第3章 そこそこの完成度で勝ち続ける戦略

完璧主義で勝てない理由

完璧な戦略を練り上げているうちに、戦争は終わっている。


この厳然たる事実を、俺は数多くの失敗を通じて学んだ。

なかでも印象的だったのは、Bランクに昇格して自信を持ち始めた頃の任務だった。完璧な準備に3週間をかけた俺は、現地に到着した時に知った。他のパーティが既に攻略を完了し、報酬を持ち去っていたことを。そして、俺は完璧な準備のために生じた、愛しい請求書たちに対応しなければならないことを理解した。


そのパーティは俺が準備を始めてから1週間後に出発していた。彼らの準備は俺から見れば穴だらけだった。しかし、彼らは勝利し、俺は敗北した。


この痛烈な教訓が、俺の戦略思想の根幹となった。


当時の俺は、Bランクという肩書きに酔っていた。「俺はもうCランクとは違う。準備も戦略も、より高度でなければならない」。そんな変なプライドが、完璧主義という罠に俺を誘い込んだのだ。


現代の商業ギルドを見渡しても、この原理は明確に現れている。パティーモン商会が防具市場を制覇できた理由の一つは、完璧な商品が完成するまで待つのではなく、試作品の段階で市場に投入し、顧客の反応を基に高速で改善を繰り返したからだ。


完璧主義者が陥る最大の罠は、実行前の準備段階で時間を消費し尽くすことにある。かつての俺は全ての変数をコントロールしようとし、全てのリスクを排除しようとした。しかし現実の任務では、予測不可能な要素が常に存在し、完璧な準備など存在しない。


俺の戦闘スタイルも「一撃必殺の技に頼るのではなく、ノーマル技の組み合わせで勝利をつかむ」ことを基本としている。

これは現代のギルド経営のヒントになるのではないだろうか?

一発逆転を狙った大型事業よりも、小さな施策を継続的に回し続ける方が、長期的には大きな成果を生むケースもあるらしい。冒険者業界以外については、俺は門外漢なので、まあ、そういったケースもあるぐらいの話だが。


仮定してみよう。完璧主義者が月に1つの完璧な施策を実行するとしよう。一方、「そこそこ主義者」は70%の完成度で月に4つの施策を実行する。どちらが年間を通して多くの学びを得られるだろうか。答えは明らかだ。48回の実行と改善サイクルを回した方が、12回しか実行しない者より圧倒的に多くのデータを蓄積し、市場を理解することになる。


失敗は貴重なデータ。感情的にならず冷静に分析して次に活かす。


この姿勢こそが、完璧主義者との決定的な違いだ。完璧主義者は失敗を恐れるあまり、行動を起こさない。

しかし「そこそこ主義者」は失敗を前提とした戦略を組み立てる。小さく失敗し、素早く学び、改善する。このサイクルの高速化こそが、現代的冒険者における最強の武器なのだ。


ここで、俺自身の体験談を話そう。Bランクになりたての頃、俺は自分の戦略眼に過度な自信を持っていた。(この時期はあらゆることに自信を持っていた。……思い返すと恥ずかしい)

「これまでの経験があれば、完璧な計画が立てられる」。そんな錯覚に陥っていた。


その結果、何が起こったか。準備に時間をかけすぎて、チャンスを逃すことが続いた。完璧な計画を立てている間に、より経験の浅い冒険者たちが次々と成果を上げていく。俺は焦り、さらに完璧を求めるようになった。完全に悪循環に陥っていたのだ。

そして冒頭のエピソードの手痛い失敗の後も、他の手段を思いつかずしばらくは以前のように完璧にこだわって取り組んでいた。


転機が訪れたのは、ある緊急任務だった。準備時間は半日しかなかった。「こんな短時間では完璧な計画など立てられない」。俺は諦めにも似た気持ちで、60%程度の準備で任務に向かった。


結果は、俺にとって衝撃的だった。その任務は大成功に終わったのだ。不完全な計画だったにも関わらず、むしろそれまでの「完璧な」任務よりも効率的で、無駄のない行動ができていた。


この体験が、俺の完璧主義を根本から覆した。問題は計画の完成度ではなく、実行の質だったのだ。


王都の商業エリアで成功している職人たちを観察していると、彼らは口を揃えて「失敗から学ぶ」ことの重要性を語る。彼らは完璧な製品を作ることより、顧客の反応を素早く知ることを優先する。なぜなら、完璧だと思っていた製品が実際には誰も欲しがらないものだったという悲劇を、何度も目撃してきたからだ。


特に印象的だったのは、冒険者用かばん職人のマスター・ウゴスデとの会話だった。「若い頃は、一つの鞄を完成させるのに3ヶ月かけていた。完璧な鞄を作ろうとしてね。でも、実際に売れたのは、2週間で作った『そこそこ』の鞄だった。お客さんが求めていたのは、完璧さではなく実用性だったんだ」。


彼の言葉は、俺の冒険者としての在り方にも深く響いた。依頼人が求めているのは、完璧な計画ではなく確実な結果だ。そして確実な結果を出すためには、完璧な計画よりも柔軟な対応力の方が重要なのだ。


工程を減らしてシンプルにすることが大事というのも忘れてはいけない。複雑な戦略は実行段階で必ず破綻する。変数が多すぎれば、どこで何が起きているかを把握することすら困難になる。シンプルな戦略は実行しやすく、問題が発生した際の原因特定も容易だ。


俺が観察した限り、成功している組織には共通点がある。彼らは「完璧」よりも「改善」を重視している。最初から100点を目指すのではなく、60点からスタートして毎日1点ずつ改善していく。そうして気がつくと、100点を超えている。


一方、完璧主義者は最初から100点を目指す。しかし、100点の完成を待っている間に、改善主義者は既に120点に到達している。これが現実だ。


「そこそこの完成度で勝ち続ける戦略」の真の威力は、継続性にある。完璧を目指すと燃え尽き症候群に陥りやすい。しかし、そこそこを積み重ねる者は最初から長期戦を想定しているので、戦い抜きやすい。


毎日の小さな改善が、年単位で見れば大きな差となって現れる、 という俺の信念は、まさにこの継続性の力を表している。


俺自身、この戦略に切り替えてから、成果が劇的に安定した。以前は波が激しかった。大成功の後に大失敗が続く、そんなジェットコースターのような冒険者人生だった。

しかし「そこそこ戦略」に切り替えてからは、安定して及第点以上の成果を出し続けられるようになった。


年間を通して見れば、この安定性こそが最大の武器だった。大成功を狙う冒険者たちは、確かに俺より高い成果を上げることがある。しかし、彼らは失敗も多い。俺の年間総合成果は、彼らを上回ることが多くなった。


ギルドの世界では、完璧な一発よりも、継続できる仕組みの方が価値を持つ。なぜなら市場は常に変化し、競合は常に進化しているからだ。一度の完璧な戦略で永続的な優位性を築けると考えるのは幻想に過ぎない。


さらに重要なのは、「そこそこ戦略」が心理的な負担を軽減することだ。完璧を目指すプレッシャーから解放されると、創造性が向上する。失敗への恐怖が減ると、挑戦する意欲が湧いてくる。この好循環が、長期的な成長を支えるのだ。


俺がSランクに到達できたのも、この「そこそこ戦略」を徹底したからだ。技術的に俺より優秀な冒険者は山ほどいる。しかし、継続的に成果を出し続けることができる冒険者は少ない。


ある時、俺より技術的に優秀なAランク冒険者に「なぜケイボンコの方が成果を出せるのか分からない」と言われたことがある。俺は答えた。「君は100点を取ろうとして締切をすぎることがある。俺は最初から70点を狙って、確実に70点を取り続けている。年間で見れば、俺の方が高得点なんだ」。


これが「そこそこ戦略」の本質だ。短期的な最大値ではなく、長期的な総合値を最大化する戦略なのだ。


現実に勝ち続けるためには、不完全でも実行し、学び、改善し、また実行する。このサイクルを高速で回し続けることが、現代ギルド社会における唯一の生存戦略なのである。


完璧主義者は理想の世界で生きている。しかし、俺たちは現実の世界で戦わなければならない。現実は不完全で、予測不可能で、時に理不尽だ。だからこそ、現実に適応した戦略が必要なのだ。


そして、現実に最も適応した戦略こそが、この「そこそこ戦略」なのである。完璧を求める心を捨て、改善を求める心を育てる。この転換ができた時、君の戦闘力は確実に向上するはずだ。


「そこそこ」こそが、この不完全な世界で勝ち続けるための、優秀な戦略である。



・動的完成度という新しい価値観


現代社会で成功を収める人間の多くは、一つの共通した認識を持っている。それは「完成」という概念が、もはや静的なものではなく動的なものであるという理解だ。


従来の価値観では、完成とは終着点を意味していた。100点満点のテストのように、明確なゴールがあり、そこに到達することが目標とされていた。しかし、現代の複雑で変化の激しい環境では、この静的な完成概念は機能しない。


なぜなら、ゴール自体が常に移動しているからだ。市場の要求は日々変化し、技術は絶え間なく進歩し、競合環境は刻一刻と様変わりする。このような状況で、固定的な完成を目指すことは、的外れな努力に他ならない。


そこで重要になるのが「動的完成度」という価値観だ。これは、完成を一度きりの到達点ではなく、継続的な改善プロセスとして捉える考え方である。70%の完成度で市場に出し、フィードバックを受けて80%にし、さらに改善して90%にする。そして気がつくと、元の100%を遥かに超えた価値を創造している。


この動的完成度の威力は、時間の使い方にある。完璧主義者が一つの完璧なソリューションを追求している間に、動的完成度を重視する者は複数の不完全なソリューションを試し、改善し、市場から学んでいる。結果として、より多くの経験値を蓄積し、より深い市場理解を獲得する。


さらに重要なのは、この動的完成度が持つ心理的効果だ。完璧を目指すプレッシャーは創造性を阻害し、失敗への恐怖を増大させる。一方、「とりあえず動かしてみる」という姿勢は、実験的思考を促進し、失敗を学習機会として活用することを可能にする。


伝説の魔術師ハッタ・リデマカセが残した言葉がある。「真の魔術とは、不完全な呪文を完全に唱えることではなく、完全な呪文を不完全に唱え続けることである。なぜなら、魔術の本質は詠唱の完璧さではなく、現象の創造にあるからだ」。


この言葉は、動的完成度の本質を見事に表現している。目的は完璧な準備ではなく、価値ある結果の創造なのだ。そして価値ある結果は、多くの場合、不完全な行動の連続から生まれる。


現代の上位冒険者たちは、気づくのに随分と時間がかかった俺と違って、この動的完成度を直感的に理解している。彼らは完璧な一発を狙うのではなく、継続的な改善による長期的な成長を重視する。短期的な最大値よりも、長期的な総合値を最大化する戦略を取る。


これは、従来の価値観に対する根本的な挑戦でもある。「失敗は恥ずかしいことだ」「最初から完璧を目指せ」といった古い冒険者の常識を、時代遅れのものとして棄却する必要がある。


新しい時代の冒険者としての姿勢は、「不完全でも行動し、失敗から学び、継続的に改善する」ことではないだろうか?

この循環を高速で回し続けることが、変化の激しい冒険者業界で生き残るための数少ない方法の一つなのではないかと思う。

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