第13話
「それでリリアナはどーするの?」
「へ?」
「だからー、アランの告白」
きゃあっとはしゃぎながら、長い髪を三つ編みにしているレィト様は完全にからかっている顔だった。部屋は男女別なので、今までとそう変わりない。サキ様がこっちが良いー、と子供の顔で入り込もうとしたけれど、アーティ様とアラン様に両手を引かれて連れていかれた。あの歳でも男の子は男の子なのか、そう見られてしまうものなのか、どっちかは分からないけれど二人のコードをアウトしたのは確実なのだろう。
六人部屋もあるからそこでも良いかな、と思っていた私に断固反対を告げたのも彼らだった。レィト様とランド様も、仕方ないね、と言って、夕飯にビーフシチューを頂きお風呂に入って髪を乾かし、寝るだけの態勢である。そこで問われた言葉。アラン様の告白。
ぼんっと頭に一気に血が上る気がして、座っていたベッドの毛布を引き寄せてしまった。するとけらけらランド様も笑い。意地悪そうに私を見て来る。
「結構ドラマチックな告白だったもんねえ、なんてゆーか、お前が死ぬのに耐えられない! って感じの。これ以上傷付くな! って感じの。情熱的だったと言っても良いかもね、『水』属性でも。おっと『土』でもあるんだっけ。あたしも修行したらレィトみたいな『時』使いになれないもんかな」
「魔法系統が固まっちゃってるからもう無理ね。せめて『土』のままなら良かったんだろうけれど、『闇』まで入っちゃってるからねー。まあそれは良いとして、ほら、リリアナ」
「えぅ、ぇっと、あの」
ランプの明かりに照らされながら、私は意地悪なお姉さんみたいな二人を交互に見る。どう答えたら良いものか。アラン様は私にとっては憧れで、雲の上の人みたいなものだった。しかも今は勇者様でもある。それを言ったら私だって聖女だけれど、実感がないのも確かだ。自分が聖女であることも、アラン様に愛されていると言うことも。所詮は庶民の娘、礼儀作法は学んでいても貴族の坊ちゃまであるアラン様には付いて行けないだろう。
思っていただけることは嬉しいのかもしれないけれど、それでも私には困る事でもある。どうしたものか、持て余す気持ちだ。アラン様。握っていた手はひんやりしていて、私の熱いそれとは全く正反対だった。火と水。あーうー。どうしたら良いんだろう、こういう感情。今まで勉強に必死だから、まったく忘れ去っていたものだ。こんなの。
くふふっとレィト様が笑う。きししっとランド様も笑う。小娘の恋愛事情なんて、二人には笑い事なのだろう。でもこちらにはそうではないのだ。笑い事では、ないのだ。私はあの方にふさわしいのだろうか。とてもそうは思えない。学園でだってそう思われるだろう。でも、振るなんて失礼なことも出来ないと思う。お断りします、なんて、聖水のレンズで私が戦うのを助けてくれた方には言えない。
ぽつぽつ言うと、隣のベッドのランド様に大きなため息をつかれた。そうじゃないだろう、と言われて、え、となる。
「ようはあんたがアラン坊やをどう思っているかなのさ。身分も成績も恩義も抜きにして。考えてごらんよ。あんたはあの子を愛せないのかい?」
「愛せ……」
リリアナ。
呼ばれる声。
「ると、思い、ます」
「じゃあ何にも問題なんかないじゃないか!」
けらけら笑ったランド様に、微笑まし気なレィト様の目。うう、はずかしい、ぴゃっと毛布に潜り込んでしまうと温かかった。体温が上がっている、そんなに簡単に。私の属性が『火』だから? それとも、考えているのがアラン様の事だから?
分からない、で済ませられない。暫くはこの街に滞在するのだ、その間に答えを出してしまわなければ。いや、答えはもう出たのか。では伝えることをしなければ?
頭が自分の熱で爆発しそうになる。言えるものか。言えたら苦労はしない。貴族。天才児。勇者様。私には何も勝てることがない。いや勝負事ではないのだけれど、釣り合うのは精々聖女と言う属性だけ。
成金で魔法は一応不安定ながら『光』を覚えたけれど。それならアラン様は『時』を持っている。私が気に入らない返事をすれば、巻き戻して何度でも言わせることが可能なのだ。まったく、敵わない。
敵わないけれど、道中困惑もさせられたけれど、嫌いではないのだなあ。
好きと言って差し支えないのだよなあ。
そう思うと頭がぼーっとして、中等部からあこがれ続けてきた姿が何度も何度も蘇って来る。最初の頃は土魔法、水魔法にも対応していたことを思い出す。土石流でグラウンドを埋めてしまったことも。でもすぐに土から水分を抜き取って、裏山に土を戻してしまったっけ。あれはランド様もやっていたのと同じことだろう。土から水分を奪う。逆に水分を無限に吸い込むことも出来る。それはレィト様とランド様の修行だ。私も少しだけ参加したそれ。
十四歳でそんな魔力を見せていた方が、私を愛していると言う。
よし、覚悟を決めよう。
妾としてでも傍に居させてもらえるのなら。
私はあなたに付いて行きます、と。
「駄目だ」
翌日の朝食の後、厩舎に呼び出して思いっきりにした告白は、そうやって流されてしまった。水のように。
苛立った様子の赤い目。黒い髪は幾分伸びただろうか、だけど癖っ毛であちこち跳ねている。そして私はあまりがっくり来ないようにする。分かっていたことだ、釣り合わないのは。ただ伝えておきたかっただけかもしれないのだ、アラン様だって。それを本気に取った私が悪い。私ごときが、側女にでもなれると思ったのが悪い。俯いて涙が垂れないように睫毛に吸わせる。よし、泣かない。顔は赤いかもしれないけれど、泣かない。
私もそんなに弱くないのだ。弱くなくなったのだ、この旅の中で。アラン様とは別の道を辿ったのだろう、この旅の中で。
「そうですよね、都合が良すぎました。どうぞ今の言葉はお忘れください、アラン様」
「違う、リリアナ」
言ってアラン様は私の目元を撫でる。睫毛一杯になっていた涙が、一筋零れだした。一筋許したらもう駄目だ。ぽろぽろ零れてしまう。ぼろぼろになってしまう。そんな事は、そんな都合の良いことは、ないと分かって居たはずなのに。
「お前は俺の、正妻になるんだ。妾じゃなく」
「は?」
「言っただろう、お前を愛していると」
ちゅ、と涙を口唇で吸い取られる。何度も何度も頬に繰り返されて、私は呆然としてしまう。正妻? 私が? 魔力以外何も持っていない私が?
「む、無理――です、アラン様」
「何が」
「貴族様に嫁ぐことが出来るほどの持参金、我が家にはないです」
「別にそんなものはいらない」
「それに、成金の娘が貴族の正妻になんて、国王様だってお許しには」
「お前、自分の立場を忘れたか?」
「え?」
「『聖女』だぞ、お前。どこに行っても申し分ないステータスだ、それは」
「でも」
「何が『でも』なんだ。俺が良いと言っている。お前だって妾で良いほどには俺を慕ってくれている。ならばその先にある答えは一つだろう」
「ひとつ、」
「俺の妻になれ。今は婚約者で構わない。だが学園を卒業したら、お前は俺の妻になるんだ。良いな、リリアナ。リリアナ・ドール。聖女にして才女、俺の愛する女よ」
涙が蒸発した。
あつっとアラン様が私の頬に当てていた口唇を離す。
私は真っ赤になって、硬直していた。
鼻血すらも鼻の奥で焼け焦げている。
『火』の魔法ってこんなにすごいのかと、今更思った。
「リリアナ? おい、リリアナ!? 全身から煙が出ているぞ、大丈夫か!?」
大丈夫じゃないかもしれません。
もし私が倒れたら飼い葉に引火する前に水をぶっかけて下さい。
放火魔になるよりは、よっぽどましだと思います。
騎士様たち四人が厩舎の陰でゲラゲラ笑っていると気づくのは、大体二秒後の事だった。そして私が倒れたのは三秒後。
引火はどうにか、免れたらしい。
倒れた私をとっさに包んで下さった、アラン様の水の結界のお陰で。
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