第2夜 夏の終わりとあなたの幸せ 前編

するだけで体力を奪われるような暑さだったのに、今は窓から入る風が生ぬるさの中に秋の気配を混ぜている。

 ブースに赤いランプが灯り、私の声だけが夜を切り取った。


「こんばんは。“人外相談ラジオ”のお時間です。夏の疲れが一気に押し寄せてくる頃ですが、皆さま元気にお過ごしでしょうか。私は元気ですよ。元気がないと、この番組やってられませんからね」


 冗談を軽く転がし、紙束を指で弾く。静けさの中でカサリと鳴る音は、唯一の返事だ。


「では、一通目。ラジオネーム“遅咲きボッチセミ”さんからのお便りです。タイトルだけでもう切ない。行きますよ」



『こんばんは。私は夏の終わりにようやく地上に出てきたセミです。

 ですが周りの仲間は猛暑で既にほとんど死んでしまいました。地面には空の抜け殻と、力尽きた兄弟の白い羽。

 私は少し涼しくなったおかげで、どうやら2、3週間は生き延びられそうなのですが――その分、カップリングが絶望的です。

 鳴けども返事なし。木の幹にしがみついて叫んでも、隣からの合いの手はありません。

 “真夏の大合唱”という青春を知らずに、私はこのままソロ活動を続けるのでしょうか?

 長生きできそうなのに、逆に寂しさと絶望感が半端ありません。

 私はこの余生を、どう過ごせばよいのでしょうか?』



「……重いなぁ。いきなり重いですよ。セミの余生相談って、番組的にニッチすぎません? でもありがとうございます」


 私は笑いを押し出しつつ、手紙の一文を指でなぞる。


「“2、3週間生き延びられそう”――これ人間界だったら歓喜ですよ。アンチエイジングの権威に祭り上げられる。長生きできて絶望するなんて、セミ界だけの贅沢です」


 ペンをトントンと机に打ち付け、次の一文を拾う。


「“カップリングが絶望的です”――これ婚活パーティーで言ったら即退場ですからね。“寿命あと2週間”ってプロフィールカードに書いたら、マッチング率ゼロですよ。むしろ話題性でテレビに呼ばれます」


 便箋を持ち直し、目を細める。


「“真夏の大合唱を知らずにソロ活動”――いやもうバンド解散後のボーカルか! ソロでやるのも地獄、再結成も地獄。セミ業界も音楽業界も似てますね」


 笑い声がブースの壁に弾んで、またすぐに沈黙に吸い込まれる。


「でもね、ボッチセミさん。あなた、寂しいって言いながら、結構余裕ありますよ。“絶望感が半端ない”とか言ってる時点で文章にユーモアあるじゃないですか。鳴き声にそのセンスを混ぜたらいいんです。

 『ミンミン』じゃなくて『ミン悲しい』とか。『ジージー』じゃなくて『ジー孤独』。流行りますよ、TikTokで」


 便箋を机に置き、深く息を吐く。


「……でも本気で言うなら。あなたが生き残ったのは偶然じゃない。暑さで死んだ兄弟たちの代わりに、季節の端っこを鳴かせるために残されたんですよ。そう考えれば、ソロ活動も意味がある。

 まあ、それでも寂しいと思ったら。木じゃなくて街灯に止まってみてください。夜中に光に集まる虫たち、案外にぎやかですよ。セミ業界じゃ“アフター5”って呼ばれてるとかいないとか」


 口元に笑みを浮かべ、便箋を封筒に戻す。


「――はい、“遅咲きボッチセミ”さん、ありがとうございました。

 長生きは立派な才能です。あなたが寂しさを抱えながらも生きる数日間、それだけで十分に誰かの耳に届いてます。……このラジオみたいにね」


 ペンを置き、紙束の次の封筒に手を伸ばす。


「さて、お次のお便りです。こちらも懐かし系。“座敷わらし”さんから。あぁ、これは後編でじっくりいきましょうか。リスナーの皆さん、気になりますよね? 気になるでしょ?

 だから続きは――後編で。逃げないで聴いてくださいよ、絶対に」


 ランプが赤く瞬き、夜の静けさをさらに濃くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る