第9話 性交の対価

 承認。承認欲求は誰にでもある。人間は安全や衣食住など必要最低限の欲求が満たされると、自己実現や他人からの承認も求めるようになる。他人から認められ、褒められ、称えられる。それは勉強でかもしれないし、スポーツでかもしれない。あるいは、仕事でかもしれないし、ボランティア活動でかもしれない。いずれにせよ自分が得意な事や好きな事で自分が満足できる成果や実績を出し、さらにそれを他人からも認められると嬉しいものだ。

 特に女性の場合は自分の容姿への承認欲求も高い。生まれ持っているモノなので多分に運に依る部分が大きいが、メイクをしたり、髪型を変えたり、運動等で体型を整えたり、場合によっては整形手術までする人もいる。自分が好きな人が振り向いてくれたらそれで良いと言うが、本音は例え見ず知らずの他人であっても一人で多くの人に美しいと認められたい。相手は男女問わず年齢問わずだ。


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 ホッとしたのは、咎革(TOGAKAWA)の毬村編集長からマネージャーの雑森さんへ後日電話があった事だ。編集長は私の営業を聞き入れてくれたようで「東京Pedestrian」に出演できることになった。

 雑森さんに連れられて行った撮影現場は、水族館でも新しくオープンしたレストランでもなく、ただのスタジオだった。今回は夏休みデート特集だったので、とりあえず浴衣に着替えさせられ、ディレクターやカメラマンの指示でポーズや表情を作る。後でオーナーから提供があった画像やスタッフが現地で撮った画像と合わせるのだ。私はレッスンにあまり出ていないが、指示を何とかこなして、休憩を入れながら半日ほどで撮影を終えた。「なんだかんだ、やっぱり出来たじゃん」というのが率直な感想だ。私はレッスンなんか受けなくても本番に強いし、特別な事をしなくても美しい。実際、撮影に立ち会った咎革の編集員やカメラマンも「前の東竹芸能の子も良かったけど、今日の子もすごく良い」、「編集長はどうやってこんな新人を見つけてきたの?」、「大学生らしいけど絶妙に色気もあって綺麗だ」と褒めてくれて、私のデビューは上々の滑り出しだ。


 2週間後に書店に並んだ「東京Pedestrian」。表紙はジャリーズタレントだったが、特集では8ページに亘ってイベントやスポットの情報と共に、スタジオで撮影した私の浴衣姿が載っていた。まるで私が実際に水族館の中を歩いていたり、レストランの前で扉を指さしているように違和感なく合成されている。私が採用されて今号の「東京Pedestrian」の売上が跳ね上がるといったことは無かったが、「今号の特集の子がかわいい」、「特集の新人の名前が知りたい」、「また出演してほしい」等の声がネットで上がっていたし、身近な所での反応はもっと良かった。私が通う慈母メリー女子大学では、私を合コンに誘ってくる子や一緒にご飯を食べる友達からは「「東京Pedestrian」見たよ。これカオルちゃんだよね」、「すごい!モデルみたいじゃん」、「この前一緒に撮った写真をインスタにあげてもいい?」、「今度はカオルちゃんを連れて早慶と合コンしよう」等とたくさん賞賛をいただいた。デートや合コンに誘ってくる首都科学大学の男子学生はもっとあからさまで「一目惚れしました。デートしてください」、「医師志望を4人集めるので、僕達と合コンしてください」、「ファンクラブを作りました。握手会に出てくれませんか?」等と引き合いが直接的かつ強くなった。私は枕営業の事など無かったかのように「ありがとう、大したこと無いよ」、「たまたま運が良かっただけ」、「いいよ、合コンしよう♪」等と何でもない様な素振りをしていたが、トイレの個室など他人が見ていない所では周りの反応を大いに喜んだ。

 加えて、私が掲載された号の「東京Pedestrian」を両親に郵送してあげたのは言うまでもない。母からの電話によると、父は涙を流して喜び、母は周りのママ友に自慢して回ったらしい。やはり私の美しさは神戸だけでなく東京でも通用する。男性は一瞬で私に心を奪われて、女性も私と友達になりたいと目の色を変えて追いかけて来る。私はここ東京でも勝者だ。


 雑森さんと営業を仕掛けて成功したのだから蘭先輩や由衣は喜んでくれたし、他のマネージャーに付いている帆乃夏なども私を褒め称えてくれたが、朽木は少し違った。気まぐれにレッスンに出た時に朽木もいて、休憩時間に朽木から話しかけられた。蘭先輩や朽木のようなファッションモデルを目指しているわけではないが、私も一応モデル志望という事になっている。

 「五島さん、デビューおめでとうございます。」私が床に腰かけて座っている所まで来て挨拶をしてくれる。首を少し傾けて可愛い笑顔だ。

 「ああ朽木さん、ありがとう。」

 「咎革の「Pedestrian」って、私の地元では無かったけどすごい雑誌なんですってね。」

 「東京とか関西とか主要都市のタウン誌だよ。」

 「大手だし、やっぱりオーディションは厳しかったですか?」

 「いや~、今回はマネージャーさんと一緒に営業に行って、運よくお仕事を貰えたって感じ。」

 「へ~、そういう事もあるんですね。」目を見開いて純粋に驚いている風だ。

 「たまたまだよ。朽木さんも一生懸命頑張っているから、きっとデビューできて地元のみんなに自慢できるようになるよ。」

 「どうかな~。そうなると良いけど。」

 「朽木さんって、なんだか最近元気なさそうだから早くデビュー出来ると良いね。」せっかく可愛いのに元気が無く、必死なのは分かるがそのひたむきさが少し怖いくらいだ。

 「そう見えますか?」

 「気に障ったならゴメン、でも辛そう。ダイエットでもしてるの?十分細いのに。」

 「ああ…、ちょっと食べる量を減らしすぎたかな。ほら、東京って何買うでも高いでしょ。やりくりするのが大変で。」

 「そっか。私は合コンやデートのお誘いにのって、男友達にご飯を奢らせてるよ。朽木さんもたまには合コンとか行ってみたら?」

 「ははは。」朽木は分かりやすい苦笑いをする。

 「ま、冗談はさておき、朽木さんも頑張ってね。」

 「はい。私は正々堂々デビュー出来るように、焦らずマイペースで頑張ります。」朽木はすっと立ち上がり寂しそうな笑顔を残して歩いて行った。


 私はやっぱり朽木が気に入らない。純粋で優等生が過ぎる。私が気を遣って冗談を言っても、エイガクの朽木は「バカは能天気で良いな」とでも言いたげだし、男にご飯を奢らせるのも何だか私が悪い事でもしているみたいな目で見てくる。さらに私が“枕”を使った事を勘づいているのか、自分は「正々堂々デビューする」と言い切った。いちいち癪に障り、ますます朽木を嫌いになった。

 朽木が可愛いのは私も認める。最近は痩せ細った苦学生のようで、繊細で壊れそうな儚い美しさもあり、同性の私でさえ朽木を裸にひん剥いて無茶苦茶に汚してやりたいし、嫌がる事や恥ずかしがる事をして泣かせたくなる。他人にそういう破壊欲求というかサディスティックな欲求を想起させる朽木のような女こそ美貌を武器にして、男を上手く利用すべきなのに馬鹿正直に夢を語っているのだ。いつか朽木には「おまえも私と同じ“女”だ」と思い知らせてやりたい。

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