるか

回復術は重要だが、回復の得意なパーティメンバーに頼んだり、回復ポーション購入したりすることで補うことが可能だった。自分で全てを賄おうとするより、専門家と協力したほうが良いケースも多くある。


・集中がもたらす意外な副産物


伸ばすべきステータスを絞り込んだ結果、俺は予想していなかった副産物を得ることになった。


・副産物1:深い理解の獲得

剣術に集中することで、単なる技術習得を超えた理解に到達した。剣の重心の微細な変化、相手の筋肉の動き、戦闘におけるリズムの重要性。これらは、浅い学習では決して得られない洞察だった。


印象的だったのは、ベテラン剣士ネガナンとの模擬戦だった。彼は50年以上剣を握り続けた達人で、俺の技術レベルを一瞬で見抜いた。「君の剣には『重み』がある。技術だけでなく、理解の重みだ」。この言葉は、集中の真価を表している。


・副産物2:創造性の発現

専門性が深まると、創造的な応用が可能になる。俺の「光織り込み三連撃」も、剣術と基礎魔法の深い理解があったからこそ生まれた技術だ。浅い知識の組み合わせでは、このような革新は生まれない。


・副産物3:自信の向上

得意分野を持つことで、自信が格段に向上した。「この分野なら負けない」という自信は、他の分野での挑戦にも好影響を与える。


・ 撤退の痛みを受け入れる


「やらないこと」を決めることの最大の障壁は、心理的な痛みだ。選択肢を手放すことは、可能性を諦めることを意味する。この痛みを避けたいがために、多くの人が中途半端な「なんでもそこそこ」状態に陥る。


俺も同じ痛みを経験した。

弓術を諦めた時、俺は長距離射撃というロマンを諦めるという痛みだけだなく、「もしかしたら将来、弓の技術が必要になるかもしれない」という不安に苛まれた。

この不安は杞憂だった。

剣術に特化することで得た成果は、俺にとって向いていない弓術を続けていたら絶対に得られなかったものだった。

もし弓の技術が必要な依頼があれば、その時は、俺にとっての剣術のかわりに、弓術を選んだ人を呼べばいいだけだ。

同じような境遇にある者どうし仲良くなれるかもしれない。



・選択の痛みは一時的だが、選択の成果は永続的


重要なのは、完璧な選択をすることではない。そこそこの確信があれば十分だ。残りの不安は、行動を通じて解消していけばいい。


・動的な見直しの重要性


「やらないこと」を決めたからといって、それが永続的である必要はない。状況の変化に応じて、選択を見直すことも重要だ。


俺の場合、Aランクに到達した時点で戦略を部分的に修正した。基本的な剣術と魔法のスキルが十分に確立されたため、新たに戦術理論の学習を開始した。しかし、これも撤退基準に照らし合わせて決めた。レンジャー系技能や錬金術には手を出さず、戦術理論に絞って学習を進めた。



・組織における「やらないこと」


個人レベルの選択と集中だけでなく、組織レベルでも同じ原則が適用される。あくまでこれは、冒険者業界における話だが、成功しているギルドは、明確な「やらないこと」を定義している。


俺が引退間際に所属していた「ビーフジャーキー・ギルド」は、魔物討伐に特化したギルドだった。運搬業務、護衛任務、調査任務など、収益性の高い他の業務にも手を出すことは可能だったが、あえて行わなかった。

「俺たちは魔物討伐のプロフェッショナルだ。それ以外はやらない」。この明確な方針により、ギルドの専門性は業界でも突出していた。


ギルドマスターのトメヒンオーツは俺にこう語った。「多くのギルドが『なんでもやります』と宣伝している。しかし、我々は違う。魔物討伐だけに特化することで、他のギルドでは対応できない高難易度の任務を受注できる。結果として、単価の高い仕事が集まってくる」。


この言葉は俺に深い感銘を与えた。

組織の「やらないこと」を決める際の基準も、個人の場合と近いものがある。

俺はトメヒンオーツに、自分の撤退原則の話をしてみたところ、彼もギルド運営において基準を持っていた。



・組織撤退基準1:得意分野との不整合

組織の核となる能力と関連性の低い業務は避ける。


・組織撤退基準2:リソースの分散リスク

限られた人材や資金を分散させるリスクの高い業務は避ける。


・組織撤退基準3:ノリが合わない

組織の文化や価値観と合わない業務は避ける。


・競争優位の源泉としての集中


現代の冒険者業界では、「なんでもできる」ことよりも「特定分野で最高である」ことの方が遥かに価値を持つ。


俺がSランクに到達できた理由も、剣術と基礎魔法の組み合わせにおいて、他者が追随できないレベルの専門性を築いたからだ。

多くの有望な冒険者が様々なスキルを中途半端に習得して、伸び悩む姿を見ると泣きそうになる。彼らが成長することで生まれるはずだったロマン技が消えてしまっているかもしれないからだ。



・明日から始める「やらないこと」リスト


最終的に俺がたどり着いた具体的な実践方法を提示しよう。以下のステップで、俺は「やらないこと」を明確にしている。

君も君にとって最適な方法を見つけて欲しい。


・ステップ1:現状分析

現在取り組んでいる全ての業務、スキル、活動をリストアップする。


・ステップ2:成果の評価

各項目について、投入している時間と得られている成果を客観的に評価する。


・ステップ3:将来性の検討

今後の成長可能性と、自分の適性を考慮して、各項目の将来性を判断する。


・ステップ4:優先順位の決定

最も重要な2-3項目を選択し、それ以外を「やらないこと」リストに移す。


・ステップ5:撤退の実行

「やらないこと」リストの項目について、段階的に撤退を実行する。


このプロセスは痛みを伴うが、その痛みこそが成長の証拠だ。選択の痛みを受け入れ、やるべきことをやっていくことで、俺は専門性を高めた。


どのステータスを「伸ばさない」かを決めることは、どのステータスを「伸ばす」かを決めることよりも重要だ。なぜなら、やらないことを決めることで初めて、真の集中が可能になるからである。


君が何もかも中途半端になって途方にくれているなら、「やらないこと」の力を試してるのもいいかもしれない。

---


・初心者冒険者へ 選択と集中のススメ


君がこの業界に入って間もないなら、あの無機質な初心者冒険者手引きブックに脅されて、今頃「全部のスキルを覚えなければ」というプレッシャーに押し潰されそうになっているだろう。


安心してくれ。その気持ちは誰もが通る道だ。俺も含めて、この業界の先輩たちは皆、君と同じ罠にはまった経験がある。


まず、初心者冒険者がよく犯す典型的なミスを挙げてみよう。これらに心当たりがあるなら、君はまさに「選択と集中」が必要な段階にいる。


・ミス1:装備コレクター症候群

「いつか使うかもしれない」と言って、剣、斧、弓、杖、短剣を全て持ち歩く。結果として荷物が重すぎて動きが鈍くなり、肝心な時に適切な武器を選べずに右往左往する。まるで、全ての道具を持ち歩く職人のようだが、残念ながら君は移動式武器庫ではない。


・ミス2:スキルブック漁り症候群

「この魔法も覚えておこう」「この技術も習得しておこう」と、図書館でスキルブックを読み漁る。しかし、どれも中途半端にしか覚えられず、実戦では役に立たない。知識だけは豊富だが、実際に使えるスキルは皆無という、まるで歩く辞書のような存在になってしまう。


・ミス3:パーティ内万能選手志向

「俺が全部カバーすれば、パーティの穴を埋められる」と考えて、前衛、後衛、回復、支援を全て中途半端にこなそうとする。結果として、どのポジションでも二流止まりで、パーティメンバーからは「便利だけど頼りない」という微妙な評価を受ける。


これらのミスに共通するのは、「選択することの恐怖」だ。何かを選ぶということは、他の何かを諦めることを意味する。そして人は、何かを失うことを極端に恐れる生き物だ。


しかし、資源の限られている現実において、何も選ばないことは、全てを失うことと同じだ。


俺からの率直なアドバイスはこれだ。


君の人生は有限だ。時間もエネルギーも限られている。その限られたリソースを分散させることは、全てを無駄にすることに等しい。


では、どうすればいいか?


・ステップ1:自分の適性を冷静に見極める

君が最も自然に、最も楽しく取り組めるスキルは何か?努力している感覚がなく、気がついたら上達しているスキルがあるはずだ。それが君の適性である可能性が高い。そうじゃなかったら?その時は、また別のにチャレンジすればいい。


・ステップ2:市場価値を考慮する

適性があっても、需要のないスキルでは生計を立てられない。君の適性と市場のニーズが重なる部分を見つけ出せ。


・ステップ3:勇気を持って切り捨てる

適性もなく、市場価値も低いスキルは、潔く諦める。「もったいない」という気持ちはわかるが、その「もったいない」が君の成長を阻害している。


・ステップ4:選択したスキルに集中投資する

決めたスキルには、他のスキルに割いていた時間とエネルギーも投入する。集中することで、単純な足し算を超えた成果が得られる。


専門性を高めることで失うものより、得るもののほうが遥かに大きい。そして、一度専門性を確立すれば、それを基盤として他の分野にも進出できるようになる。


最後に、俺の好きな格言を贈ろう:「深く掘れば、必ず水が出る。浅く広く掘っても、砂しか出てこない」。


君の人生という井戸を、深く掘ってみてはどうだろうか?

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