第5話 逆理の言葉

街での数日を過ごしたあと、僕は外に出る決意をした。宿の女将によれば、この道をたどれば森を抜けるが、最近は魔物の出没が増えて旅人が襲われることもあるらしい。


「まぁ、行ってみなければ始まらないしな」


梟を肩にとまらせ、僕は城門を抜けた。


森は昼だが木々に覆われている森は薄暗く、湿った土の匂いが濃い。鳥の鳴き声の合間に、不意に耳障りな唸り声が混じった。


低木をかき分け現れたのは、狼に似た獣だった。ただし背は人の胸ほどもあり、牙は鉄のように鈍く光っている。


「魔物、か」


獣は唸り声をあげて飛びかかってきた。僕は咄嗟に身をかわすが、地面に牙が食い込み、土が抉れる音に冷や汗が走る。


「どうする、、?」


武器もない、だが女神の言葉が脳裏をよぎる。


――「魔法については自分で確かめるといいわ」


息を吸い、言葉を吐き出す。


「攻撃とは、すなわち守りである」


その瞬間、世界がひっくり返るような感覚が走った。魔物の爪が振り下ろされたが、僕の腕の前で見えない壁に阻まれた。火花のような衝撃が散り、攻撃は逆説によって「盾」へと姿を変えたのだ。


(これが……逆理魔法、パラドキシア)


 言葉にした矛盾が、現実を変える。


 魔物が怯む間もなく、僕はさらに言葉を重ねた。


「進めば進むほど、後退する」


 獣は前へ飛びかかるが、足がもつれるようにして強引に押し返され、元の位置よりもさらに遠くへ吹き飛ばされた。驚愕の声を上げ、森の奥へと逃げていく。


 静寂が戻った森で、僕は大きく息を吐いた。


「……これは、使い方次第で危険にもなるな」


 梟が羽ばたき、枝に止まる。その瞳はまるで「それをどう使う?」と問うているように見えた。


 そのとき、背後の闇が揺らめいた。人の形をした影が一瞬、立ち上がるように現れ、やがて霧のように消える。


 ぞくりとした感覚が背骨を走る。


(あれは……理念具現、イデア・フォルム……?)


 まだはっきりした姿は見えない。だが、僕の中の何かが反応し始めているのは確かだった。


「哲学者の旅……か。まだまだ、これからだな」


 そう呟き、僕は再び森の奥へと歩みを進めた。

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