正常な聖女の聖杖と正常じゃない奴ら

じゃじゃうまさん

正常じゃない村

死んだ。

死んでしまった。

いつも通り生きていただけなのに。

会社通勤中に死ぬなんて。

会社への説明はどうしようか…いや、死んでるから無理かな。


死んだな。

何も見えないし、匂いもしない。聞こえないし、味もない。

別に元の世界とかに未練もないしな。そこまでショックもない。

あの世界が嫌いなわけでも、生きづらかったわけでもないけど…


でも意外だな。こんなに何もないのか、死後の世界。

人間は死ぬとどうなるかとか、中学の頃は本気で考えてたけど、か。

『こんなもんとはひどいなぁ。死後の世界は退屈かい?』

え、誰でしょうか?

『救世主って言ったらわかるかな?』

…こういう時って神様とかじゃないんですかね。

『神様は世界の管理で忙しいんだよ。こんな田舎死後の世界に来てくれるほど暇じゃないのだよ。』

神様じゃなくても、閻魔大王とか、ハメハメハ大王とか、デデデ大王とか。

『…まぁ、神様じゃないよ。わたくしは救世主さ。』

こういうキャラの一人称は僕とかじゃないのか?

まぁ構わないさ。異世界転生させてくれるんだろ?

『…躊躇とかないの?生き返りたくないの?』

サラリーマンより異世界の方が楽しそうじゃん。

『…わかった。ほんとは地獄送りにしてやりたいけど。』

…救世主なんだよね?

『異世界と言っても…世の中には異世界が腐るほどあるし…』

魔法とか使いたいな。

『といっても…実は、魔法使える異世界なんてほとんどないんだよ、あたりまえだけど。』

…はぁ。

『あ、ちょうど今から子供が一人生まれる異世界があるよ。女の子だけど。』

魔法使える感じ?

『…ほんとに躊躇がないな…。ここら辺もしアニメになったら絶対退屈だよ?もっと君の持論とか自己紹介とか情景描写しないと、尺とれないよ。』

そんなものはどうでもいい。今からこんな場所抜け出すんだし。

転生したら…そうだな、火の魔法とか使いたい。大剣も使いたいし…女体化できるドラゴン手なずけたり…

『…ほんとにいいの?』

だから、ここの描写はもうしないって…

雪子ゆきこちゃんへ、プロポーズ。しないのかい?』

…できないだろ、もう。てかなんで知って…

『そりゃわたくし救世主だしね。…まだわたくしの救世主パワーで後戻りはできるよ。後戻れるし、死に戻れる。君が死んだ、交差点から。』

…でも…

『どうするんだい、周一しゅういちくん。幼馴染で、交際4年目で、君と食べるクレープが大好きな、揺木ゆらぎ雪子ゆきこちゃんへのプロポーズは。指輪、買ってあるんだろ?』

…いいんだ、異世界に行けば、きっと恋人も出来て、雪子のことも忘れて…。

『…君、きっと後から雪子ちゃんも異世界に来るとか思ってるんだろうけど。そんなことないよ。第一この転生の機会もレアケースなんだ。わたくしも実際自分で転生させるのは君で三人目だし。』

…俺が転生するところに、ほかの転生者は?

『いないよ。』


『いない。君だけだよ。そうだな、君の前世の経験でも活かして無双してくればいいんじゃないかな。雪子ちゃんの事なんて忘れて。』

『早く選べよ、周一くん。そろそろ君の魂をどっちか現世か異世界に移さないと、君自身が崩壊しちゃうんだよ。』

…俺は…



雪子は、いい奴だった。かわいかったし、優しくて、酔うとすこしデレデレしてて…綺麗で…それに、こんな俺でも好きでいてくれたし。否定しなかったし。でも朝帰りした日には説教してくれたり…


あっち異世界で死んだら、今度はあっち現代に帰りたい。いいか?」

『欲張りだね。…そうだね、現代での一秒が異世界での994年ほどだから、君が200歳で死んでわたくしのところに来たとしても、後戻りはうまくいくかな。』

『ほら、それなら早くいかないと。こっち死後の世界での時間経過は、現代と同じくらいだからね。』




死んだ。

確かに俺は死んだ。

会社前で転んで、トラックに潰されて。

雪子への指輪も渡せなかった俺だけど。

異世界に行って、現代に戻りたいなんて言うような俺だけど。

「…なんで、こんな傲慢な提案を受けてくれたんだ?」

『…言ってなかったが、タダじゃないぜ。条件がある。』

「…魔王倒すとか?」

『そうだね。わたくしたちから世界に手を出すのは基本タブーだからね。そう、倒してきてほしいんだ、魔王を。そしたらまた現代に戻してあげよう。』

「なるほど。女の子の状態で魔王退治か…まぁ、きっと無双できるだろうし大丈夫か。ちなみに転生特典はあるのか?」

少しずつ、体がここじゃないところに行く感覚が全身にめぐる。きっと、この体自身は肉体と呼べるものではなく、魂みたいなもんなのだろうが、すこし気持ち悪い感覚だ。意識も朦朧としてきて、眠気がする。

結局情景描写しちゃってるな。

『この杖だよ。題してカルカロスの聖杖。大きさを君の自由に変えられる。』

「…杖の大きさを変えるだけって…えぇ…」

『もらえるだけ感謝してほしいな。とにかく、がんばってね、周一くん。』


光が全身を包む。五感が情報を脳に伝える。匂いは…木のようなにおい、血の匂い…出産直後か。異世界なのが分かるくらい、空気の質が違う。重厚感と言うか、元素以外の何かが流れている。多分これがゲームとかのなのだ。

今日から始まる、女の子としての生活に、ワクワクとドキドキが止まらない。

魔王を倒す…俺にできるのか?

とにかく、しばらくは魔法を覚える期間にしようか。そもそも俺が魔法を使えるかどうかも怪しいし。

赤子のうちは視力が低いという話を聞いたが、本当のようで、マジで何も見えない。石のような建物…きれいな色がぼんやりと見える。ふと、周りの大人たちがこちらをみながら何かを話しているのが分かる。あまりにぼんやりしているため、正直見ているというのも限られた情報から考えた推測なのだが。


「つ+^め‘めよ⁼」

「とと!に<+‘‘‘くこ」


それにしても、あいつらが話してるのは何語だ?異世界語なら、早いうちに覚えないとな。

…そういえば、こういう時は泣き声を上げないとだめなんじゃ…

息を吸おうとしたとき、顔に手が振りかざされる。すこししわが多く、老人の手だろうか?…まさか殺される…?


「え‘*わ:`く;」


やさしい老人の声がした瞬間、目の前に緑色の光が。まさか、これが!?なんだか体が軽くなった気がする。手が離れていく。


ぼんやりとなんかしてない。ハッキリと、建物の造形、ガラスの色や模様もよく見える。

会話の内容も、なぜかわかる。理解できるし、意味も伝わる。

「こんにちわ…」

「はい、こんにちわ。リールの適応が早いですね。さすがです。」

すごい、会話ができる。まさかこれが魔法の効果?えげつないな。これなら言語習得に裂く時間も減らせるし…



「はい、あなたはこの村の聖女となるのです!我々をへと導いてくださいませ!」

皆が笑顔でこちらを見つめる。

期待、希望に願望が混じった視線に吐き気を覚える。

期待されることが嫌いなわけではない。どこか、洗脳しようとしているような、そんな思想が透ける。

これは比喩ではない。本当に、相手が何を考えているかが、頭に流れ込んでくる。

「…なに、考えてるんですか?」

「おぉ、まさかまで持っているとは!やはりあなたは聖女様にふさわしいです!」

「…質問に答えてもらえてないのですが…」

「答えるつもりもないですから!聞きたいなら、聖女様のプラススキルで頭を覗いてみては?」

気味の悪い笑顔の老人が持っている大きな杖を見る。

歩行の補助に使うような杖ではなく、老人の背丈ほどある杖だ。

赤い紋様が浮かんでおり、魔法の杖なのか?かなり奇妙だ。

老人が手をあげると、周りの人間が息を吸う。

「「「聖女様万歳!聖女様万歳!」」」


全員が、俺を物のように見ている

救世主様とやらに近づくためだけの存在、人間とすら思ってない奴がほとんどだ。


異世界転生。この奇妙な村から始まる。

このおかしい村から、正常じゃない村から始まる、

物語。

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