逢魔時商店街

水鏡 玲

第1話【入口】

 紅葉の下に立ち、待ち人の姿が見えないか僕は辺りを見渡す。

 頭上の紅葉が風に吹かれて揺れる。

 終わらない秋。

 終わらない夕暮れ時。

 この先に広がる商店街……逢魔時商店街おうまがときしょうてんがいは、この世とあの世の狭間に存在する異界だ。

 僕はその商店街の案内人。

 名前は壷霊こりょう

 この世の人間に当てはめたら、きっと高校生くらいなんだろうな。

 紅葉の木の下へと続く飛び石の道の向こうから、誰かが近づいてくる。

 1人の女性だった。

 佇む僕を見つけ、軽く頭を下げてくる。

 あの人だ。

 茶色く染めた髪を2つに結い、アイボリーのニットワンピースを身に纏っている。黒色のタイツに、同じく黒色のショートブーツ。茶色バッグを肩からかけている。

 僕も頭を下げる。

「はじめまして。逢魔時商店街の案内人をやっています、壷霊といいます」

 僕の後ろの景色が揺らぎはじめる。

 待ち人と出会ったことで、逢魔時商店街への入口が開いた。

 果てなく続くように見える、夕暮れ時の商店街。

 人なのか妖なのか、多数の影が行き交う。

 「あのぉ……本当に行くんですか?」

 僕は待ち人へとそうたずねる。

 行きは良い良い帰りは怖い……というやつだ。

 入り込んだら簡単には戻れない。

 もしも僕とはぐれたら……きっと永遠に戻れない。

 出入り口は2つ。

 此方こちら側と彼方あちら側。

 彼方側に出たが最後……いや、最期。

 広がるのは三途の川。

 振り返っても、戻る道は消えている。

 そのため、必ず本人の意思を確認する。

 彼女……菊野リサさんがしっかりと頷くのを見て、僕も心を決める。

「それじゃあ、行きましょうか」

 夕闇に包まれた商店街へと、僕は足を踏み入れる。

「そうだ、まずは僕のことをお話ししておきましょうか」

 商店街を歩きながら、僕は話し始めた。


 僕の名前は壷霊。

 名前の由来は、僕が古い壷に封じられていたから。

 何故封じられていたのかって。

 僕が悪い子だったからですよ。

 生まれた時から悪い病気を持っていたんです。

 その病は人々に伝染し、村を滅ぼす。

 お寺の和尚さんにそう言われた両親は、呆気なく僕を殺しました。

 まだ生まれて数年の僕を。

 そして、無念を持った怨霊として更に悪さをしないようにと、亡骸を壷に入れ、封印の札を貼られ、人里離れた山奥の滝壺に放り込まれました。

 泣き叫ぶことも出来ずに、僕は滝壺の底で長い眠りにつきました。

 どれくらいの時が経ったのかは分かりません。

 ある時突然、周りが騒がしくなったんです。

 封じられていても、外の気配は分かります。

 何が起こっているのか理解できないうちに、ボロボロになった封印札が剥がされて壷の蓋が開きました。

 壷の中身は空……そのくらい長い長い時間が経ってしまったんですね。

 壷の中に遺っていたのは、目には見えない僕の魂だけ。

「なんだよ。空っぽじゃんかよー」

「誰だよ。お宝が眠ってるだなんて言った奴」

「つまんねーの」

「だから言ったじゃないですか。やめようって」

 そんな会話が聞こえました。

 次の瞬間、激しい衝撃と音と共に、僕が封じられていた壷が叩き割られました。

 解放されたのと同時に、僕が戻る場所は無くなりました。

 穏やかな眠りだったのに……静かな時間だったのに……それらを一瞬で壊されてしまったことで、僕はその時初めて激しい怒りに襲われました。

 気づいたら、4人いた少年たちのうち、3人が滝壺に浮かんでいました。

 そして、僕は1番気弱そうな子に取り憑きました。

 それが、この子です。

 そう、今の僕の姿。

 体も顔も声もそのまま貰っちゃいました。

 はい、僕はこの世の人間ではありません。

 この子の魂ですか?

 どうなったんですかね。

 もしかしたら、今もあの滝壺の辺りを彷徨っているかもしれないですね。

 さぁ、そろそろ最初のお店に着きますよ。

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