静かに露天風呂を堪能した

 手早くシャツを脱いで、ズボンと下着も脱ぎ去る。川で軽く汗を流した後、俺は一足先に湯舟に浸かった。


「ふっ……ふぅ~~っ」


 水圧によって押し出されたかのように、肺の奥から吐息が漏れ出す。やはり風呂はいい。何とも言えない、格別の心地良さがある。


 何より露天というのがいい。解放感と外気との温度差がこれまた気持ちが良い。これで足を伸ばせるほどの広さがあればよかったが、胸まで浸かれるのだから及第点だろう。


 きっとルカテは露天は初めてだろうから、早くその反応を見てみたい。そう思い目線を向けると、ルカテは外套の中でもぞもぞと蠢いていた。


「? ……ルカテ?」


「はい……どうかしましたか?」


「いや……ああ、その中で脱いでたのか」


 外套の隙間から伸びたルカテの褐色の腕。その手に装飾品を握っているのを見て納得がいった。


 外套を簡易的な脱衣室にしているのだ。その気品のある発想は、俺では到底思いつきそうも無い。さすがは王族というところだろうか。


「んっ、しょ……」


 外套から腕が現れる度に、母からもらったという衣服が積まれていく。ルカテが着ている時には露出度の高い砂漠の巫女衣装としか思っていなかったが、こうしてみるとただの布切れにしか見えない。


 ルカテの容姿と所作に品があるから誤魔化されているだけで……いや、あまり深く考えるのは止めておこう。母からの贈り物だし、ルカテ自身も気に入っているのだから、部外者である俺がとやかく言うべきではないだろう。


「お待たせしました」


 まだ外套を被っているが、その下はもう全て脱いだのだろう。ここから見ている限りでは服を着ている時とさほど見た目は変わらないのだが……やはり問題があるような気がしてきた。


「まず、川の水で身を清めるのですよね?」


「ああ。でも、冷たかったら無理しなくていいぞ」


「川の水くらいどうってこと……んっ」


「思ったより冷たいだろ? この前は昼間だったからな。夜の川はちょっと冷たいぞ。無理せず、さっさとこっちに来て温まるといい」


「いっ、いえ……ちゃんと身を清めないと……んぅっ」


 ちゃぱちゃぱと水を掬う音が聴こえ、その度にルカテの冷たさに喘ぐ声も聴こえてくる。律儀なルカテのことだ。冷たさに耐えながら、丁寧に身体の汚れを落としているのだろう。


「ふぅっ……ふぅっ……」


「随分と頑張ったみたいだな」


「こっ、これくらい、どうってことありません……っ」


 口では強がってはいるが、その身体は素直だ。外套を握りしめる手と、よたよたとした足取りが如実にその心情を物語っている。その銀髪からも雫が滴っていることから、余程念入りに身を清めたのだろう。


「ほらっ、早くこっちにこい。風邪を引くぞ」


「はっ、はいっ……」


 ルカテは風呂の前まで来るとサンダルを脱ぎ、外套も脱いで身体の前面を隠すように手に持った。ここまで隠されると、その顔も相俟ってまるで女の子のように見えてくる。


「っ……」


「? どうした?」


 後は風呂に入るだけと思いきや、ルカテはうろうろと風呂の周りを歩き始めた。


「いえ……あの……どうやって入ればいいでしょうか……?」


「ん? いや、ただ入ればいいんじゃないか?」


「その……ガルと向かい合うべきか……それともガルに背中を預けるべきか……どちらがいいと思いますか?」


 向かい合うか、同じ方向を向くか。あまり違いは無いように思うが、ルカテは何を気にしているのだろうか。どっちにせよこの狭さでは密着するしかないのだから、どちらでもいいように思えた。


「まあ、向かい合えばいいんじゃないか? 顔が見えた方が、色々と話しやすいだろう」


「そ、そうですか……では、失礼いたします……」


 外套で前面を隠したまましゃがみこみ、ルカテはその足先からゆっくりと湯に入れた。


「ふっ……ふぁっ、ぁっ……」


 冷えた体に温かいお湯が染みるのだろう。声と吐息を震わせ、身体をビクつかせながら、徐々にお湯にその足を沈めていく。


「っ……んっ……んぅっ」


 膝下まで浸かり浴槽の縁に腰かけると、ルカテは身体を隠していた外套を脇に置いた。徹底して隠していた割には、あまり恥ずかしがっている様子は無い。そして、ルカテはちゃんと男の子だった。


「すっ、すみませんっ、踏んでしまいました」


「気にするな。狭いんだから、踏むなという方が無理な話だ。そのまま俺の足の上に乗っていいぞ」


「はっ、はいっ……はっ……はぁっ……~~っ」


 声にならない吐息を漏らしながら、ついにルカテはお湯に身を沈めた。ふるふると身体を震わせる様子から、気持ちよさを感じているのは間違いないだろう。


「ルカテ、髪を上げてやる」


「あっ……すっ、すみません、うっかりしてました……」


 手拭いで長い銀髪をまとめ上げ、その頭に巻いてやる。あまり上手くできなかったが、大事なのは髪が湯舟につかないことだ。バラけなければいいだろう。


「これで肩まで浸かれるだろ? 狭くて申し訳ないが、遠慮はしなくていいぞ」


「でっ、では……失礼して……はぁ~~っ」


 深く息を吐きながらルカテはその身を更に湯舟に沈める。肩まで沈め、さらに首、顎の先がお湯につくまで。


 その身体が沈むほどに、ルカテの身体と俺の身体が触れ合う面積も増えていき――


「っ!?」


「あー……」


「ごっ、ごめんなさいっ……」


「いや、別に……まあ、狭いからな……」


 よく考えれば、それは当然のことであった。


 向かい合って密着していれば、触れ合ってしまうだろう。互いの股間についているモノが、湯舟の中で漂っているのだから。


「……」


「……」


「……向き、変えますね?」


「その方が良さそうだな」


 そそくさと身体を回転させると、ルカテは俺の胸板にその背をくっつけた。


「こっ、これでいいですかね?」


「ああ……そうだな……」


「……」


「……」


 何となくの気まずさを感じながらも。ルカテと二人、静かに露天風呂を堪能した。

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