エピソード2 ヒーロー協会のエースヒーロー
ヒーローの皮を被ったハイエナ、もといナイトメアが来ていることなど知る由もなくジャスティスらエースヒーロー達はトラックを睨む。
「さぁ、早く出てこい」
ジャスティスに返答する者はおろか、トラックのドアを開こうとする者すらいない。
何せ星の数ほどいるヒーローの中でもトップクラスの実力者に囲まれているのだから。
ファンなら涙を流してトラックから飛び出るかもしれないがヴィラン達からしたら別の涙が止まらない状況だろう。
「あくまで出てこない気か…」
「なら、力ずくで引きずり出してやるYO! 」
刀の柄に手を置いたサムライと指を鳴らすライトニングがゆっくりと近づく。
辺りを飛び交うカメラ付きドローンが二人の一挙一動を逃さずそのレンズに捉え、状況を市民達に伝える。
モニター越しでも緊張感が伝わったのか嵐の様に響いていた街中の歓声が止み、静寂がネクスシティ全体に広がる。
一歩、また一歩と近づく二人。
二人の手がドアに届く手前に辿り着いた、その瞬間ーーー
「ウオォォオ!! 」
「やってやんぞゴラァアッ!! 」
絶叫と同時に助手席のドアが開き、笑い顔と怒り顔の目出し帽が飛び出してきた。
二人の手に握られているアサルトライフルが街灯で黒く反射する。
「なっ!? 」
「OOPS ! やっべぇ!! 」
「死ねやクソヒーローどもがぁあ!!! 」
笑い顔の叫びを裂く様に銃口が火を吹き、鋭い銃声と弾丸が放たれる。
サムライは大きく後方へ跳び、ライトニングはバク転で二人と距離を取る。
しかし、弾丸はそう簡単に逃しはしない。
弾の一つがサムライの胸元に飛び込む、その瞬間。
"ズゥン!!"
"ガキキィン!!"
彼女の目の前に落下したものが弾をいとも簡単に弾き飛ばす。
「あぁ!? 鉄でも落ちてきたか!? 」
「いや違う! あれは…」
「言ったはずだ。貴様らの逃走成功率は、0だと」
鋼鉄の身体を持つサイボーグヒーロー、フルメタルだ。
彼の強靭さと銃の無力さを物語る様に足元には無惨にひしゃげた鉛玉が転がっている。
「う、撃て! 撃ちまくれぇ!! 」
怒り顔と笑い顔が震える手で引き金を再び引く。
しかし、結果は足元の無惨な弾丸が増えただけだった。
弾が底をつき、二人はポケットに入ってるリロード用のマガジンを取り出すーーー
が、一陣の風が吹いたその刹那、マガジンは真っ二つに割れて中の弾丸が散らばる。
「なっ…!? 」
「何が起こっ…」
"ーーーキン"
二人の声を遮る"鞘の金属音"。
視線を背後に向けるとギラリと光る瞳と刃を持ったサムライの姿。
「観念しろ、ヴィランども。次斬り裂くのは…貴様らだ」
「ひっ…! ど、どうする笑い顔、このままじゃ…」
「ガキみてえにびびってんじゃあねぇよ怒り顔! 何のために『あのサイト』から武器を山ほどレンタルしたと思ってんだボケ!! 」
懐から取り出されたハンドガンがヒーローを銃口で睨む。
狙う標的はライトニング。
「くたばりやがれぇええええ!! 」
"バァン!!"
耳をつんざくほどの銃声が高速道路上に反響する。
ーーーだが、銃弾は文字通り彼方に飛んでいった。
「お、お前…いつの間に…!? 」
「撃つまでが遅すぎるんだYO。欠伸でもしちまってたのKA?」
ガッチリと掴まれ、腕を上方向に向けさせられる笑い顔。
弾が銃口から出るより早く終わった出来事だった。
ライトニングに距離を詰められ掴まれたのに気づくまでおよそ1秒もかかってすらないだろう。
「笑い顔、今助けに……ぐぇっ! 」
「鎮圧完了。トラックに一人、ヴィランが乗っているはずだ」
「分かった。では、私が行こう」
ジャスティスは怒り顔の取り押さえたフルメタルに頷く。
追い詰められたヴィランが何をしでかすか。それはヒーローと言えど分かったものじゃない。
先ほどの笑い顔達同様、武装して飛び出してくるかもしれないし、トラックごと自爆することだって十分あり得る。
そのため、ヴィランが何か仕掛ける前に仕留める必要がある。
ジャスティスは一瞬でトラックの前に駆け寄り、車内に視線を向ける。
ーーーだがーーー。
「……いない!? 」
目に映る車内には黒い影だけが広がっている。しかし、そこに人がいる気配は全くない。
光が届かず、薄暗い空間だとしてもトラックの運転席は言うまでもなく狭い。
隠れていたとしても間違いなくジャスティスの目から逃れる訳がない。
故にトラックの中に誰もいないという状況はありえない。
「ジャスティスからヒーロー協会本部へ! 本部、応答してくれ!! 」
不測の事態にジャスティスは即座に耳の通信機に声を張り上げる。
「WHAT? どうしたジャスティス! まさか、トラックの中は空なのかYO!? 」
「そんなバカな……! まさかお前ら、初めからこれを狙って! 」
「よっしゃあ!! 泣き顔のやつ、うまく逃げたな!!」
「ざまあ見ろクソヒーローどもがぁ! 囮作戦にまんまと引っかかったな、このマヌケぇ!! 」
抑えられている怒り顔と笑い顔の目出し帽下からは勝ち誇った歓声が漏れ出る。
口調はただのチンピラだがその策略と知能は紛れもなく悪知恵がよく働くヴィランそのものだ。
そこに、二人の声を割くように通信機から返答がきた。
『こちら、ヒーロー協会本部。カメラドローンの映像から確認した。ヴィランの一人はお前らの戦いのどさくさに紛れて、高速の反対車線に出て逃走しているぞ』
「反対車線に!? しかし、どうやって……? まさか走って逃げる訳がないし、車を奪ったとしても私たちがそれに気づかない筈が……」
『映像を見る限り、何やらバイクらしきものに乗っている。奴ら、万が一を考えて隠し持ってたみたいだな』
「ヴィランとの距離は? 」
『スピードは出てるが、逃げたばかりでそこまで離れてない。遠くても1kmないくらいだ』
本部からの連絡にジャスティスは安堵のため息をつく。
1kmも無い距離ならライトニングの走りで一瞬で、いやそれよりも早く捕まえられるだろう。
実際、本人もその気らしく、「1、2、3、4」とストレッチを開始している。
「ライトニング、逃走したヴィランを追って…」
『あ、追跡はジャスティス、お前な? 』
「………はい?? 」
「WHAT?? 」
「え?? 」
「何?? 」
ヒーロー協会の一言で数秒が沈黙に変わる。
「お、お言葉だが本部? ここはライトニングに向かわせるのが一番じゃないのか? 」
「そうだZE! 俺ならあんなヴィラン、瞬きの間にとっ捕まえれるYO!! 」
「俺の計算では、ライトニングならジャスティスより数分以上も早く捕まえれる。少しでも被害を出さないためにもライトニングが向かうのが最善だ」
逃亡してるとはいえ、ヴィランはヴィラン。
逃げてる最中に被害を出さないという保証は一つもない。
可能な限り最速に捕えるにはハイスピードヒーローであるライトニングが向かうのが合理的な判断だ。
ところがーーー
『ライトニングが捕まえるのは合理的だが……ジャスティスの活躍シーンが不足している。プロデューサー会議で問題視されるぞ』
協会本部の一言がエースヒーローの英断を即座にかき消した。
「し、しかし1秒でも早くヴィランを捕まえるならライトニングが……」
『それだとファンからクレーム来るんだよ。ここでジャスティスが行ってバシッと捕まえる方が視聴者にウケる』
「視聴者も大事だが、私たちは……! 」
協会とヒーローたちとの抗議が徐々にヒートアップしていき、泣き顔との距離が離れていく。
このままでは完全に逃げられて取り返しがつかなくなってしまう。
張り詰めた緊張感の中、それを打ち消したのはーーー
「よし、私が行こう!!! 」
他でもない、ジャスティスだった。
一同が視線を向けると、彼は緊張感をものともせず、むしろそれを吹き飛ばす様に真っ白な歯を見せて笑っている。
「ジャスティス… だが、本当に大丈夫なのか? 」
「ヴィランとは既に数km離れてしまってるぞ。車で走っても容易に追いつけるものではない」
「俺に任せてもいいんだZE、ジャスティス? 協会には俺らが……」
「心配ご無用! 私だって毎日トレーニングを積んでいるんだ。ヴィランにだってすぐ追いついてみせるさ! 」
同僚の声を片手で制したジャスティスは、その場でクラウチングスタートの姿勢を取る。
「それに、ここで私が出なければ……応援してくれているファンたちに申し訳ないからな」
顔を上げ、狙いを定める。
目標はここから見えない、逃亡中のヴィランただ一人。
丸太のように太い手脚に力を込め、腰を上げる。
硬いアスファルトに指と爪先がめり込み、ヒビが広がっていく。
そのまま分厚く覆われた胸を数回上下させながら呼吸した後、ジャスティスは己の力を一気に解放する。
「ジャスティス! 出動ッッ!!! 」
強力な爆弾顔負けの轟音と振動が貫き、土埃が立ち込める。
突然の衝撃にライトニング達は一瞬怯み、目を瞑る。
ゆっくりと目を開けるとそこには不自然に抉れた道路。
振り返ると、道路の向こう側まで離れたジャスティスが子どものように小さく見える。
確かに、ジャスティスはライトニングより足が遅い。
だが、そもそも時速何百km以上で走るライトニングと引き合いに出される時点で、彼も十分に異常だ。
全身を徹底的に鍛え抜かれた肉体とその力を示すかの如く速さでジャスティスの背中はどんどん小さくなり、ほんの数秒で見えなくなったーーー
『ジャスティスが逃走したヴィランの追跡を開始しましたぁ!! これは一体、どんな展開になるんだぁああ!? 』
ビルのモニターの実況が響く中、取り残されたエースヒーロー達は唖然とした表情で彼の背中を見届けていた。
「な、なんてスピードだ…… 以前計測したより遥かに上がってるぞ」
「あ、相変わらず猪突猛進と言うか、まっすぐな奴だ……」
感心と呆然が入り混じった二人にライトニングも同調しかけるが、即座に自分たちの状況を思い出す。
「と、とにかく! 俺らは捕まえたヴィランどもを警察に突き出そうZE! 早くあいつを追いかけるんDA! 」
その一言に二人も意識を戻し、押さえつけていた怒り顔と笑い顔をそのまま警察の方へ歩かせる。
その時、高速道路の反対車線から声が聞こえてきた。
「ご苦労様で〜す、エースヒーローさんたち〜」
「おー、応援THANK YOU! 」
声の主にライトニングは片手をあげて返す。
視線を向けると黒いバイクがそのまま道路の向こうへ走り去って行った。
「な、なぁ、あの男……」
「分かってるYO、フルメタル。あのバイクがヴィランに追いつく前に、俺らも行かねぇとNA」
「いやそうじゃなくてだな……」
「やはりお前もそう思うか、フルメタル。運転しながら声をかけるなど危険な……」
「いやそこでもない」
眉を顰め、汗を滲ませている彼に二人は首を傾げる。
「じゃあ何なんだフルメタル? 」
「どうしたんだYO、フルメタル? お前らしくねぇZO? 」
二人の問いかけにフルメタルは己の身体より重い口を開いて答える。
「今のバイク男……奴じゃないのか……? 」
『奴』という存在にライトニングとサムライは凍りついた様にピシッと固まってしまう。
ヴィラン退治に熱が入って記憶から消えていたが、フルメタルの一言で蘇ってきた。
黒いバイク、黒いスーツ、一瞬だけ見えた黒い帽子。
そして聞き覚えのある皮肉じみた声。
様々な特徴が『奴』と一致する。
人の手柄を平然と横取りするあの嫌われ者と。
「しまったぁ!! 完全に奴の事を忘れていたぁ!! 」
「急がねえとやべえZO!! でないとまた俺らの株が下がっちまうYO!! 」
目を大きく見開いて慌てふためくエースヒーローたちは自分たちの失態に心底後悔した。
あの時、もっと早くヴィランを追っていれば奴が来る前に終わらせていたのにーーー
追いつかれてしまった。
"ナイトメア"と言う黒いハイエナにーーー
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