懐いている猫耳黒髪クール世話焼き後輩が、しっとり湿度高く癒してくれる

浜辺ばとる

第1話 世話焼き後輩と相合傘


 ○放課後、高校の昇降口。


 SE:雨音。


「先輩、せーんぱい。どうしたの?」


「下校の時間なのに、ぼーっと空見上げてつっ立っちゃってさ」


「ほら、みんな帰ってるよ。先輩は帰らないの?」


「あー、雨。それなのに鞄しか持ってないってことは……、傘忘れた? もしかして折り畳み傘があったり? それもない、と」


「先輩って天気予報みてなさそうだもんねー」


「えー。そんな言い訳して、いつも始業のチャイムとともに校門潜ってるの知ってるよ」


「ぐうぅぅって顔しかめて、なにも言い返せないんだ。くすっ」


「ごめんね、困った顔が子どもみたいでつい笑っちゃった」

 

「待ってても、雨足は弱まるどころか強くなるばかりだよ」


「うん。今朝、天気予報でいってた。私は先輩とは違ってチェックしてるから」


「それに私、猫だから分かるんだ。そう、猫の獣人」


「知ってる? 猫って気圧とか湿度に敏感なの」


「低気圧だとなんだか気分が良くなくて眠たくなるし。髪も猫っ毛だから水分含んでぺったりしちゃうし。せっかく朝コテでセットしたのに、ほらこの通り」


「だから雨はあんまり好きじゃない」



「そうだ、先輩。よかったら……私の傘入る?」


「もう、遠慮しなくていいから。一人でじっと待ってるのなんて寂しいじゃん」


「それに先輩が雨に打たれて帰って、次の日に風邪でも引いたら寝覚め悪そうだし、ね」


「そういうことだから、わかった? ほら、行こ」




 ○下校、帰り道。


 SE:雨音、靴音。

 // 漆原、右側を歩く。

 

「今日数学の授業中に寝てたら先生に怒られたんだよ? 『こぉら、漆原うるしばら。寝るとはけしからんぞ!』って」


「体びくってなって、起きたらみんなに笑われちゃった。大きな音ってほんとダメ」


「でも、仕方ないよね。ただでさえ意味の分かんない数式ばっかりで宇宙猫状態なのに。おまけに雨の日は調子出ないんだから、寝るのくらい許して欲しい」


「ん、それで授業についていけてるのかって? 中間テストも近いぞって……うげ、先輩ぶっちゃってさ」


「あ、先輩濡れてない? ちがう、話逸らしてるわけじゃない。ほら左肩のところ」


 // 距離が近づく。


「この傘あんまり大きくないんだから、こっちに寄って。肩がぶつかってても気にしないで、むしろ……ううん」


「おっけ、これならお互い濡れない。……先輩ってさ体温高いんだね。あったかい」


「相合傘して歩くの、案外いけるね。先輩の方が身長高くて歩幅が大きいから、私が早歩きしないといけないかもって考えてたけど、大丈夫だった」


「私たち歩幅やリズムが合ってるのかな? あれ、これって先輩が私に合わせてくれてる?」


「もう、なんでそんなことさらっとやっちゃうのかな……」


「まさか先輩……、もしかしてこういうことに慣れてるわけじゃ、ないよね?」


「……私以外の人と、相合傘したことあるなんて言わないよね?」


「へえー。初めて、なんだ。そうなんだ、ふーん。ふふーん」


「え、私? 私は初めてじゃないよ」


「なんで落ち込んだ顔してるの? えぇ、自分だけ初めてなんてずるいだなんて、駄々こねない」


「あぁ、もう。子どもの時、お母さんとしただけ。だから家族以外の人なら先輩が初めて。これでいい?」


「うん。自分の傘の中に男の人を入れたのは、これが、初めて」


「あーあ、だらしない顔しちゃってさ。そんなに嬉しかったの? 単純」


「え、私の耳? それがどうしたの?」


「ぴくぴく動いてる? うわ、ほんとだ。み、見るなー!」


「猫が耳を動かすのに意味があるの? って、な、なーんの意味もないから!」


「今度は尻尾が揺れてる? ……う、うそ。もー、やだ」


 // 漆原、後ろに回る。


「先輩、前。前歩いて。いいから早く。後ろから、こうやって、密着すれば……、うん、問題なし」


「ちょっと深呼吸。ふう、ふう、ふう。耳に息があたってくすぐったいだろうけど我慢して」


「ふう、ふう、……ふーう。よし、落ち着いた」


 // 漆原、右側に戻る。

 

「こほん。気になってたんだけど、その右腕のギプスどうしたの?」


「うん、怪我したことは分かるよ。先輩、部活は運動部じゃないし……どうしてかなって。体育ではしゃぎすぎちゃったとか? なーんて」


「え、当たった? そんな子どもみたいな理由……。うそだよね? そのきょとんとした顔、本当なんだ」


「へえ、体育の授業でサッカーがあってぶつかった相手が悪かったと。相手は……え! ミノタウロス!?」


「ミノタウロスとぶつかって、腕だけで済んで良かったね……」


「なんで誇らしげなの? 先輩のばか。もう、心配するじゃん」


「先輩は人間なんだから気をつけてよね。私たちと身体能力が違うの知ってるでしょ」


「身体能力は違ってもスポーツを楽しむ心は同じだ? そういうとこほんと先輩らしいね」


「褒めてない、呆れてるの」


「ん、なになに。先輩も気になってたことがあるんだ」


「いつも始業のチャイムとともに校門潜ってるのをどうして知ってるのかって?」


「私、いつも、なんて言ってたっけ」


「言ってた、か。こういうときだけ耳聡いのなんなのかなぁ……」


「……ん? なーんにも言ってない」


 

「良かった、風が強くて。なに言ってたか聞こえてないみたい……」


 

「というか、その話学校出る時にしてたことじゃん。いま聞く?」


 

「はいはい、私が窓際の席だから目につくだけ。別に毎朝心待ちにして見てるわけじゃないよ。自意識過剰」

 


「雨ほんとに強くなってきたね、傘さしてても足もと濡れてる」


「うぅー、ローファーの中、靴下ぐちゅぐちゅしてて気持ち悪い」


「あ、先輩。濡れちゃうからもっと体くっつけて? うん、いい感じ」


 // 距離が近くなる。


「それにしても、コンビニで傘売り切れってどういうこと。みんな天気予報みてないのかな?」


「先輩、私の家が帰り道の途中にあって良かったね。家着いたら傘貸してあげられる」

 

「にしても、先輩の家って私の家から歩いて十分くらいなの知らなかった。それも当たり前か、こうして一緒に帰るの初めてだもんね」


「これまで最寄りのコンビニとかで会わなかったのが不思議」


「あー、先輩ってそっちのコンビニ使ってるの? 私とは違う方だ。じゃあ無理もないね」


「でも、なんでそっち? それは、確かに、お弁当とかご飯系はそっちが美味しいけどさ」


「スイーツ系はあっちのコンビニの方が美味しいから、私は断然あっち派」

 

「話してたらそろそろ、私の家に着く……きゃっ!」


 SE:風が強く吹く音、傘がばさっと壊れる音


「もう、最悪。風で傘ひっくり返るなんて、うそでしょ」


「元に戻りそうもないし……、先輩走って!」


 SE:駆ける音。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

「うーわ、靴下だけじゃなくて全身びしょ濡れ」


「先輩もかなり濡れてるね。前髪おでこに張り付いてる」


「濡れたままでここから十分掛けて帰ると、その間に風邪引いちゃいそうだし」


「……先輩、シャワー浴びていく?」


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