『脚本家』は舞台に立たない~教室の空気が「数値」で見える俺、絶対零度の女王と太陽の王子を操り、学園カーストを完全攻略する~

@yuwki-matsumura

第一章:神の眼の覚醒とクラス会議

第1話/ 太陽と女王と透明な俺~観客席からの景色

1-0◆プロローグ◆

その日、俺の「眼」は壊れた。

キィィン、と耳を裂く金属音が響いた瞬間、教室の景色が反転する。

机の上、教壇の上、クラスメイトたちの顔の上に――無数の「数字」と「感情タグ」が浮かび上がっていた。

【Target: 烏丸 剛志】

【DECEPTION(ごまかし): 92%】

担任の笑顔の裏に隠された「嘘」を俺だけが見ていた。

それは祝福ではなかった。呪いだった。


この眼を手にした瞬間、俺は「観客席」から強制的に、戦場へ引きずり出されたんだ。


――だが、この呪われた戴冠式に至るまでには、ほんの少しだけ助走の時間があった。

俺がまだ、ただの無力な“観客”だった頃の物語。

これより数日前の九月の朝

全ては、文化祭の開催を告げる一枚の紙きれが、教室に張り出された、あの退屈な九月の朝から始まった。



1-1◆観客席の景色◆

――教室リーグ。

それが、俺がこの世界を呼ぶ時の名前だ。

京都の由緒正しきエスカレーター式私立高校、洛北祥雲学園。

その2年4組の教室こそが、俺の生きる世界の全てである


9月。

夏休みの浮かれた空気が終わり、少しずつ空気が澄んで、物事が本質へと向かっていく季節。

そして、京都の9月は、まだ残暑が厳しいながらも、朝晩には秋の気配が漂い始める。


そんなある日の朝。

ガラガラ、といつものように教室のドアを開ける。

喧騒のボリュームは、1デシベルも変わらない。

教室の前方で派手な色の髪を揺らす女子たちの嬌声も、後方でスマホゲームに興じる男子たちの罵声も、止まることはない。



誰の視線も、俺を追わない。

朝の挨拶は、この教室では、強者への忠誠を誓う儀式だ。

そして、その他大勢である俺に、その儀式に参加する資格はない。俺の存在に誰も気づかない。


俺は水が水に混じるように、音もなく気配もなく自分の席へと向かう。

窓際ではない。最後列でもない。

前後七列ある机の前から三列目。

そして左右六列の左から4列目。


前には俺より背の高いバスケ部男子の背中。。

左右には、どうでもいい会話を続けるクラスメイトたち。

後ろからは、他の生徒たちの息遣いと体温。

これが俺の「観客席」だ。


誰からも、注目されず、そしてこちらからも、誰も満足に観測できない。

世界の中心にありながら、世界のどこにも属さない。


完璧なまでの孤島。

俺は、そこで静かに息を殺す。


俺が息を殺した、その直後。

再びドアが開いた。

入ってきたのは、久条亜里沙。その瞬間、教室の空気が、彼女を中心に再編成される。


「あ、亜里沙おはよー!」

「久条さん、昨日のテレビ見た?」


いくつもの声が、彼女に捧げられる。彼女こそが、この教室の「空気」を支配する“女王“だ。


(…久条亜里沙。見た目だけなら、文句のつけようがない。

もし神様が一度だけ、誰とでも付き合える権利をくれると言うなら、俺は多分、彼女を選ぶんだろう。

…まあそんな”もしも”を考えるだけ、無意味だが)


恋愛感情などない。それは完璧な工業製品を眺めるような、ただの即物的な評価だ。



1-2◆戦場の分析◆

俺の視線は、自然と教室の権力中枢である久条亜里沙が率いる1軍グループを観察し続ける。

結城莉奈は、スマホの画面を見せながら目を輝かせる。

彼女は常に久条の話題を世間の最前線で支える“広報官”のような存在だった。


「亜里沙、この前の雑誌のモデル写真、めちゃくちゃバズってたわね。さすがフォロワー二十万超えのインフルエンサーだわ 」


久条は軽く肩をすくめた。

「別に、ただのお遊びよ。私が本気を出すのは、もっと先だから」


「ねえ、それより週末、新しくできた会員制のクラブ、行かない?」

久条がそう切り出すと、側近の結城莉奈が、即座に完璧なサポートを見せる。


「あ、例の? 賛成! 私、黒服の人、知ってるよ」


「マジで! さすが莉奈! 行くしかねえな!」


クラスのムードメーカー、柴田隼人が、無邪気に賛同する。


しかし参謀役の斎藤律が、スマホから顔を上げ、冷静にリスクを提示した。

「待て。その日は有名DJが来るらしい。メインフロアは、客層が荒れる可能性があるな」


その瞬間、久条はまるで、愚かな子供を諭すかのように「ふ」と息を漏らした。

「……だから??? 私たちがそんな平場に行くわけないじゃない」

そして決定稿を読み上げるように、静かに、しかし絶対的な自信を、その声に含ませて続ける。


「もちろん、コネを使って奥のVIPを取るわ。それにその日は天宮くんも誘うつもりだから」


結城莉奈が「パン」と手を叩いた。

「そういえば亜里沙! 夏休みに有名デザイナーさんと共同で作ってた、あの『Elysion』の新しいTシャツ、明日には届くって連絡あったよ! 絶対みんな驚くよね!」

久条は満足げに微笑んだ。

「ええ。私たちの結束を形にするには、あれくらい特別じゃなきゃね」


その言葉に含まれる、絶対的な自信。

選民意識。そして天宮蓮司という存在への揺るぎない依存。


(…完璧な軍隊だ。女王が方針を示し、側近がそれを飾り立て、

兵隊が歓声を上げ、参謀がリスクを管理し、そしてその全ての行動原理が、“王”へと繋がっている)

俺は、ただただその完成度に感心する。


久条が、決定稿を読み上げるように、静かに言った一言。

「天宮くんも誘うつもりだから」

その場の誰もが、その名前に無意識に、しかし確実に反応する。

俺の視線が、久条たちの輪から外れ、教室の前方へと滑る。


…いた。天宮蓮司。


その“太陽”は、今日も当たり前のように、そこに存在していた。

数人の男女に囲まれ、何かを穏やかに話している。その周りだけ、空気が違う。


彼がいる、という、ただそれだけの事実がこの教室の絶対的な中心を規定している。

久条も、結城も、柴田も、斎藤も。

全ての惑星は、結局あの太陽の引力に引かれて、回っているに過ぎない。

そのどうしようもない法則を、俺は今日も観測する。



1-3◆観客席の“解説者◆

授業が終わるチャイムが鳴り、教師が教室から出ていく。

停戦の終わりを告げる合図だ。

授業という、退屈な“リハーサル”は終わり、休み時間という、わずか5分間の本番が始まる。


『教室リーグ』の最も濃密で、最も残酷な時間だ。


水を得た魚のように、生徒たちが動き出す。

どのグループが、誰の机に集まるのか。

それは、さながらチームの移籍交渉や、派閥の会合のようだ。

俺のような孤高の「観客」にとって、これほど観測しがいのある時間はない。


その喧騒の中、一人の男が彼が所属する“群れ”から、興奮気味に俺の席へとやってきた。


山中駿平。

このリーグの熱狂的なファンであり、自称“リーグ解説者”。


「おい、音無! 速報だ! 1軍のサトミ、完全に戦力外通告されたぞ!」

山中は俺にとって、このクラスの「公式発表オフィシャルリリース」に近い、貴重な情報源だった。


俺は、ゆっくりと彼の方を向き、最小限の愛想笑いを浮かべる。

「へえ、そうなんだ。でも、俺にはあまり関係ないかな」


口では、そう言う。そとづらの俺は、常にそうやって世界との間に壁を作る。

だが、内面の俺はその情報を一瞬で、分析し分類し保存する。



(関係なくはない。この教室では、誰かの“降格”は、別の誰かの“昇格”のチャンスを生む。

リーグのパワーバランスが動く…)


(そもそも、この私立・洛北祥雲学園という場所は、そういう風にできている。

小学校から大学まで、同じコミュニティに所属し、続ける、閉鎖的なエスカレーター式の“水槽”。

家柄、財力、そして人気という名の見えないポイントが、在学中のいや、下手をすれば、その先の人生すらも決定づける。

だからこそ生徒たちは、常にリーグの順位を必死に気にし続ける)



俺の思考をよそに、山中は、世紀の移籍劇を語るスポーツ記者のように、声を潜めて続ける。


「だよな! 原因、知ってるか? 先週、久条さんがつけてた限定のピアス、

あれと似たやつをサトミがつけてきたから、らしいぜ…。怖すぎだろ、女王陛下…」


(…些細な、自尊心を巡る衝突。しかし、この教室では、それが一人の人間の社会的生命を終わらせるのに十分すぎる理由になる。

久条は見せしめとして、サトミを“粛清”した。これが彼女の支配のやり方だ)


俺は再び、当たり障りのない笑みを浮かべた。

「さあ、どうだろうね。俺は、そういう派閥とかよく分からないから」


「だよなー」

山中は、俺の無関心な態度に、少しだけつまらなそうな顔をすると「じゃ、またな」と、

すぐに同じ“ファン”たちが待つ、自分の居心地の良い“群れ”へと帰っていった。


一人になった俺は再び、視線を教室の前方へと戻す。

そこでは久条亜里沙が、まるで何もなかったかのように、友人たちと楽しそうに笑っていた。



1-4◆聖域との交錯◆

昼休みを告げるチャイムが、教室に鳴り響く。

それは午前の部が終わり、午後の部が始まるまでの短いインターバル。

生徒たちは思い思いの相手と「昼食」という名の新たな同盟関係を確認するために、慌ただしく席を立つ。


俺は自分の席で、買ってきたパンの袋をただ無機質に開けていた。

その時だ。

一人の少女が席を立ち、教室の出口へ向かって静かに歩き始めた。


白瀬ことり。

彼女の軌道は、俺の机のすぐ横を通過する。


(白瀬ことり…)

彼女は俺と同じ「中学1年からの外部生」であり、「観客席」の住人のはずだ。

しかし彼女は俺や、山中のような「その他大勢」とは、明らかに異質だった。


彼女はリーグに興味がない。誰とも馴れ合わず、しかし誰からも侮られることがない。


その隠しきれない、整った顔立ちのせいか。

いや、違う。

久条亜里沙が、自らの美貌を「武器」として、積極的にリーグを戦っているのに対し、

彼女は、自分の持つカードをまるで、気にも留めていないようだった。


彼女が俺の席の真横を、通り過ぎる。

一瞬、視線が交差した。

彼女の色素の薄い瞳。そこには何の感情も浮かんでいない。


いや、違う。俺の眼がそれを「情報」として読み取ることを拒絶している。


彼女は俺にとって、この教室で唯一、解析できない“バグ”であり観測不能な“聖域”だ。


恋愛感情ではない。俺は自分に言い聞かせる。

これは、ただの知的好奇心だ。完璧なはずの俺の分析が、なぜ彼女の前でだけ、かくも無力なのか。

そのシステムの欠陥を解明したいだけだ




しかし俺は気づいていた。

彼女が通り過ぎた後、俺の心臓の鼓動が、ほんの少しだけそのリズムを乱したことを。


俺の、完璧なはずの冷静な分析が、彼女という存在の前でだけ、

僅かに、しかし確実に揺らいでいることを。

俺はその揺らぎの正体に気づかないふりをして、ただ手の中のパンを無感情に口へと運んだ。


1-5◆観測者の日課◆

放課後。

最後の生徒が教室のドアを閉め、喧騒が完全に消え去った後。

俺は一人、自分の席で静かに息を吐く。


ここからが、俺だけの神聖な儀式の時間だ。

俺は、目を閉じ今日の教室で収集した、

膨大な“観測データ”を、頭の中のスクリーンに再構築していく。

久条が一瞬だけ、結城に向けたコンマ1秒の軽蔑の視線。

山中が、俺の名前を呼ぶ直前に見せた僅かな躊躇。


そして、ことりのあの全ての分析を拒絶するガラス玉のような瞳。


散らばったパズルのピースを繋ぎ合わせるように、

俺はそれらの情報を脳内の勢力図にプロットしていく。これは特殊能力でも魔法でもない。

ただ執拗なまでの観察と、記憶とそこから導き出される冷たい論理の積み重ねだ。

今日のリーグのパワーバランス。


誰の株が上がり、誰のそれが下がったのか。誰が誰に見えない“借り”を作ったのか。


(馬鹿なことをしている、と思う)

(リーグを軽蔑している俺が、誰よりもリーグに執着している、と)

(そうだ。その通りだ)


これは、俺の血を吐くような生存戦略だ。

中学3年のあの修学旅行の夜。

俺は無知だった。見えない「空気」という名の銃弾に、不意打ちで心臓を撃ち抜かれた。

もう二度とあんな思いはしない。

二度と無知が故に、誰かを裏切り、そして自分自身を裏切るような、あの絶望は味わいたくない。

だから俺は観測する。この教室の全ての力学を、全ての法則を完璧に理解し予測する。

次に、どこから理不尽な銃弾が飛んでくるのか。その弾道を誰よりも早く正確に知るために。


この世界の真実を、自分だけが理解しているという、冷たい万能感。

それだけが、あの夜に壊れてしまった俺の自尊心をかろうじて支えてくれている。


そして、いつか来るかもしれない、その日のために。

俺が「観客席」から引きずり出され、このリーグに強制的に参加させられたときのためでもある。

これは、俺の孤独な戦争準備だ。


俺は情報を更新し終えた、頭の中の勢力図を眺め、静かに目を閉じた。

――その時だった。


ガラリ、と再び教室のドアが開いた。

入ってきたのは担任の烏丸。その手には一枚のプリントが握られていた。


「ああ、音無、まだいたのか。ちょうどいい。これ掲示板に貼っておいてくれ」


彼が俺に渡した紙には、大きなゴシック体でこう書かれていた。

【議題:文化祭における2年4組の企画について】

俺はそれを見て静かに、しかし深くため息をついた。

…また面倒な季節が来る。

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