Silver snow15②

 “雪羽ゆきはさん”って2回も名前…。


 わたしの顔がみるみるうちに熱くなっていく。

 それを見てお父さんがヒートアップする。


「ふざけるな!」

 お父さんは強張った表情で怒鳴る。


「妻から聞いたぞ」


雪羽ゆきはがマラソンを見学するように池田先生に電話でお願いしたら」

「池田先生は日向ひゅうが先生にそのことを伝え」

日向ひゅうが先生は雪羽ゆきはを見学させるつもりだったのに」


「キミのせいで雪羽ゆきはがマラソンを無理して出ることになり、倒れて保健室に運ばれたって」


 お父さんはキッ! と相可おおかくんを睨み付ける。


「そんなことをしておいて、よく顔を見せに来れたな!」

「これだから銀髪ヤンキーは! 今すぐ帰れ!」

「そしてウチの大切な雪羽ゆきはに2度と関わるな!!」

 お父さんが声を荒げながら言い放つ。


「なぜそんなにもヤンキーを嫌うんですか?」

 相可おおかくんは真面目な顔で尋ねる。


 お父さんは相可おおかくんから目を逸らし、尖った鋭い声で返す。

「キミに話すことなんて何もないよ」


「…わたしもずっと聞きたかった」

「なんでお父さんとお母さんはヤンキーを嫌うの? 教えてお父さん」

 わたしがお願いすると、お父さんは、はぁ、と息を吐く。


「母さんが高校時代、銀髪ヤンキーにいじめられていたからだよ」


 え…お母さんが銀髪ヤンキーにいじめられてた?


「お父さん!」

 お母さんが慌てて叫ぶ。


「俺と母さんは同じ高校で同級生だった」

「クラスはAとBで隣同士だったが話したことは一度もなかったんだが」


「1年のクリスマスが近づいた日の放課後」

「帰ろうと思って廊下を一人で歩いていたら」

「母さんがCクラスの銀髪ヤンキーからひどくいじめられていてな」


 お母さんの顔が切ない表情に変わる。


「止めに入って母さんを守ったのが俺で」

「その日から仲良くなって行ったんだ」


 お父さんは自分の右耳に手を当てる。

「まさか結婚するとは思いもしなかったがな」


 そうだったんだ…。


「お母さんをいじめた銀髪のヤンキーは最低な男の子だったかもしれないけど」

相可おおかくんは違うよ」


「何が違うんだ?」

「彼のせいでマラソンを無理して出ることになって倒れた」

「立派ないじめだろう!?」

 お父さんは相可おおかくんに向かって怒鳴った。


「お父さん、違うの」


日向ひゅうが先生に、『マラソンは見学でいい』」

「『交通事故にも合いかけたわたしを走らせることは出来ない』って言われたけど」


「わたしが『走らせて下さい』ってお願いしたの」


「それは彼に命令されてだろう?」


 お父さんの問いかけに、わたしは首を横に振る。


「違う」

 そう否定すると、わたしはぎゅっと羽織っている黒のパーカーの裾を掴む。


 相可おおかくんは、ただ黙ってわたしを見つめる。


「わたし、今、相可おおかくんの隣の席で」

「同じクラスの女の子と“マラソンで勝ったらわたしの席を譲る”約束をして」

「わたしが相可おおかくんの隣の席を守りたかったから走ったの」


「結果はわたしの負けで自分の席譲ることになっちゃったけど全力で走ったから後悔はしてない」

相可おおかくんのおかげでマラソン最後まで走りきれたから」


 今まで秘めてきた感情がぶわっと溢れ出す。


「今までずっと嘘をついてきたけど」

「わたし、今まで体育の時、ずっと休んでて周りにサボった扱いされてきたの」


「でも、相可おおかくんの隣の席になって」

相可おおかくんや相可おおかくんのお友達と関わるようになって」

「やっとマラソン最後まで走りきれたんだ」


「マラソンだけじゃない」


「今まで行けなかったカラオケやチェリバにも行けるようになって」

「自分の意見もちゃんと言えるようになって」

「出来なかったこと、いっぱい出来るようになった」


相可おおかくんや相可おおかくんのお友達が支えてくれたから」


 わたしは目をキラキラと輝かせながら言った。


 お母さんは、どこか寂しそうな表情を浮かべる。

「そうだったの…」


雪羽ゆきは、私に心配かけないように嘘をついていたのね」

「ごめんなさい…」

 お母さんは震えた声で言った。


 わたしの両目に涙が溢れ、ポロポロと零れ落ちていく。


「お母さん…謝らないで」

 わたしの声が震える。


「嘘をついてきたわたしが悪いの」

「もっと正直に言えば良かった…」


雪羽ゆきは…」

 お母さんは、わたしの元まで歩いてきて、ぎゅっと抱き締めてくれた。


 相可おおかくんはお母さんを強い眼差しで見つめる。

「“ウチの子は皆さんとは違うんです”って、保健室で俺に言いましたが」

「何も違わない」


雪羽ゆきはさんは“俺達と同じ”です」


 あ…お母さんとお父さん泣いて…。


「髪が銀髪に染まっていたから分からなかったけど」

「やっぱり貴方、あの“ぎんくん”なのね」


「え?」

 相可おおかくんは聞き返す。


「私ね、雪羽ゆきはを生む為に病院に入院していた時」

「2人部屋で貴方のお母さんと隣同士だったの」


「え…隣同士?」


 お父さんの顔を見ると、お父さんは静かに頷く。

「あぁ」


 わたしと相可おおかくんは信じられないという顔をする。


「貴方のお母さんよりも先に陣痛がきて」

「病室から分娩室に運ばれる時、『がんばれ』って励まして下さってね」


 お母さんは自分の胸に両手を当てる。


「分娩室で女の助産師さんに『おめでとうございます! 女の子です!!』って言われて雪羽ゆきはが生まれた時、とてもとても嬉しかった」


「“生まれてきてくれてありがとう”って感謝したわ」

「だけど…」


 お母さんは悲しげな顔をする。


「急に周りがバタバタし出して先生が慌てた様子で女の助産師さんに生まれたばかりの雪羽ゆきはをすぐ連れて行くように指示した」


「『どこへ連れて行くの!? 返して!』」

「『雪羽ゆきはを返してええええええええ!!!』って半狂乱になった」

「隣にいた雪羽ゆきはがすぐに私から引き離されたから」


 お母さんの目が涙目に変わった。


「それから数時間後に診察室で」

「『先生、雪羽ゆきははっ!? 雪羽ゆきははどこですか!?』って聞いたら」


「『お母さん、落ち着いて聞いて下さい』」

「『雪羽ゆきはちゃんは低体重児で呼吸障害があることが分かりました』」


「『雪羽ゆきはちゃんは今、新生児集中治療管理室NICUの中にいます』」

「『今後、新生児集中治療管理室NICUの中で経過を見て行きたいと思います』って言われてしまってね」


「ついさっきまで私の手元にいた雪羽ゆきは新生児集中治療管理室NICUに入ったなんて…って私は絶望したわ……」


 わたし、新生児集中治療管理室NICUに一人で入ってたんだ……。


 複雑な心境になりつつも、わたし達3人はお母さんの話を聞き続ける。


 お母さんは右目から一筋の涙を流す。


「それからはずっと1人部屋の病室にいて」

「私だけは授乳室に呼ばれることはなかった」


「それでも授乳室に行って、『どうして? どうして、雪羽ゆきはだけ…』って気持ちになっていた時」

「授乳室から相可おおかくんのお母さんが出てきてね」

ひがんで、『健康な赤ちゃん生んだからって勝ち誇らないで!』って攻めてしまった…」


「今でも相可おおかくんのお母さんの傷ついた顔が忘れられなくて…」

「それが相可おおかくんのお母さんとの最後だった……」


 相可おおかくんの顔が切ない表情に変わる。


 お母さんは両手で自分の顔を覆う。

「それからは新生児集中治療管理室NICUに入った雪羽ゆきはを見る度自分を責めて泣くことしか出来なかった…」

雪羽ゆきは、ごめんね」

「みんなと同じ健康で生んであげられなくて、ごめんね」


「っ…」

 わたしは体を震わせ嗚咽しながらも首を横に振る。


「あの時の私は、ただただ弱かった…」

「鬱になって自分を守るので精いっぱいだった…最低ね」


 お母さんは自分の指で涙を拭う。

「…ご両親は今も元気?」


「お母さ…」

 わたしが言いかけると、相可おおかくんの眉が下がる。


「分かりません」

「中3の時、突然、両親が出て行きました」


「それでも2人から仕送りはあってなんとかバイトしながら高校には通えています」


 お母さんは自分の口に両手を当てる。

「ごめんなさい、私無神経なことを…」


 相可おおかくんは首を横に振る。


「いいえ」

「お話聞けて良かったです」

 相可おおかくんは優しく笑う。


「俺が生まれた時、両親は幸せそうでしたか?」


「ええ、とっても」

ぎんくん、大きくなったわね」

 お母さんが優しく言って頭を撫でると、


「っ…」

 相可おおかくんは今にも泣き出しそうな顔で自分の口に手を当てる。

 その表情を見て胸がいっぱいになり、涙が止まらない。


 相可おおかくんは、ふっ、と笑う。

「なんでお前が泣くんだよ」


「でももう大丈夫みたいだな」

 相可おおかくんは両目を閉じながら言うと、


「俺帰るわ」

 そう言ってぽんっとわたしの頭に手を置いて微笑む。


 その様子をお父さんとお母さんが優しく見守る。


「ぁっ…………」


 相可おおかくんは、わたしの耳元で囁いた。

「…雪羽ゆきは、明日、高校で待ってる」

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