第31話 揺らぐ
「おかしいんですよ」
博士はその不穏な一言から分析を始めた。
「先日のボーイの缶詰の一件で、ボクらの動きがある程度行政にバレている事が露呈しました。そこまで情報を掴んでいるのならば、新たにボクらが美食家を殺しに行く事を阻止するか、もしくは待ち伏せしたり追ってきたりするくらいはするはずなんです」
「ほう……それは言えているな。だがな、この間の話し合いで神明は俺らをワールド総裁選挙のために泳がせていると結論が出たはずだ。それでも今回俺らを野放しにしておいたのは不自然だって思うのか?」
「思いますよ。ボクらが殺しているのはこの世界における有力者、成功者がほとんどです。殺されればニュースになりますし、その犯人を捕まえられていない行政は無能としてメディアや世間からボロクソに叩かれています。この間ボクらが行政と対峙した際に、もうボクらを一掃する大義名分が出来ました。だから、今度ボクらが美食家を粛清しに行く時には行政が立ち塞がるとばかり思っていました。しかし、それを今回もしなかった。神明はボクらを選挙ギリギリまで泳がせたいのか、あるいは別の思惑があるのか……。ボクが気味悪さを感じているのはその一点なんです」
「そう言われてもそれは俺にも分からねぇんだよなあ……」
ボスはさっきよりもさらに深く眉間に皺を寄せると、低く唸り声を上げて考え込んでしまった。
「あたし達を簡単には殺せない理由があるって事かしら?」
「その理由が分かれば苦労はしないんですけどね」
「多分……」
「多分? 何か知っているんですか、ガール」
「……いえ……知らないわ……あたしは、あんな奴の事なんて何一つ知らない」
僕は何だかガールのその態度に違和感を覚えた。ガールって、神明叡一の事になるとやたらムキになったり何か知っている風だったり、何か怪しいんだよなぁ。
でも、僕にはその『何か』の正体が分からなくて、疑問を口にする事すら出来ないでいる。
「ガール、あなた本当に何も知らないんですか?」
「やぁね、博士。あたしが神明や行政の何を知っているって言うのよ」
「あなたの言動は、時として不自然だ」
「まさか……まだあたしをスパイだって疑ってるの!?」
「疑っているわけではありませんが、何かを知っているとは思っています」
「知らない! あたしは何も知らないわよ! あたしはボスを裏切らない!」
「スパイだとは言っていません。落ち着いて下さい、ガール。ボクはただ……」
──ピピピッ。ピピピッ。
博士とガールの小競り合いを遮るように、ボスのイヤリング型イヤホンが鳴った。これは誰かから通話をリクエストする通知音だ。
「ん? これは北アメリカエリアのゴードンからだな」
ボスは瞬時にデジタルアイをオープンさせるとそれを壁にも投影させた。これで僕達も画面を見る事が出来る。
「おう、俺だ。武蔵だ。情報を掴んだか、ゴードン」
『数日振りですね、ノンエデュリスのボス、ムサシよ。私はいくつかのシンメイエイイチの情報を得たので、こうしてダークウェブ経由であなたにアクセスしています』
いつ聞いてもAIの訳って何だか機械的だ。ゴードンって呼ばれた男の人が話す言葉を瞬時に訳して音声で聞かせてくれるんだけど、あまり抑揚も無いしとってもとっても『機械』って感じがする。
「神明がどこにいるか分かったのか!? さすがだぜゴードン!」
『我々は衛星を保持しています。それはレジスタンスとしてはとても珍しい事であり、そして……』
「それは良いから早く神明の居場所を教えてくれ!」
ゴードンさんの言葉を遮ってボスが結論を急かす。ゴードンさんは『Oh, no』と一言漏らしたけど、AIの訳も『オー、ノー』だった。そこは上手く訳さないんだなぁ。
『そう焦らないで下さい、ムサシ。あなたはそうやって結論を急ぎますが、我々人類にとっては過程こそが……』
「だから、結論を言え!」
ボスは拳で強くテーブルを叩く。これは相当イライラしているな。ゴードンさんは話が長い人なのか何なのか、頭をふるふると振って呆れた顔をしている。
『分かりました、ノンエデュリスの長よ。それでは結論から話しましょう』
「分かってくれれば良いんだよ」
『シンメイエイイチの居場所は、地上です』
「地上!?」
地上……? あの、夏は灼熱地獄で冬は何メートルも雪が降るっていうとてもじゃないけど人が住めるはずもない土地の地上!? そんな所に神明は住んでいるの!?
『我々の衛星が地上に長期滞在する人間を探知しました。その映像を解析した結果、その人間はシンメイエイイチその人であると分かりました』
「地上を拠点にしていたとはな……。そりゃ見付からないわけだぜ……」
『どうしますか、ノンエデュリスのボス、ムサシよ。シンメイの居住地があるのはトウキョウのシンジュクエリアです。あなた達のアジトからそう遠くはありません。私達フリーダムとしてもシンメイを倒す戦いに参加したい所ですが、私達の助けを必要としますか?』
「手数は多いに越したことはねぇ。だが……」
『だが……?』
だが……何だろう。ついに神明が見付かったんだ。しかも僕らの頭上にいるのかもしれない。僕が初めて地上に出た時に見た場所からそう遠くない所にいるんじゃないか? だって、ここって地下都市の新宿エリアだし、このアジトから直通で地上に出れるんだもの。まさか、そんな近くに神明がいただなんて……。
「だがな、あまり大勢で動くと目立っちまう。地上でそんなにわらわらと大人数で行動してみろ。あっという間に探査ロボに見付かるぞ。それくらい、神明は仕掛けて来るだろう」
『それはあなたの仰る通りです』
「大丈夫だ。俺らの仲間には天才博士もいるし、フィジカルが抜群に強い奴もいる。俺らだけで神明の首を取ってみせる」
『頼もしいですね、ムサシ』
「褒めてくれてありがとよ」
『あなた達が勝つ確率は何パーセントくらいあると思いますか?』
「そんなの百パーセントに決まってる。俺は負け戦はしねぇ。絶対に勝つ!」
『あなたを信じていますよ、ムサシ』
「ありがとうよゴードン。他のメンバーにもよろしく言っておいてくれよな」
『シンメイの居住地の詳しい座標を送ります。それを、博士に分析してもらって下さい』
「色々とありがとうな、ゴードン」
『同志よ、礼には及びません』
そうして、フリーダムのゴードンさんとの通話は終わった。さっき、博士の分析を聞いてモヤモヤと揺らいだり、博士とガールが言い争って一触即発だったりしていたのが嘘のように全員の目が輝いている。ただし、凜々花は一人置いてけぼりを食ったかのようにポカンとしているけれど。
「これで予定通り十月二十日に神明を襲撃する事が出来るな」
「それで? ボス、何故襲撃の日を十月二十日に設定していたんですか?」
「日付は何となくで決めたんだが、大体準備に一ヶ月くらいかなってな。それくらい切羽詰まらせなきゃ、あいつらは本気を出さねぇ。俺ら以外のレジスタンスは、けっこうな勢いで美食家を殺るだけで満足しちまってる。神明に手を出すのは危険だって考えているんだ。ゴードン、あいつだって本気出して衛星使ったらすぐに神明の居場所を特定出来たじゃねぇか」
「ゴードンに衛星を使わせるために、何て言い聞かせたんです?」
「それは俺とゴードンの男同士の秘密ってやつよ」
「何かしら弱みを握ってるんですね?」
「さぁねぇ……」
ボスは大口を開けて豪快にがはははと笑う。
神明を倒して政権をボスが取って、それで食人という風習をやめさせられる事が出来たら、僕達の生きるこの先は変わるんだろうか。僕と凜々花の未来も明るくなるのだろうか。
いや、変えなきゃダメなんだ。工場に怯えて暮らす世の中だなんて間違ってる。僕は今でも、いつでも食肉になんてなりたくないって思ってる。それに、小さい子供が食肉になったり、美食に溺れた親によって色を売る職業に就かされそうになる世界なんて間違っているんだ。
この食人都市は、変えなきゃいけない世界なんだ。
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