口裂け男の作り方

アベ ヒサノジョウ

第1話

 まず、死んでも良さそうな女を三人選ぶことにする。

 ここで気をつけなければいけないことは、僕から適度な距離感の女を選ばなくてはいけないことだ。近すぎれば足がつくし、遠すぎれば監視が難しくなる。僕がプロデュースする最期は完璧に遂行されなくてはいけない。


 適度な距離感の女と考え、ふと、僕の脳裏に浮かび上がる顔があった。花北 舞はどうだろうか。先週の飲み会で偶然出会った女だ。僕の所属するI T会社と、彼女のコンサルティング会社が、共同して出資するイベント開催に向けて懇親会が行われた。懇親会とは名ばかりで、互いの会社の出方を探り、牽制を目的とした心底、辟易とする会であった。その場でひときわ若く、声がデカイのが花北であった。

「私、田舎出身で、東京とかよくわからなくてぇ。上島さん、今度、教えてくださいよぉ」

 花北はアルコールで赤らんだ頬で、僕の直属の上司の上島 直樹に、上目遣いで媚びを売っていた。酔いが回りトプンとした目であったにもかかわらず、上島がこの中で一番の権力を持つと見抜いた力を見るに、赤らんだ頬も化粧による偽装ではないかと思えていた。

「花北さん田舎出身なんだ。どんなところだったの?」

 上島は花北の誘いをサラリとかわし、爽やかな笑みを浮かべ彼女に質問した。花北は気にする様子もなく、口元に人差し指を当てて思案する素振りを見せる。

「うーん、本当に何にもないところで…家と畑と森と、老人ばっか。あと、虫ねぇ」

 花北は隣に座っていた吉沢 美里の肩を叩き、同情を求めるかのように笑みを向けた。吉沢の方も、酒の力で普段は固そうな表情を綻ばせて頷く。

「でも、ほら。舞のところで怖い噂あったじゃん。この前、話してくれたやつ」

「ああ、都市伝説ねー。都市じゃなくて、クソ田舎の話だけど」

「へーどんな話?」

 上島は立て続けに、花北に尋ねた。上島と会話ができることが嬉しいのか、花北は上機嫌で話を続ける。

「えーと、ですね『口裂け男』の話なんです」

 その瞬間、手から力が抜けた。ガタンと大きな音を立てて、目の前のグラスが倒れる。幸いにも、グラスに4分の1ほどしか残っていなかったビールは、近くの皿の底面を濡らす程度でとどまった。

「おーい。何やってんだよ、萩野」

 右隣に座っていた三浦 健介が、慌てて飲んでいた自分のグラスを横に避ける。

「あらぁ、大丈夫?なんか、拭くもの貰おっか。すみませーん」

 向かいの吉沢は、テキパキとした行動で店員を呼び、布巾を持ってくるように伝えた。

「…すみません」

 僕は頭を下げ、おしぼりでテーブルを拭いた。元々水分を含んでいたおしぼりでは、十分に液体を吸い込まなかった。苦笑いを浮かべる上島と、話のコシを折られたことに不満を見せる花北であったが、僕の頭の中はそれどころではなかった。

 まさか、こんなところで『口裂け男』の名を聞くことになるとは思ってもいなかった。まして、その話を語ろうとする人間がいることも意外だった。なぜなら僕の地元でもその話には箝口令が敷かれており、二十年以上が経つにも関わらず、誰もその話を語らないからだ。嬉々として他人に話すなど到底受け入れられるものではない。とはいえ、自ら好んで話そうとするのだから、彼女が知っている口裂け男は別なものかもしれない、が。

「それで、花北さん。口裂け男って…」

 上島が花北に視線を戻し尋ねる。

「やめろ」

 僕は思わず口にして、ハッと我に返る。慌てて口を抑えたが、その言葉は皆の耳に入っていた。ここまで大した言葉も発しない陰湿な自分が、急に棘のある物言いで女子社員を黙らせたのだ。周囲が驚きの表情を浮かべたまま固まっている。

「お待たせしました。布巾になります」

 店員が暖簾から顔を覗かせ、笑顔で布巾を持つ右手を差し出していた。吉沢がゆっくりとそれを受け取ろうと手を伸ばした時、僕は立ち上がった。

「すみません…ちょっと外の空気を吸ってきます」

 店員の脇を抜け、店の外に出る。僕の脳内で沸き立つ思考が、頭を貪欲に支配していた。かつて何度も思い描き、その度に断念していた黒々とした思い。口裂け男という存在は、下世話な居酒屋の片隅で、定かではないまま噂されていいような存在ではないのだ。

「完璧な『口裂け男』を作らなければいけない」

 誰に言うでもなく、胸に灯る漆黒の炎にくべるかのように言葉を紡いでいく。

「僕が、都市伝説を作らなければ———いけない」

 握りしめた掌に、怒りのような黒々とした殺意が流れていった。



 しかし、花北を殺し、口裂け男の都市伝説を作る計画は断念した。理由の一つは、飲み会での一件で会社の人間にも印象に残ってしまったことを恐れた為だ。このまま彼女を殺害した場合、口裂け男の崇高な殺人は、ただの酔っ払った男のおかしな妄想として処理されてしまう。

「それは良くない」

 インターネットの掲示板を漁りながら呟いていた。先ほどからインターネット検索で『自殺サークル』『死にたい人 募集』などといった言葉で検索しているが、目ぼしい情報は見つからない。XなどのS N Sでも検索を試みるが、検索内容のトップに出るのは自殺志願者に対するメッセージが多く、家族への相談を呼びかけるものや、心のケアを目的とした行政機関への相談を勧めるものばかりだった。S NSでの検索を進めても、嘘か本当かわからないファッションとしての自殺志願者ばかりで、こちらからアプローチをかけるにはリスクが高すぎる。












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