レベル1の亀、最強になる~動かない俺が世界救うってマジ?~

匿名AI共創作家・春

第1話

目が覚めたら、甲羅を背負っていた。

いや、甲羅そのものになっていた。

​「…は?」

​28歳、大和翔。

ついさっきまで、居眠り運転のトラックにはねられて、人生の走馬灯を見ながら「マジかよ」と呟いていたはずだ。そのはず、なのに。

見慣れない硬い石畳に、見慣れない巨大なキノコ、そして目の前で、巨大なゴブリンが棍棒を振り上げていた。

​グォオオォォォ!

​ゴブリンの咆哮が耳をつんざく。

慌てて逃げようにも、手足が短い。必死に動かそうとするが、甲羅の重さに加え、どうにも動きが遅い。一歩進むのに三秒かかる。

なんとか数センチ這ったところで、ゴブリンの棍棒が頭上に迫る。

死んだ。そう思った。

​ドォォォン!!

​棍棒が甲羅を叩きつけた。

しかし、痛みはない。いや、全くないわけではないが、衝撃はまるで分厚いクッションに包まれたようだった。

ゴブリンが驚きに目を見開く。

もう一度、ゴブリンが力を込めて棍棒を振り下ろす。ドォォォン! ドォォォン!

しかし、その度に鈍い音が響くだけで、甲羅には傷一つついていない。

いや、どころか、ゴブリンの方が疲れてきたのか、息が上がっている。

​「ハァ…ハァ…なんやこの亀…」

​ゴブリンが疲労困憊の様子で棍棒を投げ捨て、その場にへたり込んだ。どうやら、攻撃が全く効かないことに絶望したらしい。

その場に残されたのは、レベル1の亀と、ゴブリンの死体(精神的な意味で)。

​その様子を、物陰からじっと見つめている者がいた。

ツンツンした銀髪の少女が、眉をひそめてこちらを見ている。

「なんや、あの亀…」

少女は腰に下げた剣に手をかけるが、ゴブリンが倒れたのを見て、そのまま立ち尽くした。

警戒はしているようだが、敵意はなさそうだ。

彼女が僕の方へゆっくりと歩み寄ってくる。

​「あんた、なんでゴブリンに殴られても平気やったん? …ていうか、ほんまにただの亀やな」

​呆れたような、不思議そうな、その関西弁の口調。

彼女が僕の目の前にしゃがみ込む。

なんだか、彼女の目には、僕が「ただの亀」として映っているようだ。まあ、事実、亀なのだが。

この異世界で、僕は動かないことで生き延びた。そして、最初に出会ったのは、どうやらこのツンデレな剣士らしい。

​僕、大和翔。レベル1。

職業は…たぶん、最強の盾。




僕の前にしゃがみ込んだ銀髪の少女は、眉間にしわを寄せて僕の甲羅をじっと観察している。まるで、僕が本当にただの亀なのか、それとも何か恐ろしい化け物の変装なのかを確かめるかのように。

​「…ふーん。レベル1。スキルは『超絶防御』…なんやそれ。なんにも攻撃できへんやん」

​少女が持っていた半透明の板、たぶんステータスボードとかなんだろう、を覗き込む。彼女の視界には僕の能力値が見えているらしい。レベル1。うん、それは知っている。しかし、『超絶防御』? なんだかすごい名前だ。

​「なぁ、あんた。なんでゴブリンに殴られても平気やったん? 普通の亀なら甲羅ごと砕け散ってるで。ま、普通の亀なんて見たことないけど」

​彼女の問いに答えることはできない。僕は「え、いや、それは…」と心の中で言葉を探すが、口から出るのは「フシュー…」という空気の漏れるような音だけだった。そうか、僕は人間だった時の言葉を喋れないのか。なんて不便なんだ。

​「無視か。生意気な亀やな」

​少女はムッとした表情で立ち上がり、腰の剣に手をかけた。剣の柄には、まるで雷のような文様が彫られている。

​「まぁええわ。こんなとこにいると、次の魔物が来る。あんた、あたしについてきい」

​「フシュー?」

​ついてきい、と言われても。一歩進むのに三秒だ。全速力で動いても、少女の歩く速度にすら追いつけない。いや、そもそも僕には選択肢がない。

少女は僕の頭をひと撫でしてから、スタスタと歩き始めた。当然、僕はついていけない。彼女は数歩進んでから、振り返り、ため息をついた。

​「…あーもう、しゃーないなぁ」

​彼女は再び僕の元に戻り、僕の甲羅を掴んだ。

​「ちょっと我慢しいや。……行くで!」

​ぐいっと持ち上げられたかと思うと、僕は宙に浮いた。そのまま、彼女の腰に括り付けられた鞄に、すっぽりと収まった。

​まるで、お土産のキーホルダーか何かみたいに。

​僕は、最強の防御力を持つ亀。そして、最強のツンデレ剣士と出会った。

この異世界での僕の旅は、どうやら始まったばかりのようだ。

僕は、僕の甲羅を揺らす彼女の体温を感じながら、静かに、ゆっくりと、次の冒険へと向かうのだった。


僕は、ツンデレ剣士・リヴィアの鞄の中で揺られていた。

彼女が歩くたびに、体が上下に揺れる。まるで、ジェットコースターの穏やかなバージョンだ。

視界は狭いが、時折見える外の世界は、僕が知っている日本のそれとは全く違っていた。巨大な木々が空に向かって伸び、見たこともない奇妙な花が咲いている。風に乗って、甘いような、それでいてどこか土臭いような匂いが運ばれてくる。

​(マジか、異世界転生…本当に転生しちゃったのか…)

​トラックにはねられた衝撃は、もはや遠い記憶だ。今の僕の体は、この小さな亀の体。

でも、なぜか不安はなかった。

最強の防御力、らしい。

そして、この銀髪の少女が、僕を「お持ち帰り」してくれた。

リヴィアは道中、独り言を呟いている。

​「…まったく、こんな亀拾うなんて、あたしもどうかしてるわ。でも、あの防御力、絶対なにか使えるはずや…」

​彼女は、僕をただのペットとして扱っているわけではないようだ。僕の能力に何か価値を見出している。そのことに、少しだけ安堵した。

それからしばらくして、彼女の足が止まった。

​「着いたで。ここが、あたしの拠点や」

​リヴィアは僕を鞄から取り出し、地面にそっと置いた。

目の前に広がっていたのは、小さな木造の家。入り口には『リヴィアの冒険者事務所』と書かれた看板がかかっている。

家の中に入ると、中はシンプルながらも整理整頓されていた。壁には地図が貼られ、テーブルの上には読みかけの本が何冊か置かれている。

リヴィアは僕をテーブルの上に置くと、水を汲みに行った。

​「あんた、お腹すいたんちゃう? …って、亀が何食うかわからへんけど」

​そう言いながら、彼女は小さな木皿にレタスのような葉っぱを乗せて僕の前に置いた。

彼女は僕のことを、本当にただの亀として扱っている。それは、なんだか少し面白い。

僕は葉っぱに顔を近づけてみる。見た目はレタスだが、匂いはほんのり甘い。恐る恐る一口かじってみると、シャキッとした食感とともに、口の中に優しい甘みが広がった。これは、結構いける。

​「…ふーん、食べるんやな。あんた、ほんまにただの亀みたいやな」

​彼女は僕が葉っぱを食べるのを見て、少しだけ表情を和らげた。

その時、ドアがノックされた。

​「リヴィア、いるか? 魔物の討伐依頼だ!」

​男の声が聞こえる。

リヴィアは僕を見て、少し考えた後、ニヤリと笑った。

その顔は、まるで何かとんでもないアイデアを思いついたようだった。

​「あんた、今日からあたしのパートナーや。最強の盾、よろしくな」

​僕は葉っぱを食べながら、「フシュー」と返事をした。

彼女は僕をパートナーと呼んだ。

レベル1の亀と、ツンデレ剣士。

僕たちの奇妙な冒険が、今、本当に始まるらしい。


僕はリヴィアの鞄に再び揺られていた。

今回の目的地は、町の東にある森。依頼内容は、森の奥に住み着いたコボルトの討伐だという。リヴィアの言うには、コボルトは集団で行動するため厄介らしい。

​「…まあ、今回はあんたがおるからな。楽勝や」

​リヴィアはそう言って、僕の入った鞄を軽く叩いた。

その自信に満ちた口調に、少しだけ胸が高鳴った。僕の『超絶防御』が、本当に役に立つのか。

森の入り口に着くと、リヴィアは僕を地面にそっと置いた。

​「いいか。あんたはここでじっとしてろ。あたしはコボルトをおびき寄せるから、あんたは動くなよ」

​動くな、と言われても、そもそも動けない。

僕は「フシュー」と短く返事をした。

リヴィアは僕の頭を撫でると、剣を構えて森の中へと消えていった。

​…静寂が訪れる。

僕はその場でじっとして、周囲の気配を探った。風の音、鳥のさえずり、そして、だんだんと近づいてくる小さな足音。

ガサッ、ガサッ、ガサッ……。

草むらの奥から、数匹のコボルトが現れた。

彼らは人間の子供ほどの大きさで、犬のような顔をしている。手に持った木製の槍を構え、警戒しながら僕に近づいてきた。

​「グルルル…これはなんだ? 亀か?」

​コボルトの一匹が、僕を指差して仲間に話しかけている。

その瞬間、リヴィアが彼らの背後から飛び出してきた。

​「お待たせさん! かかってきなさい!」

​リヴィアの剣が閃き、コボルトたちは一斉に彼女に襲い掛かった。

しかし、リヴィアの剣技は流れるように鋭く、コボルトたちの槍を次々といなしていく。

それでも数で劣る彼女は、少しずつ追い詰められていく。コボルトの一匹が、リヴィアの隙を突き、僕に向かって槍を突き出した。

​「まずは、この亀を潰すグル!」

​狙われた。

僕はとっさに首と手足を甲羅に引っ込めた。

ゴッ! という鈍い音とともに、槍が僕の甲羅に突き刺さる。

…だが、感触はゼロだ。いや、むしろ槍の方が折れた。

​「…なっ!?」

​コボルトが驚いて目を丸くしている。

その隙を、リヴィアは見逃さなかった。

「今や!」

リヴィアの剣がコボルトたちを次々と薙ぎ倒していく。僕の防御力を利用して、敵の隙を作り出す。これが、彼女の考えた戦術だったようだ。

コボルトたちは、僕に攻撃しても無意味だと悟ったのか、僕を避けてリヴィアに集中し始めた。

​「フシュー!」

​僕は無意識に、大きな音を出した。まるで、僕の存在をアピールするかのように。

コボルトたちは再び僕に気を取られ、その隙にリヴィアが最後のコボルトを倒した。

​「はぁ…はぁ…。やるやん、あんた」

​リヴィアは僕の横に座り込み、汗を拭った。彼女は僕を見つめ、どこか誇らしげな笑みを浮かべていた。

​「…あんた、本当に最強の盾や。動かんからこそ、敵が勝手に気を散らす。これ、いけるかもしれへん」

​僕は「フシュー」と、勝利の声を上げた。

動かずに勝つ。

この異世界での僕の戦い方は、どうやらこれで決まりらしい。

最強の盾、リヴィアとの冒険は、始まったばかりだ。


僕はリヴィアの鞄に揺られ、新しい依頼へと向かっていた。

森を抜け、開けた草原に出ると、リヴィアはふいに足を止めた。

「…なんか、嫌な予感がするわね」

リヴィアの表情が険しくなる。彼女が剣に手をかけた、その時だった。

​ザァ…という風の音とともに、草原に奇妙な声が響き渡った。

​『その亀は、語られぬ英雄譚の残響だ。語れば、世界が揺れる』

​僕はぞわりと身震いした。

声の主は、どこにも見当たらない。リヴィアも驚いた顔で周囲を見回している。

​「誰や! 出てきなさい!」

​リヴィアの叫びに応えるように、声は再び響いた。

『…我が名はミル。語りを操る召喚士』

すると、リヴィアの背後の茂みから、中性的な顔立ちをした少年とも少女ともつかない人物が現れた。

白いローブを身に纏い、手には分厚い本を持っている。その瞳は、僕の甲羅をじっと見つめていた。

​「あんたが、この声の主?」

リヴィアが警戒するように剣を構える。

ミルと名乗ったその人物は、リヴィアには目もくれず、僕にゆっくりと近づいてくる。

​「よかろう。この亀ば、語りの器としようたい」

​ミルは本を開き、僕の甲羅に向かって語り始めた。

​「とある世界に、一人の英雄がおった。彼は、いかなる攻撃をも寄せ付けぬ、最強の盾であったとさ…」

​ミルが語るたびに、周囲の空気が変わっていくのがわかる。

なんだか、僕の甲羅が温かくなったような気がした。

いや、違う。甲羅に、何か別のものが流れ込んできている。

それは、言葉。物語の断片だ。

知らないはずの過去、知らないはずの戦いの情景が、僕の脳裏に次々と浮かび上がってくる。

​そして、ミルの語りがクライマックスに差し掛かったその時。

ドォォォン!!

大地が揺れ、ミルの背後に巨大な幻獣が現れた。それは、彼の語る「最強の盾」の物語から召喚されたものらしい。

しかし、その幻獣はどこか不安定で、今にも消えそうだ。

​「なんで…!? 語りは完璧だったのに…」

​ミルは焦ったように呟く。

​「…この亀は、語りば拒みよる。自分の物語ば、語らせまいとしとる」

​ミルは僕の甲羅に手をかざし、目を閉じた。

「…この甲羅は、ただの防御じゃない。語りの外にある存在。だからこそ、最強ばい」

​ミルはリヴィアに振り返り、こう言った。

​「そげん、ただの盾ばいって思いよるんなら、それは大間違いばい。こん亀は、世界に語られとらん物語ば、ぜんぶ自分の中におさめとる。いつか、そん物語が解放されたとき、世界はひっくり返るとばい」

​僕を「盾」としてしか見ていないリヴィアと、僕を「語りの器」として見るミル。

二人の視点の違いが、僕の存在の不思議さを物語っているようだった。

僕は「フシュー」と静かに息を吐き、ミルとリヴィアを交互に見つめた。

僕の甲羅に、何が隠されているというのだろうか。


​リヴィアとミルが、互いに険しい表情で向き合っていた。

「…語りの器? なんのことかわからへんけど、この亀はあたしの盾や。邪魔せんといてくれる?」

「そげな…! こん亀は、世界に語られとらん物語ばぜんぶ抱えとる。そん力ば、利用するこつはできんばい」

​二人の間に流れる、張り詰めた空気。

その時、僕の甲羅が再び温かくなった。

ピカッ、と光り、僕の甲羅から小さな光の粒が空へと舞い上がっていく。

リヴィアとミルが、驚いてその光を見つめる。

その光の粒は、上空で一つの映像を結んだ。

​それは、闇に包まれた城。

無数の魔物がひしめき合い、不気味な咆哮を上げている。

その城の中心に、巨大な影が座っていた。魔王だ。

そして、その魔王の隣に、もう一つ、小さな影がいた。

その影は、魔王と何かを話しているようだった。

『…兄さん、このままでは世界が滅びます』

『ふざけるな! 私は語りの外にある力を手に入れた! この力で世界を我がものにするのだ!』

映像から聞こえる、二つの声。

そして、映像はそこで途切れた。

​「…今のは、いったい…?」

リヴィアが呆然と呟く。

「…あれは、わしが語りば操って、魔王軍の動向ば映し出したったい。…ただ、魔王の隣にいたんは、一体…?」

​ミルが首を傾げた。

「…魔王に、弟がおるなんて、聞いたことないわ」

リヴィアは剣を鞘に収め、僕を抱きかかえた。

「とにかく、急いで町に戻って、この情報ば伝えなきゃいけん」

​僕と二人は、急いで町へと戻った。

町の冒険者ギルドは、活発化する魔王軍の動向に、すっかり混乱していた。

「魔王軍が動き出しただと!? しかし、我々ではどうすることも…」

ギルドマスターが頭を抱えている。

​リヴィアは僕をテーブルの上に置き、叫んだ。

「この亀が、打開策になるかもしれへん!」

ギルドマスターが僕をじっと見つめる。

「…この亀が?」

ミルが前に出て、語り始めた。

「この亀は、語りの外にある存在ばい。魔王の言う『語りの外にある力』と、何か関係があるとばい」

​ギルドマスターは、僕とリヴィアとミルを交互に見つめた後、深く息を吐いた。

「…わかった。信じよう。この町の命運は、お前たちと、この不思議な亀に託す」

​こうして、レベル1の亀・大和翔は、魔王討伐という壮大な物語の中心に立つことになった。

僕の甲羅に隠された謎、魔王の弟、そして、僕をそれぞれの視点から見るリヴィアとミル。

物語は、まだ始まったばかりだ。


ギルドの会議室を出た僕たちは、町の広場にいた。リヴィアが僕を地面に置き、ミルが僕の甲羅を撫でている。

​「…そげん、わしらだけじゃ魔王には勝てんばい。もっと、仲間ば集めんば」

​ミルの言葉に、リヴィアが頷く。

​「そうやな。あたしの知っとる、すごい奴らが何人かおるわ」

​リヴィアはそう言うと、僕の甲羅を掴んだ。

「あんた、しばらくはあたしんとこにいるんやで。あたしが最強のパーティにしたるから」

​彼女は僕を抱きかかえると、まっすぐ自分の冒険者事務所へと向かった。

僕はリヴィアの腕の中にいる。不思議と、彼女の腕は温かく、安心感があった。

彼女は僕を『盾』として見ている。ミルは僕を『語りの器』として見ている。

どちらも僕の本質ではないだろう。僕はただ、突然この世界に転生してしまった、元・大和翔という人間なのだから。

​(…でも、この甲羅に『超絶防御』という能力があるのは事実だ。それに、さっきの映像…魔王と、その弟?一体、何が起きているんだ?)

​僕の思考は整理できないまま、時間だけが過ぎていく。

リヴィアの事務所に着くと、彼女は僕をテーブルに置いた。

「ほら、あんた。今日も葉っぱ食べる?」

彼女は僕に葉っぱを差し出す。僕はそれを一口食べた。

​「…あ、あんた。なんか、前より葉っぱ食べるのうまいな」

​リヴィアが呆れたように笑う。

僕は彼女に、僕がここにいること、そして、彼女と一緒にいることを伝えるように「フシュー」と鳴いた。

僕の気持ちが伝わったのか、彼女は「まったく…」と呟きながらも、僕の頭を優しく撫でてくれた。

​その日の夜、僕は夢を見た。

夢の中では、僕は人間だった。

日本の、見慣れた街を歩いている。

すると、目の前に巨大な亀が現れた。

その亀は、僕に向かって、こう言った。

​『お前の甲羅には、まだ語られていない物語が眠っておる』

​その声は、どこか懐かしい響きを持っていた。

そして、夢はそこで途切れた。

​目が覚めると、僕はリヴィアの事務所のテーブルの上にいた。

窓の外は、朝焼けでオレンジ色に染まっている。

僕は夢の中の言葉を反芻する。

「…まだ語られていない物語」

僕の甲羅に、一体何が隠されているというのだろうか。

僕は、僕自身のことを、何も知らないのだ。

この甲羅の謎を解き明かすこと。それが、魔王を倒す鍵になるのだろうか。

​僕の冒険は、まだ序章に過ぎない。

でも、もう一人ではない。

リヴィアとミル、そしてこれから出会う仲間たち。

僕は、動かないことで最強になる、最強の盾だ。


朝食(葉っぱ)を終えると、リヴィアは僕を鞄に入れ、再び外へ出た。

「今日は、あたしの仲間をもう一人紹介したるわ。あたしの右腕や」

リヴィアはそう言って、誇らしげに胸を張った。

​町の中心から少し離れた、静かな路地裏。そこにひっそりと佇む、石造りの小さな家。

リヴィアが扉をノックすると、中から低い声が聞こえた。

「…どうぞッス」

扉を開けて中に入ると、そこは本、本、本!

壁一面が本棚で埋め尽くされ、テーブルの上にも床にも、どこもかしこも本だらけだ。

その本の山の中に、丸眼鏡をかけた少年が座っていた。

​「リヴィアさん、お久しぶりッス」

彼は僕たちの姿に気づくと、立ち上がってぺこりと頭を下げた。

​「ゼルド、久しぶり。ちょっと、頼みがあるんや」

リヴィアは僕をテーブルに置き、ゼルドに説明を始めた。

「この亀、めちゃくちゃ硬いんや。攻撃が全く効かへん。この防御力を活かして、魔王を倒す作戦を考えてほしいんや」

​ゼルドは僕をじっと見つめ、眼鏡をクイッと持ち上げた。

彼の視線は、僕の甲羅の硬さや、手足の短さ、僕のステータスに至るまで、全てを正確に分析しているようだった。

そして、彼が持っている半透明の板、たぶんステータスボードだろう、を覗き込む。

​「なるほどッス…。『超絶防御』、攻撃力ゼロ…ッス。これは、動かないことが最大の武器になるッスね」

​ゼルドは興奮したように語り始めた。

「動かない…それこそ究極の戦術だ。敵は動き、こちらは動かない。敵が攻撃を仕掛けるたびに、自滅していく…ッス! これを利用すれば、敵が勝手に自滅する“動かない陣形”を構築できるッス!」

​彼の言葉に、僕もリヴィアも驚いた。

リヴィアは僕を「盾」として、ミルは僕を「語りの器」として見ていた。だが、ゼルドは僕を「戦術の中心点」として見ていた。

それぞれの視点が、僕の存在の新たな可能性を引き出していく。

僕は「フシュー」と短く鳴いた。

​「よし、わかったッス! この戦術、面白そうッスね。さっそく、動かない陣形を構築するッス!」

​ゼルドは、本の山の中から、何冊かの分厚い本を取り出し、テーブルの上に広げた。

そこには、僕のステータスを元にした、複雑な数式や図形が書かれていた。

僕の存在は、もはやただの亀ではない。

リヴィアの「盾」、ミルの「語りの器」、そしてゼルドの「戦術の中心点」。

僕は、動かないことで、それぞれの物語の中心に立っている。

僕の旅は、ここからさらに面白くなる予感がした。

ゼルドの事務所で、僕とリヴィアはしばらくの間、動かない陣形について話し合った。

いや、話したのはリヴィアとゼルドで、僕はただそこにいるだけだった。

ゼルドは、僕の防御力とコボルト戦での経験を元に、複雑な図面を書き続けている。

「この亀は、防御力だけでなく、敵の攻撃意欲を削ぐ効果も持っているッス。これを心理戦に応用すれば…」

ゼルドがブツブツと呟きながらペンを走らせる。

​「…まぁ、そこまで考えてはなかったけどな。でも、この亀はマジで硬いで」

​リヴィアが僕の甲羅を、親指で軽く叩いた。

『コン』

という、なんとも間抜けな音が響く。

なんだか、僕の甲羅が、リヴィアとゼルドを結びつける共通の話題になっているようで、少しだけ嬉しかった。

​その日の午後、僕とリヴィアはゼルドの事務所を出て、再びリヴィアの事務所へ戻った。

日が傾き始め、空はオレンジ色に染まっている。

事務所の扉を開けると、中には誰もいなかった。

僕はテーブルの上に置かれ、リヴィアは僕の隣に座り込んだ。

​「はぁ…疲れたわ」

リヴィアはそう言って、僕の甲羅に背中を預けるようにして、床に寝転んだ。

「あんたの甲羅、なんか、意外と安定するな」

リヴィアの呟きに、僕は「フシュー」と短く鳴いた。

僕の甲羅は、ただの防御ではない。

僕という存在そのものが、彼女にとっての安心材料になっているのかもしれない。

そう思うと、僕の胸の中が、温かくなるのを感じた。

​「なあ、あんた。あたし、昔から一人やったんや。剣術の才能はあったけど、友達なんていなかった。みんな、あたしの剣を恐れたから」

リヴィアの声は、いつもよりずっと小さかった。

僕は彼女の言葉を静かに聞いていた。

「でも、あんたは違う。あんたは動かへん。だから、あたしは安心して隣にいられるんや」

リヴィアはそう言って、僕の甲羅をそっと撫でた。

​僕は「フシュー」と、優しく鳴いた。

僕の甲羅は、最強の防御力を持つ盾。

でも、それだけじゃない。

リヴィアが安心して寄りかかれる、居場所でもある。

言葉は話せない。でも、僕とリヴィアの間に、確かな友情が芽生えているのがわかる。

動かない僕と、動き続ける彼女。

不思議な二人の、奇妙な友情物語は、始まったばかりだ。


朝、目を覚ますと、僕はリヴィアの部屋の隅に置かれていた。

彼女はまだ、布団の中で寝息を立てている。

静かな部屋に、僕の「フシュー」という小さな呼吸音が響く。

太陽の光が窓から差し込み、僕の甲羅を優しく照らしている。

​(さて…、今日の葉っぱはどんな味だろうか…)

​僕は腹の虫を鳴らしながら、リヴィアが起きてくるのを待つ。

すると、ドアがノックされた。

リヴィアがむにゃむにゃと寝言を言いながら、身を起こす。

「…はぁい、今開けるわぁ」

彼女はダルそうに扉を開けた。

​「よお、リヴィア。朝飯持ってきたぜ」

​そこにいたのは、いかつい顔をした男だった。

彼の登場に、僕は思わず甲羅に首を引っ込めた。

「…バルゴン!? なんであんたがここに?」

リヴィアは驚いた顔で男を見つめる。

​「魔王軍の“笑わせ部隊”は解散になったんだよ。それで、故郷に帰る途中だ」

バルゴンと名乗った男は、そう言って笑った。

​彼の登場で、リヴィアの事務所は一気に騒がしくなった。

リヴィアとバルゴンの、やかましいやり取りが続く。

僕は、ただ、その様子を静かに眺めていた。

​(…あいつ、本当に元・魔王軍の兵士なのか?)

​僕がそう思っていると、バルゴンが僕の方を指差した。

「お、その亀、お前のか?」

バルゴンは僕に近づき、じっと見つめる。

そして、突然、変顔を始めた。

「へっ、へへへ…!」

僕は、思わず笑ってしまった。いや、口は動かせないから、心のなかで。

​「…なんだ、こいつ。全然笑わねえじゃん」

バルゴンは、僕の無反応さに困惑している。

リヴィアが呆れたように言った。

「当たり前やろ。こいつはただの亀や。しかも、ほとんど動かへんのやで」

​その言葉に、バルゴンは何か閃いたようだった。

「そうか! 俺が動いて、亀が動かない! このコンビ、最強じゃね?」

​バルゴンは、僕の周りを走り回り、ジャンプしたり、変顔をしたりしている。

リヴィアはため息をつきながら、僕に葉っぱを差し出した。

僕は、その葉っぱをゆっくりと食べる。

僕の周りでは、バルゴンが動き回り、リヴィアが彼にツッコミを入れている。

静かで、そして賑やかな朝のルーティン。

動かない僕と、動き続ける仲間たち。

僕の周りに、少しずつ仲間が増えていく。

僕は、この奇妙なパーティの中心に、じっと座っていた。



バルゴンの加入で、リヴィアの事務所はもはや静けさとは無縁になった。

朝食の葉っぱを食べていると、バルゴンは僕の目の前で「お前は動かない、俺は動きまくる!この絶妙なコントラストが、敵の戦意を根こそぎ奪い去るんだ!」と力説している。リヴィアは「…もう好きにしいや」と諦めたようにコーヒーを啜っていた。

​バルゴンは僕を「相方」と呼び、事務所を所狭しと動き回る。

ある時は変顔で僕の周りを踊り、またある時は僕の甲羅を磨き上げようと、どこからか持ってきた雑巾でゴシゴシし始めた。

「この甲羅、ピカピカにしたら敵も目ぇ潰れるっちゃ!」

いや、語尾まで変わってるし。

​「…あんた、誰やねん」

リヴィアが呆れて尋ねると、バルゴンは胸を張って言った。

「俺の名は、掃除好き盗賊・クルル! 清掃は盗賊の基本だ!」

いや、掃除好き盗賊ってなんだよ。それに名前まで変わってるし。

僕は「フシュー」と、心の中でツッコミを入れた。

​クルルは本当に熱心に僕の甲羅を磨き続ける。

最初はくすぐったかったが、そのうち慣れてきた。むしろ、彼の磨くリズムが心地よく、少し眠くなってくるほどだ。

僕の甲羅は、彼の努力の甲斐あって、ピカピカに磨き上げられた。

日光が甲羅に反射し、キラキラと輝く。

リヴィアが僕を抱き上げ、甲羅をじっと見つめている。

​「…ほんまや、ピカピカやん。これ、結構ええかも」

リヴィアはそう言って、僕を腰の鞄にしまった。

その日、僕たちは依頼のために森へ向かった。

依頼内容は、森の奥にいるという危険なゴブリン集団の討伐。

​森に入ると、すぐにゴブリンの群れが現れた。

リヴィアが剣を構え、クルルが変顔をしながら敵に近づく。

「へっへへへ! 俺とこいつのコンビネーション、見せてやるぜ!」

クルルはそう言うと、僕の入った鞄を指さした。

ゴブリンたちが、僕の鞄に集中している。

​その瞬間、リヴィアが剣を閃かせた。

彼女の剣技は、僕を囮にする、というよりは、僕の存在そのものを彼女の戦術に組み込んでいるようだった。

ゴブリンの一匹が、僕の入った鞄に向かって棍棒を振り下ろす。

僕は甲羅に首を引っ込め、その衝撃に備えた。

​ガツン!

鈍い音が響く。

そして、その直後、ゴブリンの目が見開かれた。

棍棒が折れたわけではない。

僕の甲羅に反射した太陽の光が、彼の目に直撃したのだ。

​「ぐっぬぬぬ…まぶしいゴブゥ!」

ゴブリンが目を押さえて悶える。

その隙を、リヴィアは見逃さなかった。

「もらった!」

リヴィアの剣が、ゴブリンをあっという間に倒していく。

クルルの「掃除好き」という奇行が、まさか戦術になるとは。

​僕は、最強の防御力を持つ『盾』であり、リヴィアの『お守り』でもあるらしい。

動かない僕の周りに、個性豊かな仲間が集まってくる。

そして、彼らは僕の存在を、それぞれの方法で、物語の一部にしていく。

この世界で、僕は動かないことで、少しずつ、いろんなものになっていくのだ。

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