ユミちゃんはまだサンタクロースを信じている
椎名喜咲
01
「――サンタクロースって存在しないんだぜ?」
クラスの人気者、タケオカ君の言葉はクラスを戦慄させた。えっ―? どういうこと? 嘘だ。そんなはずない。ぼくたちにとって、世界を揺るがす滅びの台詞に等しかった。
その張本人は愉悦に満ちた表情を浮かべている。ぼくはタケオカ君が好きじゃなかった。彼は足が早く、勉強もできて、カッコいい顔立ちをしている。クラスの人気者になれる理由もわかる。けれど、性格は悪い。自分だけの特別感を見せつけてくるときがある。みんなはすごいすごいと彼を持ち上げるけれど、ぼくはタケオカ君のあの笑顔が嫌いだった。鼻につくのだ。
「そ、そんな……! ほんとうに、い、いないの?」
クラスのアイドル、ユミちゃんが泣きそうな顔で言う。タケオカ君は一瞬、自分の口にしてしまったことを悔いるように頬を引き攣らせた。彼はユミちゃんのことが好きなのだ。その涙に気圧されていた。が、一度口に出してしまった手前、取り繕うことができない。できていたら、タケオカ君の性格は悪くなかった。
「はっ、ほんとうだっての? おまえら、小三のくせに、まだ信じてやがんの?」
きみだって小三じゃないか、と言いたくなるのを飲み込む。小三の何が悪い。メイヨキソンだ(意味はよくわかっていない)。
「でも。わたしのベッドに、プレゼントは置かれてるよ。毎年! 家の鍵はしまってるもん。サンタさんだから、入ることができるんだよ」
ユミちゃんは悲痛な声で訴える。のんのん、とタケオカ君は鼻で笑った。
「親だよ。サンタクロースの正体は親だって」
「そんな……!」
ぼくも驚いていた。毎年、クリスマスを楽しみにしていた。ぼくのベッドには大きな靴下が立てかけられている。目を覚ますと、プレゼントが置かれている。あの瞬間は幸せだった。……けれど、タケオカ君の言うとおりなのかもしれない。家の鍵はしまっている。普通は入ることができない。親なら、その限りではないだろう。
それに、毎年ほんとうに欲しいプレゼントとはいつも微妙に間違ったものが置かれているのだ。慌てん坊のサンタクロースだと思っていたけれど、それが天然のお母さんであれば納得できてしまう。
受け入れるかどうかは別として。
「――サンタクロースはいるよ」
ぼくは言っていた。タケオカ君は目を丸くする。まさか、いつも反抗することがないぼくが発言したことに相当驚いている様子だった。目がつり上がる。そのケンカ乗ってやろうじゃないか。そう答えているように思えた。
「なんだよ、女子の前だからってカッコつけてるのか?」
「違うよ。そうじゃなくて。サンタクロースは、いるんだよ」
おにいちゃんが、そう言っていたから。
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