【Track.05 / Return to reality】

 で、今こうして銃とナイフを突きつけられているってワケ。ざっとここ三か月間の出来事を走馬灯のように振り返ってみても、一体どこで選択肢を間違えてしまったというのか皆目見当がつかない。

 昨日の胸キュンによるルンルン気分は夜の夢の中、朝起きてからここに至るまで静まることなく持続していたというのにこの落差!

 というかこの二人こそ誰なんだ!?

「何眼飛ばしてんだ?」

「ひぃ!」

 目は口ほどにものを言うってほんとだったんだと今実感した。

 そもそも何も悪い事してないのに何故部員から脅されているんだろう・・・いやこの二人は部員なのか・・・?

 もしかしたらタイミング悪く今日という日に限って不良の溜まり場として見事当選したのかもしれない。

 めでたくないよ!

 慄然として声が出ずただごくりと固唾を呑んだ。

 すると凭れたドアがガタガタと音を立て始める。

「ちょっと!開けなさいよ!」

「来たか」

 外からの声に銃持ちヤンキーがドアノブから手を離すと勢いよくスライドドアが引かれる。力一杯体を押し付けていた私はそのまま後ろに倒れていってしまった。

「あ・・・」

「と!何々?何の騒ぎ?」

 背中を支えられて落下を防がれる。

 はたと救世主に振り向くとそれは憧れの先輩だった!

 昨日同様全身が火照ってぷしゅーと脳天から煙を吹き出す。ああっ女神さまっ!

 興奮で倒れる前にさっと飛び退こうとした瞬間、銃持ちヤンキーが逃がすまいと腕を伸ばす。

「ひぃっ!」

 頬を掠めて憧れの先輩の肩をガシッと掴み脱出を阻止されたので今度は反対を向いて試みる。するとナイフ持ちお嬢様が続いて阻止してきた。

「ひぃっ!」

 またしても完全に退路を断たれてしまった・・・!

 憧れの先輩を土台に前後左右からの完全包囲。私の鳩尾には銃とナイフを突きつけられた状態。

 絶望。俎板の上の鯉ってこういう心情なんだろうな・・・。

「遂に生徒会がスパイを送り込んできやがった!」

「視察して何かにつけて退去させる気なんですわ!」

「そうなの?」

 必死に首を振り否定する。

「違うって言ってるけど?」

「ああん?じゃあ何しに・・・」

 憧れの先輩は私の両肩に手を置いて告げる。

「昨日言い忘れてたけど、この子バンドに勧誘したから」

「「え?」」

「とにかくそれ、仕舞ってよ」

 目を丸くした二人を余所に憧れの先輩はナイフの剣先に指を当てる。

 危ないっ!咄嗟に目を覆う。だが暫らくしても呻き声一つ聞こえず怪訝に思って恐々と瞼を開ける。

 あれ・・・?

 指の隙間から見えるのは刺さるどころか逆に押されて柄に引っ込んでいるナイフだった。

「ほらこれも」

 続いて銃のグリップ付近を掴むとマガジンが外れて床に落ち、黄色いBB弾が音も無く転がった。

「まったく、新人を怖がらせないでよー」

 肩を竦める憧れの先輩に銃持ちヤンキーが食って掛かる。

「新人が入るなんて聞いてないぞ!」「ですわ!」

「そりゃあね、言ってなかったから」

「あー」「まー」

 虚を突かれた様子で二人はただ短い声を漏らす。

「それで、そろそろ重たいんだけど?」

「悪い」「失礼」

 二人は大人しく手を離した。

 釈放された私はさっと憧れの先輩の後ろに回り込んで肩から顔を出し、む~~~!と唸って二人を睨む。これが今できる精一杯の抵抗である。

「ごめんなー。てっきり鋼鉄の魔女が送り込んできた刺客かと思ってなー」

「すみません・・・まさか勧誘を受けた生徒さんだとは知らずに早とちりをしてしまって・・・」

「いやぁあいつとはこれまで色々あって丁度ぴりぴりしてたんだよーな?許してくれ」

 覗き込んでくるヤンキーから逃げるように反対の肩に移動してまた唸ると諦めて私から距離を取った。

「とんだ顔合わせだ。まったく、これもあいつの所為にしていいか?」

 お嬢様はやれやれと肩を竦める。


「とにかくここで屯ってても仕方ないし中に入りましょ」

 二人の間を通って部室へ入ると、背中にくっ付いていたその子が離れて恍惚した目でドラムやアンプなどの機材を見て回り始めた。その姿に何だかこっちも新鮮な気持ちになる。

 学生鞄とギターケースを机の上に置いた際「ちょっと耳貸せ」と英玲奈に呼ばれて小百合を含めた三人で肩を組んで輪になり声を潜めた会議が始まった。

「でもよ大佐はほんとに辞めたのか?何だかんだ言ってその内戻ってくるんじゃ」

「いやそもそも青葉祭以前から来なくなってたし辞めるのは時間の問題だったんじゃないかな」

「戻ってくる可能性は低そうですわね・・・英玲奈さん何かしましたの?」

「してねぇーよ。人聞きの悪い事言うな」

「ともかく現状このバンドにはギターがもう一人必要でしょ?他に当てはある?」

 楽しいバンド活動でトラウマを上書きするはこの際言わなくてもいいだろう。

「無いな」

「美咲さん、英玲奈さんはわたくし達以外に友人が居ませんから愚問ってやつですわ」

「それって自嘲してんのか?」

「おほほほほお上手ですわー」

「はい、喧嘩しないで」

「でもよぉ・・・大丈夫なのか?昨日のライブで不安なんだが」

 英玲奈のもっともな疑問に小百合が小さく頷く。

「きっと緊張もあっただろうし、しかも知らない曲をぶっつけ本番でやらされた訳で、本領発揮とはいかないんじゃない?」

 それをさせた張本人は言い諭しているこの私なんだけど。

「それは・・・そうですわね・・・」

 あの子の置かれた境遇に同情して二人は顔を伏せる。

「そうか・・・仕方ない・・・か」

 どこか意を決したような面持ちで英玲奈は言うと唐突に輪から離れて黒板の前に居るその子に近寄った。

 因みにその子は黒板に書いてある『グラミー賞受賞!』の文字と英玲奈の落書き(ゆるキャラみたく描かれた服を着た骸骨の絵)を不思議そうに眺めている最中であった。

 英玲奈は何をする気だ?

「待たせてすまない。急で悪いんだが、うちがドラムを叩いてリズムを作るからそれに合わせて弾いてみてくれないか?昨日の曲でいいからさ」

 英玲奈はその子を試したいらしい。私としてもこれで実力を証明できれば二人も納得するだろうし異論はない。

 返答に困ったのかわからないが固まったその子に私からもお願いしてみる。

「やってくれないかな?ね?」

 反応して頷いてくれた。

「ありがとう。英玲奈、曲じゃなく十六分でいいんじゃない?」

 試すにはそれで十分だと思う。慣れないフレーズより実力を出し易いだろうし。

「まぁいいけど」

 英玲奈がドラムの傍で軽くストレッチをする中、その子は自前のギターを取り出して準備をする。アンプは私のを使ってもらう事にして電源を入れるまでを手伝った。

 英玲奈はドラムスローンに座ると不敵な笑みを浮かべる。

「うちのスピードに付いてこられるか?」

「ちょっと走らないでよ」

「わーってる」

 予め言葉で制しておく。

 英玲奈はテンポキープが不得手でよく走るからね・・・。

 するとその子はバツが悪そうにゆっくりと手を挙げた。

「あ、あの・・・今更なんですけど・・・十六分って何ですか・・・?」

「「「ん?」」」

 一斉に疑問符を浮かべるメタルヘッズメンバー三人と参加予定者一人。

「あの・・・えっと・・・リズムの事・・・だと思うんですけど具体的にそれがどう言った感じ・・・なのかはわからなくて・・・」

 ま・・・まぁ?極論音符が読めなくてもTAB譜を見て曲を聴けばフレーズは理解できるからね。だから上手くなるまでたまたま避けてこれたのかもしれない。

「英玲奈さん・・・叩いてあげてください」

「お、おう・・・」

 小百合の要請に英玲奈がバスドラムで拍を取りながらスネアを叩いてみせるとその子は納得したような顔になった。

「や・・・やってみます・・・」

 さ・・・さぁお手並み拝見といこうか・・・。


 単刀直入に結果を言うなら・・・ダメだった・・・。

 計五回。回数を経る度、英玲奈は少しずつテンポを落としていっていたが、それでも追い付けないうえ腕の疲労が溜まって弾けなくなっていく始末。もう一回、もう一回とチャンスを与えていると最後には床に倒れ込んで終了した。

 見所はでんでん太鼓のように頭を左右に振って括った髪が頬に当たる所。何と言うか小動物が必死に走っているみたいで可愛らしかった。

「大丈夫・・・か?いきなりハード過ぎたかな・・・なら何でもいいから弾けるものやってみてよ」

 英玲奈は息も絶え絶えなその子に情けを掛ける。

「いけそう?」

 屈んで尋ねると静かに頷いた。

 するとむくりと起き上がり再びギターを構えてキリっと自信に満ちた顔になる。

 で、出来るのか・・・!?


 へ、下手ぁーーーーーー!

 その子が弾いた曲は「Enter Sandman」。

 ゆっくりなテンポでさして難しい所は無い。ソロもしっかりと基礎練習を積んでいれば弾けるレベルだ。因みに私が初めて弾けるようになった曲でもある。それ故よくわかるのだ・・・この子が確かに下手である事が・・・。

 何と言うか絵に描いたような初心者振りだった・・・。

「ちょっと集まろうか」

 不安げな顔をした英玲奈に呼ばれてまた三人で輪になり声を潜めた会議第二回が始まった。

「お、おい何とか言え」

 英玲奈に肘で小突かれる。

「ついさっきの腕の疲れとか前から指を痛めているとかそんな上手く弾けない理由が実はあるのかもしれない。まぁやっていればそういう時もあるよね。わかるわかる」

「独りで言って自己完結していますわ・・・!」

「それにほら人前で弾く事に慣れてなくて緊張しているのよ。昨日のライブもそうだったじゃない?」

 青葉祭で観衆を前にたじろぐあの子を二人に想起させる。

「それって借りてきた猫みたいな感じか?」

「それ意味わかってます?」

「ああ、昨日授業から借りてきた言葉だ」

「言い得て妙ですが意味が違いますわ」

 独特な解釈をした英玲奈に小百合がツッコミを入れる。

「きっとそれ!だから本調子とはまだ言えないのよ!」

 と必死にフォローする、もまぁでも・・・下手なんだろうなぁ・・・と確信していた。

 尚も悩ましそうな表情を浮かべる二人を見て焦燥感に駆られた私はどう納得させればいいのだろうかと思考を巡らせるも妙案が思い浮かばないでいた。

 このままでは『楽しいバンド活動でトラウマを上書きする』の実行がっ!

「ほぉーんなら実は溢れる力を抑えるために全身に拘束具を付けているのもありえるな」

「その線ならバネを使ったギプスを上半身に着けているのもいいですわね」

「いや何の目的があって・・・」

 英玲奈のおどけに小百合が乗っかっていく。

「あの小さなシルエットにどれだけの技術を注ぎ込んだんだ・・・驚異のメカニズム過ぎる」

「でしたら今は普段の十分の一以下の実力しか出せないと?」

「話の飛躍が凄んごい」

 思わぬ方へと話が進んだけど希望を持つこの流れは悪くない。

 三人で横を向いて興味深そうに内見をするその子を見る。

 その恍惚とした目は元より変わらず輝きを放っていた。

「ともあれあのきらきらとした目を見てからでは無慈悲に突き返せませんわ・・・」

「まぁ・・・な」

 二人をちらと見遣ると優しい眼差しであの子を見つめていた。

「はぁ、なら・・・」

 英玲奈は溜息をつくとまた唐突に輪から離れてしゃがんでギターアンプを眺めるその子に近寄った。

 今度は何を言うつもりだ?

「今からお前に試験を与える」

「「試験?」」

 小百合と私が声を上げてその子は黙して首を傾げた。

 また突拍子も無い事を言うものだ。せめて仄めかすくらいの事はしてほしい。

「明後日から入る夏休みの終わり頃にWhiplashを一度も詰まる事なく弾けたら加入を認める。もし期日までに出来なければ去ってもらう」

「メトロノームすら持っていないのに大層なことをククク」

「そこ、五月蠅い!」

 小百合のからかいに英玲奈がビシッと指差し黙らせるのを見て素朴な疑問を投げかける。

「夏休みの終わり頃って具体的に八月何日の事を言っているのよ?」

「まぁ切良く三十一日でいいじゃないか」

「今から一か月ちょいですか。美咲さん、出来ると思います?」

「うぅん・・・まぁ・・・」

 小百合の問いに言い淀んでしまう。

 今のレベルから158テンポの十六分を最後まで弾けるだけの筋肉を育てた上、フレーズが入っても詰まらないようにとなると、それが一か月で仕上がるかと言えば個人差があって一概には言えない。

 しかしこれはチャンス。

 出来るかどうかを頭で考えてしまうよりやってみるに限る。相当な努力が必要になるだろうけどそこは私がサポートする。勧誘した日からそのつもりだった。

「ええ、この子なら出来るわ!ね!」

「・・・はい!やってみせます!」

 試験クリアは二人を納得させる良い機会になる。

 結局、個人的な勧誘理由である『楽しいバンド活動でトラウマを上書きする』を言わなかったのは同情を買って迎え入れる事になってもこの子の為にならない気がしたからだ。

 干渉を受けずこの子を見て納得してもらいたい。

 それがほんとの意味でこのバンドに加わるという事になるのではないだろうか。私はそう思う。


「そうかわかった。試験頑張ってな」

「きっとあなたならパスできますわ」

 二人の真っ直ぐな視線にその子は指を合わせてもじもじとするだけだった。

「ま、おいおいって事で」

 私が代わりに答えると二人して肩を竦める。

「で、今日はどうします?」

「ちょっと色々あり過ぎて考えたい」

 英玲奈は難しい顔をして額に指を当てる。今日いきなりの新展開に脳は大忙しなんだろう。

「ク・ル・ミ」

「だ・ま・れ」

 しかしツッコミの速さは衰えていないようだ。

「あ~~~まぁ一先ず今日は顔合わせの日って事にして大人しく解散でよくね」

「わたくしも考えを整理したいですし賛成ですわ。それでいいですか部長?」

「わかったわ。今日は解散で」

 首肯すると、二人は頷き、釣られてその子も頷いた。

「息抜きにこの後ファミレスでも行きます?最近マッドばかりですし」

 小百合の提案に英玲奈は首を振る。

「今行くと歓迎会みたいになっちまうだろ?まだ突破できるかわからないのに」

「それも・・・そうですわね。その時まで取って置きましょうか」

 拒否したのは行くなら当然今居るこの子も含まれる訳で結果的に落とす事になった場合を考えると煙たく感じたからだろうな。

 帰り支度を済ませた二人は「じゃあな」「お先に失礼します」と挨拶してから廊下に向かって行く。最後に小百合が部室を出ると丁寧にドアを閉めて昇降口へと歩を進めだした。

 

 賑やかし組が居なくなると外から聞こえるセミの鳴き声が途端に大きくなった気さえするほど静まり返る。

「あの・・・すいません・・・私の所為ですよね・・・」

 曇った表情を浮かべて下を向くその子に手を振って否定する。

「いやいや!君は私に誘われてここに来たんだし事前にあの二人に伝えていなかった私の所為!」

 醸し出す暗いオーラを和ませるようにわざとらしく明るい口調で自白する。この子に罪は無いんだ。

「あの二人、特にドラムの子ね。もしかしたら感じ悪く見えたかもしれないけど、今は少し混乱しているだけでほんとはいい奴だから勘弁ね」

 二人は何も意地悪したい訳では無い。寝耳に水なこの状況を直には受け入れられないだけだ。

「あ、いえ・・・」

「あ!そうだ!」

 どうしても漂い始める暗い空気を何時に無く声を張って押し退けつつ机の上に置いた学生鞄へそそくさと移動し、これこれ~なんて言いながら目的物を手にして戻った。

「はいこれ!試験の曲が入ったアルバム!」

 手渡されるまま受け取ったその子が首を傾げる。

「あの・・・お借りしてもいいんですか・・・?」

「うん良かったら借りてって」

「ありがとうございます・・・お借りします・・・!」

 その子は何気なくCDケースへ視線を落とすと血に染まった猟奇的なジャケット絵に目を丸くして持つ手が震えだす。

「あわわわわわっ!」

 CDケースが両手に右往左往して踊っている。まるで爆弾でも持っているかのような慌て振りだ。

「落としたら余計に呪われそう!」

「そんな事無いって・・・」

 せめて割らずに返してほしいものだ。

 何をそんなにビビッているのかわからないけど渡す物は他にもある。追加で同じジャケット絵が表紙に印刷されたバンドスコアを重ねて置いてみる。

「あわわわわわっ!どどどどどどどっ!」

 逃げ場のない状況に体を左右に振りながら慌て始めた。

「ごめんね。からかい過ぎた」

 ひょいと回収するとほっと安堵した表情になる。

 改めてジャケット絵を見てみる。

 メタルバンドらしいデザインでいい。そんなに怯える程怖い絵かな?もしかすると馴染み過ぎて私の感覚が麻痺しているのかもしれないけど。

「と言うか持って来てたんですね!」

 頬を膨らませてむっとした顔になったその子は声のトーンを落としてそう指摘する。

「ごめんごめん!ほら可愛い顔が台無しだぞー?」

 その膨らんだ頬に人差し指を軽く押し当てると風船が萎んでいくように収縮していった。

「む~~~これだけでは満足できません!」

 その子は地団駄を踏んでぷんすか怒っている。

 満足って・・・もっとCD貸せとか?それともギター教本的な何かを御所望かな?

 それにしても何というか子犬的な可愛らしさがあるよねこの子・・・身長差故余計にそう思うのかもしれない・・・なんて思っているとその子の頭にそっと手を置いていた。

「おっとごめん」

 直に気付いて手を離す。

「あわわわわわわわわわわっ!」

 火山が噴火したみたいにどかんと全身が赤く染め上がると弾かれるように距離を取って目を白黒させた。

「な!ななななななしっ!」

「梨?」

「失礼しましたーーーーー!」

「ちょっちょっと!」

 部室を飛び出していくその子を追って廊下に出てみたが既にどこかへと消えていた。

 廊下の角を曲がって行ったのか、それとも階段を上ったか下ったか、そもそも行き先は校内か校外か、昨日知り合ったばかりでどこへ行ったのか皆目見当付かない。

 急に触られて不快にさせてしまったかな・・・。

「あ・・・」

 言うの忘れてた!夏休みの部活日程の事!

 まだ加入が決まった訳では無いけど一応伝えて置こうと思っていた。会う機会を設けて繋がりを保つ意味がある。

 あの子からしたら相談事があればその時ちょいと聞けるだろうし私からしても具体的な進捗状況がわかると言った具合だ。それに一夏の間に心の距離を感じてほしくないしね。

 ルインで言えば・・・そういえばそれも聞いてない・・・て言うか名前すら知らないぞ。

 ま、まぁ教室はわかっているんだし明日の終業式の日に伝えにいって序に諸々聞こう。そう楽観的にまた考える。


 部室を出て廊下の角を曲がった所で立ち止まり息を整える。

 し、心臓が止まるかと思った・・・!

 まさか恋愛漫画鉄板シチュエーション『憧れの先輩から頭に手を置かれる』を体験する日が来ようとは・・・!お前は可愛いなぁって聞こえたよ私の耳には!

 リ、リアルではこんなにも破壊力があるなんて・・・脳が一瞬でまっ白になったよ・・・はぁ・・・はぁ・・・。

 独りで一頻り盛り上がった後、程よく呼吸が落ち着いてきた辺りで先の感触が風化する前に自分の手を置いてみる。

「えへへ・・・」

 御本人の前で露骨に喜ぶのは気持ち悪がられるかもしれないと危惧してここまで我慢していた。

 ふふっ・・・この経験!さすがにあのレスポール(楽器店で先輩に試奏されていたギター)に勝ったでしょう!

 クックック・・・フハハハハ・・・ハァーハッハッハッハ!!

 そんな三段階に高笑いをする顔文字が脳裏を掠める。

 っと!そんな些事は脇に置いて今考えなきゃいけないのは試験の事だ。与えられた猶予は夏休み最終日まで。

 それだけあれば間に合うだろうか?

 不安しかないけど先輩は出来ると言ってくれた。

 やってみるさ・・・いや、やってやるさ!

 両手を胸の高さに挙げて握り気合を入れた。

 よぉし!早速帰ってギターの練習だ!

 そんな思いで帰路に就いたのだが学生鞄に入れた血塗れのジャケット絵から血が漏れ出て地面を赤く濡らしてやいないかと通った道を何度も振り返る羽目になった。

 やっぱりちょっと怖い・・・。


 次の日、終業式当日の朝。

 登校して直、予定通りあの子の居た教室に向かって廊下を歩いている所なのだが何故だか妙に緊張してしまっていた。あの時、他に誰も居なかったお蔭で躊躇わず入れたけど、今日は当然全校生徒が登校して教室に集まっている訳で一学年下と言えどつい身構えてしまっていた。

 そんな私は小心者なのか、はたまた。

 後輩達の奇異の目に狼狽える事がないよう今一度伝える内容を確認しておこう。

 夏の部活日程とルイン、それと名前。これだけだ。たった三つ!なんて思いながら職員室の前を通り過ぎるとガラっとドアの引かれる音がして後ろから声を掛けられる。

「学級委員の垣本さん」

 振り返ると事有顔を張り付けた我がクラス副担任、中田先生から大量に積まれたプリントを半ば強引に押し付けられた。抱えて持つと首を傾けないと前が見えないくらいの高さがある。

「学級委員なんだから頼むよ。今日で最後なんだから。教室まで持ってって」

 それだけを言い残し、職員室へと消えて行く気配を感じて静かに愚痴を零す。

「学級委員なんてなるんじゃなかった・・・」

 時期的に明日から始まる夏休みに関しての物なのだろうが、こんなの窓からほっぽり出して今すぐあの子の元へ向かいたい、なんて一瞬思うけどさすがにそんな無責任な事は出来るはずもなかった。

 はぁ・・・まぁこれも早く終わらせよう。

 昨日と同じ場所で同じセリフを心中呟いてから踵を返す。

 その道中、雑用も自分の為になりますからと殊勝な考えを持った偉い生徒が通り掛かってくれないかと期待するも虚しく教室に着いた頃にはチャイムが鳴った。まじか・・・。

 

 それから朝のHRの後、終業式が行われる体育館へと移動する事になった。

 そうだ!その時捜して声を掛けよう!学年別に分かれているから大体の居場所はわかるしね!と思うもクラスの皆を整列させた刹那、この後のホームルームの為に原稿を書いてきたのだと言うもう一人の学級委員に捉まった。

「こことか二重敬語になってない?それにこの言葉の意味あってるかな?可笑しいかな?」

 その上着のポケットからはみ出しているご当地ゆるキャラストラップ付きハイテク機械で何とか検索できないか?と思うけど同級生の相談をそう簡単に無下にもできず原稿用紙を手に取り目を通す。なんて事をしているとスピーカーから体育教師の厳つい咳払いが聞こえてきてタイムアウトとなった。


 数十分後、展開の読める有り難い校長先生の長話を経て閉式になるとまたぞろぞろと全校生徒が来た道を戻って行く。

 そんな中、「あっ」とあの子らしき後ろ姿を見つけるも人波が行く手を阻んで全く近寄れなかった。まじか・・・。

 そうして迎えた一学期最後のホームルーム。

 今朝私が持ってきたプリントがクラスに配られて担任から夏休みの有意義な過ごし方講座が始まったのだけど浮かれまくった生徒にとっては何処吹く風で真面目に聞いている人などいなさそうだ。

 暫らくして通知表が渡される。

「いつも通り・・・」まずまずだ。

 普段勉強している甲斐あって定期テストの順位は毎回上位を維持している。伴って通知表には各教科高成績が並んでいるけど入学してから変わらぬ評価に今更嬉しいという感情は湧いてこない。

 最後に学級委員としてスピーチを行う為、先程相談を受けた生徒と共に教壇に立った。台本がん見の相方と反対に無難な言葉を並べて難なく言い終える。

 それから程無く閉会になると各々目的の場所へと散らばって行った。

 あの子のクラスも終わったかな?

 また向かってみる事にする。


 今度こそ待ったを掛けられずにあの子の居た教室に着けたが肝心の姿が見えない。

 そこで目の合った生徒に尋ねると、

「あ、部活があるって言って走っていきましたよ」

 と教えてもらい礼を言ってその場を後にした。

 私達の部室に向かったって事でいいのかな?

 でも実は他に入部していてそっちに行った可能性は全然ある。としたらどこだろう・・・文化部っぽいけどなぁ。

 美術部とか?いやでもギターやってるって事は音楽に興味があると思うし。

 なら吹奏楽部?でも終業式の時、一般生徒に混ざっていたし違うか。吹奏楽部なら前方で集まって演奏していたからな。

 なら実は和太鼓部!?結構力が必要なイメージがあるけど・・・まさかあの二人がふざけて言っていた、全身に拘束具を付けているとか、バネを使ったギプスを上半身に着けているとかってほんとだったりして!?

 極太バチを豪快に叩きつけるあの子を思い浮かべる。

―――私、着痩せするタイプなんですっ!ハァッ!―――

 なぁんて無い無い!だって青葉祭とか昨日倒れて来た時とか触れる機会はあったけどそんな硬い感触はしなかった。

―――あの小さなシルエットにどれだけの技術を注ぎ込んだんだよ・・・驚異のメカニズム過ぎるーーー

 ない・・・よね・・・?

 もし驚異のメカニズムとやらで小型化された物だとしたらたまたま触れた箇所に無かっただけとも言えなくもない。

 まさか本気で力を込めたらネックを一握りで粉々に!?

―――うおおおお何で弾けねえんだーーー!バキッ!――

 筋肉質な大男が叩きつけたとしても早々に折れたりしないくらいの強度はある。わざわざ破壊専用ギターなんてのもあるくらいなのだから。

 まずは力加減を教えてやらないとな・・・。

 なんて想像に耽ながら廊下を歩いていると気づけば部室に来ていた。

 もちろんそこは我がゲリラ軽音部サークル部室(仮)。

 入る前に中から奇妙な音がして耳を澄ませるとメタルな曲と共に何かを振り回す音が聞こえてくる。扇風機にしては鈍い音だなと思いつつドアを開けるとそこにあったのは二台の扇風機、いや首を大きく回して髪を振る小百合と英玲奈の二人が居た。

 音の正体はこれかと中に入って平然とドアを閉める。

 彼女ら曰くこれもヘドバンらしい。

 今となっては見慣れた光景だけど一般人からしたら奇怪に違いない。風紀を乱す行いだと指摘されても反論の余地は無いが内なるメタル魂が彼女らをそうさせるのだ。そうであるからこそ出会いが生まれてバンドを組み、こうして集まっているのだからそれを私が止めるのは無粋だろう。

 空いた椅子に腰かけそんな一風変わったメトロノームを眺めていると曲の終了と共にヘドバンも止んだ。

「ふぅークソ!負けた!」

「ふふふわたくしに勝とうだなんて百億万年早いですわ!」

 負けたらしい英玲奈は拳で床を叩いて心底悔しがり、小百合は勝ち誇った笑み浮かべて腕を組み見下ろしていた。

 勝敗は一体どこで決まるのだろう。ルールブックがあるのなら一度立ち読みくらいはしてみたい。

「って、なんだカッキー来てたのか。お前も参加すればよかったのによ」

「誘われてもやらないわよ。私は」

 私はどちらかと言うとソファに座って静かにリラックスしながらメタルを聴きたい派なのだ。チルってやつ?

「あの後輩さんはどうしたんです?てっきりご一緒かと思っていました」

「ああ、さっきあの子の教室に寄ってみたんだけど、入れ違いでね、会えなかった。もしかしたら来てたりって・・・」

 部室を見回してみる。二人の奇怪な行動に怯えて隅にでも隠れているのかと思ったけど居ないみたい。

「来てませんわよ?」

「そうみたいね・・・はぁ・・・何故だか今日はどうしても会えない運命に付き纏われているんだよ・・・チャンスは何度もあったんだけどさー」

 もどかしい場面がフラッシュバックして今になって憤りを感じ始める。

「今の台詞良いな。次の曲の歌詞にしよう」

 銃の形にした手を向けてくる英玲奈のピント外れな返しに音楽の事しか頭に無いのかと肩を竦めた。

「でもさぁあいつの加入が決まるかどうかはこれから当分先だろ?今日会えなかった事が何か問題なのか?」

「一応夏休み期間中の部活日程を伝えておこうと思って。そしたら用のある時会いに来れるでしょ?」

「確かに折角いらっしゃっても間が悪く不在なんて事もありますしね」

「そう、下手すると次に会うのは最悪試験日当日、夏休み最終日の八月三十一日になってしまうかもしれない」

「それだけ接点が無いと出会って二日も相まって当日は初めましてになりそうですわ」

「なんなら行きづらいさを感じて来ないかもな」

 有り得る・・・。三人は同時に思った。

「だから繋がりを持っておきたくて・・・後聞いておきたい事もあるし」

 それにそんな長い期間放置するのは気がかりでならない。

「なるほどな。で、どこに旅立ったんだあいつは?早速バカンスにでも行ったのか?」

「教室に居た子から部活に行ったって教えてもらったから、校内にはいると思うんだけどね」

「あらあの子、部活に入っているのですね。でしたら部活動が終わったらひょっこり現れるかもしれませんわね」

「う~~~~ん、じゃあ夕方くらいにはどこも大体終わるだろうしそれまで練習するか!」

 英玲奈の提案に小百合と共に首肯する。

「そうね。ただ待っていても勿体無いし、それに私達がまだ部室に居るってわかるからいいかも」

「ですわね。では準備いたしましょう」


 演奏準備を整え各々配置に着き顔を見合わせる。

「じゃあやるかー」

 私の言葉を受けて英玲奈はスティックでカウントを始めた。


 そして時は夕刻に差し掛かり部室は茜色に染められる。

 遠くから聞こえていた吹奏楽部の奏でる音や運動部の掛け声が止んで校内から人の気配が消えた頃、セミの鳴き声はひぐらしに変わって何だか妙に胸騒ぎを覚えていた。

 あれから六時間ほどバンド練習をしていた訳だけど結局あの子は来なかった。体感時間は思いの他早く感じて待っていた苦痛は無かったがこんな真夏日にエアコンなどと言う文明の利器の影すら見えない、このデスバレーに小屋でも建てたかのような部室で窓からたまに入る微風程度では汗を撫でるくらいにしか効果が無く長時間の練習はちょいきつかった・・・温暖化が憎い・・・。

 結果、小百合はベースを抱いて床に転がりぐったりとしていて、英玲奈はドラムスローンに座ってはいるが壁に背を預けて上を向き、水で濡らしたスポーツタオルを顔に被せている。出ている蒸気は水か汗か。

 私・・・?私は小百合をそのまま反転させた状態で床に転がっているよ。

 ふむ・・・やはりなんとかあの子との連絡手段を確保できないだろうか?

 体温で温くなった床に伏したまま虚ろな目をした小百合を見ながらそう思った。


「あのぉ~」

 不意に呼ばれてはっ!と顔を上げると、前席の生徒がプリントを持って困惑した表情を浮かべていた。

 直に、ああ・・・ごめんと口にして受け取る。

 今、私は終業式が終わって一学期最後のホームルームを教室で受けている所、なんだけど昨晩の寝不足によって机に突っ伏してしまっていた。

 理由はギター練習(曲に合わせて)を深夜までやっていた事。一晩やったからって変化なんて無かったけど。得たのはやっぱり難い、速い、腕が痛い、最早筋トレ!の知見だけだった。

「う~~~~~ん!」

 大きく体を伸ばして覚醒を促す。

 ・・・いやしかしなんだろう・・・悪夢を見た気がする・・・あの部室(ゲリラ軽音部サークル部室(仮))で人が数人倒れているような・・・そんな嫌な夢だった・・・血塗れのジャケット絵の影響かな・・・?いやこれ以上考えるのは止めよう・・・猟奇的なのはあまり得意じゃない・・・。

 記憶から弾き飛ばすように頭を振る。

 その後受け取った通知表は例の如く微妙な評価で一瞬見て即閉じた。

 明日からの夏休み、試験に向けてギター頑張ろう!

 

 程無くしてホームルームが終了し解散となると知夏が駆け寄ってきて高校初の夏休みで浮かれているのだろうか、高揚した様子でショッピングモールへ行きたいと熱弁を始めた。

 その勢いは凄まじく、声が掛かるかもと持ってきていたギターを半ば強制的に背負わされどこか焦って見える友人に押されながら校舎を後にした。

『友達をなくすまで出掛けるなぁあああ!!』

 そんな幻聴に後ろ髪を引かれそうになるも折角来たのだからその時間を楽しむ事にする。


 そうして満足そうな顔の知夏を見て帰路に就き、現在自室で独りアイスココアを飲んでいる所だ。その甘味がへとへとに疲れた体に染み渡っていくのを感じてほっと一息つく。

「ふぅ・・・」

 歩いたなぁ・・・寝不足と相まって余計に疲労を感じる・・・。

 数分掛けて飲み終えたコップを片付けた後、疲労が少し抜けたのを感じて練習せねばとギターを構えてみるも確実に睡魔は近づいてきている訳で、そのままうつらうつらとして船を漕ぎだし気が付けば朝になっていた。

「はっ!寝てた!?」

 窓から差し込む日射しに目を細め、チュンチュンと小鳥の囀りを耳にする。

「弾きながら寝るだなんて、ギターで食べてますって感じ。何だかプロのギタリストみたいじゃなぁ~い?」

 現況に玄人みを感じて自尊心が高まる。

「くぅ~~~~ん~~~~~って今何時?」

 伸ばした腕を下ろし座したまま体を仰け反らせて後ろの掛け時計を捉える。

 なんだまだ六時じゃん。いつもより一時間も早起きだ。少し仮眠できそうだな。

 いや待てよ・・・反対にして見てるから・・・って事は・・・!

「九時!?おおわっ!」

 驚いた拍子に後ろへ倒れ、ドンッ!と大きな音が響く。

 背凭れがクッションになったけどそれでも痛みはある。

「っ~~~~~」

 頭は打たなかったが背中と腰が悲鳴を上げていた。

「はっ!ギターは!?大丈夫!?」

 慎重に立ち上がって隈なく確認するも打痕や傷が無いとわかり胸を撫で下ろした。

「良かったぁ・・・って私が良くない!遅刻じゃん!やばいやばい!」

 迅速且つ丁寧に仕舞って、急いで制服に着替えてケースを背負い、手当たり次第に学生鞄へと教科書を突っ込み階段を駆け下りる。

 一旦台所へ転がり込むと何事かと目を丸くする母と対面した。

「上から凄い音がしたけれど・・・」

「ごめん後で!今急いでて!行ってきまーーーす!」

「ちょっとあゆむー!」

 食パンを咥えて勢いよく玄関を開けた。

「ひろく(遅刻)――!」

 一歩外へ踏み出すと虫網を手に走り回る子供達が目に入る。

 って夏休みじゃん!なつやすみじゃんナツヤスミジャンナツヤスミジャン――――

 無駄に背中と腰を痛めただけだった。

「あ・・・」パン美味し。

「今日から夏休みよーーー」

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