五話 瑠璃姫

「珠江ちゃん。私たちがいるこの世界にはね、瑠璃姫様というお方が見そなわすことによって存在することが許されているの。その瑠璃姫様は太古の時代、それこそ私達と人間が共に地上で暮らしていた神代かみよの時代から世界を見守り続けてこられた尊いお方。私たちカミは瑠璃姫様と色々お話ししながら、今後の事をどうしようか〜って、相談してたのね。そしたら、彼女はこのままでは世界が保たない。世を建て直し、幸せに満ち溢れた世界に作り替えたい、そうお話しされたの」


「なんともまた、壮大なお話で・・・」


「人間は欲をかきすぎると、すぐに自然を破壊したり、諍いを起こしたりしちゃうけど、あれらは瑠璃姫様にとってはとても困るのよ。自分の事しか考えられない人間ばかりが増えて世が乱れると、世に穢れが溜まりに溜まって浄化も追いつかないし、瑠璃姫様の苦しみも今頂点に達しようとしていて、だからのっぴきならない状況なのよ〜」


「苦しみですか・・・。ちなみに瑠璃姫様の苦しみが頂点に達すると何が起きるんですか?」


「穢れ荒んだ世界では清廉な瑠璃姫様は存在することができません。あまねく世界に調和と均衡をもたらす瑠璃姫様がお隠れになれば、世界はその形を保てなくなるわ。つまり、世界の破滅よ」


「世界の破滅ですか?!」


「そうよ。瑠璃姫様がお隠れになると天変地異が起きてしまいます。人類は過去三回は経験してるわね〜。世界中が火に包まれたり、大洪水で流されたり、氷河期みたいになって凍りついたりで」


「三回も?!ってことは私達四度目の人類?!」


「しかも、今回の世の建て替えに失敗すると、人類のほとんどが死滅し、生き残りも原始時代のそのまた昔からやり直すことになります」


「絶滅寸前じゃありませんか!!」


「珠江ちゃん、反応が面白いわ〜」


 コハクは袖で顔を隠しクスクスと笑うが、人間からしたら洒落にならない話ですぜ。


「でも、この世界が割りと危機一髪な状況なのは覚えていてね。カミも瑠璃姫様も、世界を守りたいのよ。そのために、人間の想念で穢れた世界を浄化し、世を建て直さなければいけません」


「私、てっきり神様の存在を広めればそれでいいのかと思っていました・・・」


「珠江ちゃんはそれでいいの。それがあなたの役割だから。此度の世の建て替えは、草の根運動でもあると思ってもらえればいいわ。カミと共に一緒に世界を立て直すには、より多くの人間の手伝いが必要なの。だkら、あなた以外にも、いろんな分野で人や組織に声をかけているのよ。あなたも会ったことがあるんじゃない?」


 つい先日会ったばかりだ。八咫烏の人達だ。てっきり都市伝説かと思ったら実在していたとは思わなかったけれど。


「珠江ちゃんはカミの存在を広めることができる。そして、旅慣れもしているからミナモと一緒に日の本を回って、私達カミのことを物語にして私達の存在を世に広めて欲しいの」


「なるほど、それが私のお役目ということなんですね」


「そういうこと〜。よろしくね」


「コハクも私も、何かあれば駆けつける用意はできている。困った事があったら頼ってくれ」


「はい、よろしくお願い致します」


 二柱に手をつけ深々と座礼する。コハクとハヤテから今後の旅の方針もいただいたし、私とミナモは神社を後にした。コハクもハヤテもわざわざ正面の大鳥居まで見送りに出て、私たちを送り出してくれた。


「さて、ミナモさん。次こそ私の家に帰ろうと思うんだけど、それでいい?」


 ミナモはニヤニヤと私を見ている。この顔、まさかまだ寄り道をしていく羽目になる予感が。


「珠江よ、ここまできてあの地に立ち寄らねば後悔するぞ」


 ほれ来た。やっぱりまだどこかに寄るつもりだ。


「それもお役目なの〜?そろそろおうちに帰りたいんだけど」


「安心しろ。ここからなら家への道すがら寄れる場所に行く。それに、カミの存在を知らしめるのであれば、日の本の総氏神様に会いにいかねばなるまい」


 そうだ、日の本の神々の中でも最も有名なあの女神様がいた。日の本の人間なら神様に詳しくなくても聞いた事があるくらい有名なあの女神様。太陽の女神・・・。


「あっ!そうか・・・伊勢があった」


「その通り!ここからなそう遠くはないだろう。さぁ行くぞ!」


「いや、そこそこ距離あるし」


 キョトンとしたミナモを捨て置き、私は冷静かつ沈着に車のナビを設定する。高速で行けば二時間もあれば到着するが、空を見上げればほのかに夕陽が差し込み始めている時間帯だ。ひとまず夕食の事と今日の寝床を考えた方がよさそうだ。


「ふむ、そうか。やはり車に乗っていくとなるとそれだけ時間がかかるか。普段は空を一っ飛びだから気が付かなかった」


「左様ですか。まぁ、のんびり景色見ながら行きましょうや。ちなみに、今から伊勢に向かうだけなら夕方には着くけど、神宮にお参りするならまた一泊する必要があるから、宿を探そうと思うけど、それでいい?」


「宿?別に取らなくていいだろ。この車に寝ればいいではないか」


「あんたねぇ・・・。こちとら八咫烏にも釘刺されているんだから、こちとら気を使うんだからって・・・あんた、なに?拗ねてんの?」


 助手席に乗っているミナモは膝を抱え恨めしそうにこちらを見てぶーたれている。宿に泊まるのが不服らしい。どういうこと?


「・・・車で寝たい」


「あん?」


「私は、車で寝てみたいの!」


 思いがけない言葉に、今度は私がキョトンとしてしまった。神のくせにそんな貧乏くさい旅でいいのか?


「あの〜ミナモちゃん。仮にも神様なんだから、もう少しちゃんとしたところで寝泊まりした方がいいと思いますけど」


「そんなの関係ない。私は珠江とこの車で寝泊まりしてみたいの。だって楽しそうではないか押入れで遊ぶみたいで」


 神は押入れで遊ぶのか。そんな疑問が浮かんだが、それ以上に、ぐっと来てしまった。なんせ、私は車中泊が好きな人間。世間や親は、私のこの趣味を貧乏くさいと言うがとんでもない。好きな場所で好きな時に寝れる。そして、目が覚めて車のドアを開けたらそこには素敵な景色が広がっている。そんな旅ができるのが車中泊だ。


 もちろん浮いた宿代で旅が充実するし、旅に行ける回数も増やす事ができるから、気軽に遠出ができる車中泊の旅は趣味と実益を兼ねた私の娯楽というわけだ。


 ミナモという龍神が旅のお供である以上、気を遣って旅をしなければと思っていたが、当の神様たっての願いならば、八咫烏からも文句は言われまい。


「仕方ないわね。それじゃあ、私チョイスで車中泊場所決めるけど、それでもいい?」


「うむ!良きに計らえ!」


「元気がいいことで」


 私はエンジンをかけ、車を出す。時間も時間なので、さっさと高速に乗り、伊勢へとひた走ることにした。伊勢に向かう高速道路は平野から離れた山側をぐるりと周りこみ伊勢まで伸びている。


 車中泊地に私が選ぶのはもっぱら道の駅や高速のパーキングエリアやサービスエリアだ。というのも、治安の問題もあるが、そもそも車中泊はそれ自体がグレーな行為であることは忘れてはならない。やたらと車を停めるのは論外だし、公園でやるにしろ車中泊できたとしてもそれは管理、運営側に見逃してもらっているに過ぎない。


 それは道の駅であろうと高速であっても同様。それゆえ、自身の振舞いには十分気をつけてつけなくてはいけない。そんなようなことをミナモに説明しつつ、一路伊勢へと向かうのであった。

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