不思議なセカイにりんごを添えてβ
ルークアイド・チェス
1-1 - 不思議な子
「物騒だよな……」
ロイ・ソニックスピードは人気のない夜道を歩きながら、足元に転がっていた刃の折れたナイフを蹴り飛ばした。
暗い桃色の髪を長い三つ編みにした、少女のような少年だ。一般的に高等学校に通うラインの年齢だが、それにしてはありえないほど背が低く、まるで小学生のようである。それと当然のごとく学校には通っていない。
その周辺には、そのナイフの一部だったと思われる別の金属片や血痕も見られる。明らかに何かあったような風景だ。
この街はロイが旅の途中で立ち寄った名前もよく知らない田舎である。辺境というのは領主とかの権力も及びづらく、治安が確保されていない……というのは聞いたことがあったが、この街はそれを考慮しても異常な部類に入るのではなかろうか。
「……ケンカの跡、今日で七回も見たぞ……なんなんだこの街」
蹴飛ばしたナイフはぽわっ、と青白い光の粒子へ変化して消滅する。
さすがにナイフが道路に転がっていると怪我をしそうなので、魔法で消し去っただけだ。
「あー……あ?」
突如、曲道の向こうから何かが砕けるような音と怒号が響いてきた。なにか戦闘が起こっているようだ。
ロイが腰に下げていた片手剣を引き抜くと同時に、吹っ飛ばされたらしいひとりの少女が曲道の奥からもんどりうってこちらへ転がってきた。
「うぐぅ……」
「おい、大丈夫か?」
転がってきたのは金髪金目のかわいらしい獣人の少女だった。ところどころ血や土で汚れた白いシャツと黒いシンプルなスカートを着ているが、特にその右腕からはどくどくと血が流れ続けている。刺されたらしい。
それを追って、続いてナイフを持った男がふたり姿を見せる。目は血走り、異常なまでに興奮した様子だったが……何かおかしい。
「……恐怖、している?」
「邪魔だガキィイイイイイイ!」
男たちの表情から憔悴の感情を読み取ったロイだったが、対話をする間もなく男は立ちふさがったロイに魔法を飛ばしてきた。
なかなか強力な風の刃である――扱いやすさ、速度、威力が平均的な、初心者から上級者まで誰でも向いている属性。
「なんか……コントロールがガッタガタじゃねぇか……『
憔悴のせいか、軽くロイの魔力をぶっつけるだけで風の刃は霧散してしまう。
しかし魔法を放った方とは違う、もう一人の男が炎のジェットで加速しながらロイへ斬りかかった。
この程度の斬撃なら問題なく弾き飛ばせる――のだが、次の瞬間、その間に予想外の攻撃が割り込むのだった。
「――け、検閲官さんっ!」
ズズズッ……と、よどみから何かを引き抜くような不気味な音がした直後、ロイと男の間に悪魔のような漆黒の腕が割り込み、そのまま横薙ぎのようにして男の剣を叩き折った。
「な……!?」
その腕は出現した勢いのまま男を吹っ飛ばして地面へ叩きつけ、意識を刈り取る。もう一人の男も新たに風を飛ばして応戦しようとするが、真正面から消し去られ、ぶん殴られてやはり吹き飛んで行った。
呆然とロイがそれを見つめているうちに、腕はすっと消えてしまい、もう何事もなかったかのような静寂が戻ってきた。
残されたのは、ぽかーんとしたロイと腕を押さえて苦しそうにしている少女だけ。とりあえず、ロイは少女へ話しかけた。
「大丈夫か? 回復……」
「だ、ダメ! ぼく、回復魔法が効かないから」
ぼくっ娘だったようだ。
少女は自分で回復魔法ではない別の魔法を腕にかけると、だんだん血は止まっていった。
「はぁ、はぁ……うぅ、助けようとしてくれてありがと。……えっと……」
ゆっくり立ち上がり、困ったような顔を浮かべる。
「きみは、ぼくが怖くない……?」
「怖い? ……いやまあ、さっきの腕はびっくりしたけどさ。よく見てみるとなかなかの別嬪さんだな」
光の球を作り出して少女の顔を照らしてみると、やはりかなりの美形だ。大人になるとそれはもう美人になるだろう、とロイは思った。
そんなぽやっとした感想とは裏腹に、少女は徐々に目に涙を浮かべると、突然ロイへ抱き着いて泣き出した。
「うわああああん!」
「え!? いやちょいマテ。ホットドッグやるから待て、涙でぐしゃぐしゃになる服が」
……結局、少女が泣き止んだのは十分後だった。
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