第9話 一仕事終えて

 人を……殺した……。


 この手で、人を、撃った……。


 今朝まで僕は何の変哲もない、ただちょっと生きづらさを感じていただけの十七歳だった。


 父さんから工場行きを命じられるまで、両親の庇護下で安穏と暮らしていたただの学生だった。先生から罵倒される事はたびたびあったし、友達もいなかったけど、それでも僕は僕なりに平和な生活を送っていた。


 なのに……。僕の心は妙に昂っていた。妙な爽快感すらある。


 それはボスも同じみたいで……。


「やるじゃねぇかピュア! 初日から銃をぶっ放せればなかなか漢気があるってもんだよなぁ!?」


 ボスはから手に入れて来たらしいアルコールを流し込みながら興奮気味に捲し立てる。


「お前、あの場から逃げ出すとばかり思ってたぜ! なのによう、一発であの女の頭をぶっ飛ばすんだもんなぁ。見直したぜ!」


 あれから僕達は、ターボシューズの出力を全開にしてその場から逃走した。AI警備会社の職員が到着するリミットまであと一分の所で全てを終わらせたのだ。


「お先にシャワー頂いたわよ~。あ、ボスぅ。そのビール私にも一本ちょうだい」


 ガールは気怠そうに冷蔵庫を開ける。そこには僕が初めて見る瓶ビールが沢山入っていた。


「今日はピュアとボーイの初殺人記念日だ! お前らも飲むか?」

「え……ぼ、僕はまだ……」

「堪忍してくれへんボス! わいらまだ未成年なんやって。なんぼ法の手の及べへん生活をしてるとはいえ、アルコールに手ぇ出すわけにはいきまへんって!」


 ボスはがはははと大口で笑うと、またビールを煽った。そんなにアルコールって美味しい物なのだろうか? 


 実際、僕の家は両親もアルコールを一切飲まない。食べ物もそうだけど、アルコール飲料って凄く高いから一般庶民にはなかなか手が届かない。普段から飲んでるのは、美食家と、それと歓楽街に出入りするならず者達だけだ。


「ボスがアルコールを飲むって意外でした。美食家が好むものは嫌いなんだと思ってました」


 僕の素直な感想だ。ボスは美食家を憎んでいるのに、何で彼らと同じものを摂取するんだろう。


「アルコールと女は知ったら抜け出せないぜ。でも俺は肉は食わねぇ。それだけは絶対に、だ。歓楽街に行けば菓子や甘味もある程度は手に入るが、それも俺は食わねぇな。ただ、アルコールは麻薬と一緒だ。昂ぶり過ぎた感情には染み入るもんなんだよ」


 そう言うと、ボスは飲み終わったらしい瓶をゴミ箱に放り投げた。


「ナイスショット! ボス!」

「だろ? ボーイ。お前もあと数年したら一緒に酒飲もうな」

「堪忍してくれへん~」

「じゃ、俺は寝るわ。お前らもゆっくり休めよ」


 ボスは意気揚々と、瓶を片手にうっとりとしているガールの腰に手を回し部屋に入って行く。


「あ? あれ? あの二人? 同じ部屋に入って行くの? 何で? 寝るんじゃないの?」

「あなたはまだまだお子様ですねぇ」


 博士が眼鏡をくいっと上げて僕の事を呆れた顔で見ている。


「あなた、あの二人を見ていて何も気付かないんですか?」

「何も……って、ガールはボスの彼女なのかなって」

「それに気付いていたら、何故同じ部屋に入って行く事に疑問を持つのです?」

「え? だって……あ、そうか。ボスの部屋は広いんですね!?」

「ピュア! マジかよ自分。十五歳のわいだって何のために二人が同じ部屋に入ったかなんて分かるで!?」


 博士は大きな溜息を吐く。


「さっき殺した美食家が裸で、周りの女どもが薄衣だった理由は分かりますか?」

「うーん……? 肉を食べたら暑くなるのかなって……」

「ぎゃはははは! 自分、闇で売ってるエロ本やら見た事あれへんの!?」

「や、闇で……!? ない、ないよ! あるわけないじゃん!」

「なら、無理もないですね。今時子供は試験管経由で生まれますし、学校でも人工授精での妊娠方法は教えますけど、性交についてはほぼ触れません。普段の性欲についても性欲抑制剤が含まれたサプリを親から飲まされていたならそれを感じる事すらありません。ピュアがを知らないのは、良くない友達もいなかったしこの世界の有り様に何も疑問を持たなかったからでしょう」

「せ、性交? 性欲? 何……?」

「親から離れて性欲抑制剤を飲めへんくなったら、性欲については直に理解できるで」


 蓮は僕の肩を抱いて何やらニヤニヤとしている。


「妙な欲が頭を支配して来たらボクに相談して下さい。ボスじゃダメです。相談して下さい」


 七歳も年下でまだ十歳の博士にこんな事を言われるだなんて、僕はなんて情けないんだ……。


「今日は疲れたでしょう。もう寝て、明日からの活動に備えて下さい。まだまだ殺すべき美食家はたくさんいます。それに、神明に近付くための諜報活動もしなくてはいけません」

「あ……はい……じゃぁ、僕、もう寝ます」

「お休みー、ピュア!」

「お休みなさい、ピュア」


 僕はあてがわれた部屋に向かう。でも、眠れるだろうか。まだ脳が興奮して頭の中心がじんじんと痺れている。


 ボスの部屋の前を通ったら、中からなんだかガールのが聞こえて来た。良く分からないけど、これは聞いちゃいけないやつだ。


 眠れるかな……眠れると良いな……。家以外で眠るのなんて、初めてだ。

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