彼岸物語 鳶

いつかあなたに言おうと思っていたの。あたしと一緒に来ない。と、彼女は言った。西方此方。寄り道がてらひたすらに進みそしてたどり着いたのは長崎である。わたしと彼女が昔暮らした場所だった。


 あなたもあたしも、きっとお互いのことを誰よりも理解している。ならそれはあたしたちはお互いが必要なんだってこと。彼女の声は背後から唄うように響いた。声音はとても艶やかで、うららかな風の上を健やかに滑っていく。見えぬ五線と音符たちの行方が気になって、わたしは流れる先に目をやった。


 わたしたちは背を合わせ、菜草の上に座している。小高い丘である。右手には山を左手には海を望む。海の向こうには幾ばくかの列島と、その先には大陸があるのだろう。言の葉は甘く香ると、季節風に乗って海の彼方へ。わたしの意識を攫っていくようである。


燦々と燐光が散っていた。心地のよいくらいに晴れ渡った空。昔はいつでもこんな空が見えたのだ。もう見えなくなってどれくらい経つのだろう。頭上を遮るものは何一つない。


 わたしにも彼女にも欠けている部分があった。その欠落はとても大きなもので、わたしたちのただでさえか細い人生を、より深く広く揺るがす空洞だった。彼女とわたしなら、きっとそれを補え合えた。


 そよ風が撓み、燐光がさらさらと散っていた。どこまでも透明な青である。くるくると上空を旋回する鳶の影が肌を掠めた。そこだけが一点、降りしきる後光と対照的な闇色である。空の青にも海の青にも染まれずに、あてもなく弧を描く鳶の姿が映るだけである。


残念ですけれど。


呟いたわたしの言葉は微かに撓むと、ほんのすぐさま風に流れた。背中合わせの彼女は微動だにせず、彼女もまた青空と鳶を見上げているようであった。きっとこんなにも空が晴れ渡っていすぎたから。お互いに弱くはなれなかったのだ。ただそれだけのこと。


 幾ばくかのときが流れた後の、風が幾たび頬を撫でた後に、彼女は立ち上がった。彼女の纏う服もまた、空の青にも、海の青にも染まれず闇に満ちていた。 



墓参りに行こう。


わたしの方を振り向いて彼女は言った。燦々と降りしきる燐光に照り映えて、その横顔はどこまでも透明に見えた。そして闇を湛えた服の裾が風に浚われ、幾重もの皺を作ったことも。また、鮮明に見えたのだった。


弟の、墓があるの。


腰を上げたわたしの服も、同じような色と皺を作るのであった。今日が雨ならどんなに良かっただろう。

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