今の僕ではもう、夜伽のお相手をすることはできないのです……

 言いたくないのなら言わせたくはないけれども、毒の対策をするためには知っておかなければならない。ルカテに言わせるのではなく、こちらから確認する形にしてやるのが最大限の気遣いだろうか。


「ふむ……おしっこか?」


「いいえ、尿も涙や汗と同じです。猛毒ではありますが、空気や水に触れると無毒化します」


 それなりに自信があったのだが、即座に否定されてしまった。人に話すのが恥ずかしい体液となると、それくらいしか思いつかないのだが……。


「いや、待て……そうか……」


「っ……あはは……多分、ご想像の通りです……」


 俺の視線に気づいたのだろう。ルカテは答えを待たずに肯定した。


 確かにこれなら合点がいく。自分の精液の話など他人にはあまりしたくないだろう。ルカテが羞恥心から口籠ったのもわかる……と思っていた。


 ルカテに恥ずかしがっている様子は無い。自身の精液について言及されているのに、その顔は曖昧に苦笑いを浮かべているだけだ。羞恥心など微塵もなく、俺に知られてしまったことがただ残念という顔だった。


「? …………っ!」


 少しだけ考えて気づいた。そもそも、精液が毒であっても当初の疑問の解決にはならない。血液であっても、精液であっても、その毒が王子様に触れる状況など思いつかない。


 ルカテの受けていた仕打ちが差別だけであったのなら、王子様が死ぬはずも無かったのだ。


「ルカテっ……お前はっ……」


「申し訳ありません、ガル……今の僕ではもう、夜伽のお相手をすることはできないのです……」


 それは、もうルカテにとっては日常なのだろう。誰かに使われることは当たり前のことで、だから出会って2日も経っていない俺に対してそんな謝罪をしてしまうのだろう。


「そんなことを謝る必要なんて無い。俺はルカテにそんなことを求めてはいない」


「そう……ですよね……。僕なんて……使い物にすらならない……」


「逆だよ、ルカテ……逆だ。ただ傍に居てくれるだけで、俺は満足なんだよ」


「え?」


 ルカテの頭に手を添えて、包み込むように抱きしめる。


 ルカテは幸せになるべき子供だ。今まで苦労をしてきた分、その未来は笑顔に満ちているべきだ。


 眠る時には明日への期待で頭をいっぱいにして。目が覚めたら希望で胸をいっぱいにして。毎日は現実的では無いかもしれないけれど、少しでも幸福な日々を過ごして欲しい。


「えっ……えっ……がっ、ガル……っ?」


「もう少しだけ、こうやって抱きしめていてもいいか? 夜伽なんて必要無い……ただ、こうやってルカテを抱きしめていたいんだ」


「っ!? そっ、それって……っ」


「ダメか?」


「いっ、いえ……っ。ガルが、そうしたいなら……はぃっ……いいですよ……っ」


 大人たちからの悪意によって歪んでしまったその価値観を、少しずつでも変えていけたらと思う。その肌も、その毒も、決してルカテの価値を下げるものでは無い。奉仕なんてする必要が無いくらいに、その身には将来への希望が詰まっている。


 子供とはただ生きているだけで尊く、愛される存在だ。子供は大人に守られるのが常であり、大人と子供の関係とはそういうものだ。大人である俺は子供であるルカテを守り、ルカテは遠慮なく甘えればいい。


 俺が両親にしてもらったことを全部、ルカテに返してやろう。そうしていつか、ルカテも……。


「大丈夫……大丈夫だからな……」


「ガル……?」


 体液が毒で変じたのには原因があるはずだ。食べ物か、魔物か、呪いか、あるいは魔法か。なんにせよ、原因が特定できれば治すことだってできるはずだ。


 絶対に治してやれるなんて、期待を持たせるようなことは言えないけれども。ガルが少しでも安心して未来を想えるように、俺はその成長途中の小さな身体を抱きしめながら撫でてやった。

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