神様のいない世界で

遠寺 燕司

第1話 神様のいない世界で、入学

国立能力開発特別高校――通称・特高

通う学生は全員が超能力を持ち、いずれは軍でその力を振るうことが期待される。

入学式の看板が立てかけられたその校門は、春の淡い光の中で、どこか冷たく重い空気を漂わせていた。

地上では「神」と呼ばれる異形が跋扈し、人類はこの地下都市「ノア」に閉じ込められている――その事実が、日常のすぐ隣に張り付いているようだった。



穂村縁ほむら ゆかりは、背中にスナイパーライフルを背負い、淡々と校門をくぐる。

少し伸びた黒髪が風に揺れ、縁はうっとおしそうに紅色の目を細めた。

入学初日から着崩された制服に目立つ銃――

校門前の新入生たちはヒソヒソと声を潜めて話し始める。

それを一瞥して縁は重いため息をついた。

「……だる」


ここには縁を知る人はいない。

特別中学校からの持ち上がりが9割以上を占めるこの高校でほぼ唯一に近い編入生が縁だった。

物珍しさから絡まれるか、遠巻きにされるか。どうやら後者だったらしい。

校門前では、何人かの生徒が小声で囁いている。

「見ない顔だったね」

「……あれ、銃背負ってるんだって」

「E級って噂だけど、ほんと?」

値踏みされるのにはうんざりしていた。



廊下には、新入生のざわめきと期待が渦巻いている。

制服をきっちり着た者、笑顔で友達と話す者、緊張で強ばっている者。

だが縁には、どれとも無関係だった。


特高では五人一組で仮の部隊を組み行動する。

ここで作られた部隊は共に学生生活を送るのみならず、訓練で実力を認められれば軍の作戦にも参加できる。

そして多くはその部隊編成のまま軍に入隊する。

つまりここで誰とどの部隊に入るかによって一生を左右するといっても過言では無い。


縁にとって大事なのはここで強力な仲間をみつけ、軍の上層部まで上り詰めること。そして軍に捕らわれている師匠――戦い方を教え導いてくれた唯一の存在――を解放すること。それだけだ。

入学初日から周囲の視線や噂話に煩わされる暇はない。

全ては計画通りに冷静に――。




――そのつもりだった。

「色々な班に掛け合ってるんだけど、もう今年度分は採用しちゃったって班が多くて……まだかかっちゃうかも、ごめんね」

「……そう、ですか」

縁は職員室で椅子に腰かけたまま視線を彷徨わせる。

入学から1週間たった。しかし縁はどの班にも所属できずにいた。自分からも声をかけたし、勧誘を受けたこともあった。なのにどうしてか。

原因は分かっている。

「穂村くん……大丈夫よ!今は時期が悪いだけ。すぐ見つかるから、ね?」

「……はい」

教師の根拠の無い慰めに反論する元気もない。





それは入学して3日目。必死に猫をかぶり遠巻きにしていたクラスメイト達ともそれなりに打ち解けてきた頃。

能力テストが実施されたのがきっかけだった。


縁たちクラスメイトは訓練場に集められた。設置された端末から、コンピュータでエミュレーションされた仮装敵が次々と表示される。

これを能力で撃破すればいいらしい。


「初めての実戦形式だ」

縁は背中のライフルを微かに調整し、視線を前方のホログラムに向ける。

教室中に緊張が漂う中、周囲の生徒たちは息を呑み、手に汗を握っている。


だが縁にとって、これは単なる演習に過ぎない。

ここで力を示すことが、仲間と部隊を組むための最初の一歩――


始めの合図。仮装敵が動いた瞬間、縁は背中から銃を抜き、狙いを定める。


スナイパーライフルの引き金を引けば、視界にある対象は一瞬で爆散する。

――縁の超攻撃特化型能力。


スコープで視界を限界まで絞り、標的を撃ち抜く。

引き金を引くと、仮想敵のホログラムは一瞬で崩れ、衝撃波と共に宙に舞った。

体の輪郭が光の粒子に分解され、破裂するように宙へ散らばる。

虚空に飛び散る光の破片がまるで爆煙のように揺れ、教室に映る残像は現実の残骸のように見えた。


周囲の生徒たちは思わず身をのけぞらせ、手を口に当てる。

一瞬、静寂が教室を包む――その後、誰もが目を見張り、驚きの声を漏らした。

「……E級で、あれ……?」

「精度、化け物じゃん……」


縁は動じず、ライフルを軽く調整する。

標的が粉々に散る様子は、ただの訓練であることを忘れさせるほど、あまりに鮮烈だった。


その一方で、かすかなざわめきが生まれる。

「思い出した!あいつ、篝宗一郎の弟子だよ」

師匠の名前が聞こえ、縁は面食らう。

教室中の視線が一斉に縁に向く。

歓声や驚きが、瞬く間に警戒と距離を置く空気に変わった。


それからだ。部隊の話をしてもはぐらかされ再び孤立するようになったのは。

一度、かなり前向きに入隊を検討してくれていたクラスメイトをつかまえ、問いただしたことがある。

「部隊のみんなにも話したんだ。そうしたら『神狩り』の弟子なんてうちじゃ扱えないって話になって……」と気まずそうに教えてくれた。


――神狩り。

単身任務が許されたたった6人の能力者を指す。

全員が「神」を単独で倒すことのできる実力と仲間が足枷になるほどの強力な能力を持った者たち。

師匠――篝宗一郎も、その1人だ。

そして縁は正真正銘「神狩り」の弟子だった。


上等だと思った。それならこの能力を買ってくれる強い仲間と組めばいいだけのこと。


しかし、能力テストの結果は入学時と変わらず、E級のままだった。

教師に抗議したが、これ以上の評価はできないと追い返された。

軍の意向が反映されている――幽閉状態の宗一郎の弟子が活躍することは、軍の面子に関わるからだ。

そして「神狩り」に育てられた、力は強いが扱いに困る問題児――そんな能力者を、誰も受け入れようとはしない。


詰んでいる。

しかし諦める訳にはいかない。

縁は教室の隅で授業を聞き流しながら考え続けていた。


縁が教師から再び職員室に呼ばれたのはそれから3日後のことだった。

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