リグレット・スコア

伝福 翠人

1:ロストマンの見る景色

アスファルトの染みは、昨夜の雨が残した記憶だった。長谷川健司は、その黒い斑点を靴先でなぞりながら、意味もなく歩いていた。空は、洗い忘れた作業着のようにくすんだ灰色をしている。まるで、この街全体が巨大なため息をついているかのようだ。


駅前のスクランブル交差点。人々は信号の色が変わるのを、檻の扉が開くのを待つ獣のように、じりじりと待っている。健司はその群れから少し離れた場所に立ち、ぼんやりと向かいの大型ビジョンを見上げた。派手な広告映像の合間に、それは無慈悲に表示される。


『現在時刻 14:30 / 本日のリグレット指数: 72 – やや後悔の多い一日です』


その下に、個人のスコアが匿名で流れ始めた。S98、A85、B72……。アルファベットと数字の羅列が、まるで人生の通信簿のように人の価値を格付けしていく。健司は、自分のスコアが表示される前に、そっと視線を落とした。見なくても分かる。自分の評価は、もう何年も前から決まっている。


〈ロストマン〉。


人生における後悔の総量を可視化した「リグレット・スコア」が社会の隅々まで浸透したこの世界で、最低評価Eランクの中でも、特に再起不能と判断された人間に与えられる不名誉な称号。人生の迷子。社会の落伍者。健司は、その一人だった。


かつては、自分の腕で道を切り拓いているつもりだった。小さな運送会社を立ち上げ、寝る間も惜しんでハンドルを握った。夜明け前の国道を、昇る朝日に向かってひた走る。あの頃は、自分の人生のハイウェイを、確かにアクセル全開で走っていた。だが、オーバースピードでコーナーに突っこんだ車がスピンするように、彼の人生はあっけなく横転した。事業の失敗、散り散りになった家族。残ったのは、膨大な負債と、「あの時、こうしていれば」という排気ガスのような後悔だけだった。


信号が青に変わる。人々が一斉に、それぞれの目的地へ向かって歩き出す。健司だけが、どこにも向かうべき場所を持たず、ただ人の流れに押し出されるように交差点を渡った。まるで、エンジンを切ったトラックが、惰性で坂道を下っていくように。


「言い訳」。それが、今の健司をかろうじて支えている杖だった。あの判断が間違っていなければ。あの男に裏切られなければ。あの時、家族の言葉に耳を傾けていれば。数えきれない「もしも」が、過去という名のバックミラーに絶えず映り込み、前を見る視界を奪っていた。


ふと、雑居ビルの壁に貼られた一枚の求人広告が目に留まった。


『ターミナル・プランナー募集 – 故人の“終活”をお手伝いする、尊い仕事です』


ターミナル・プランナー。聞こえはいいが、その実態は知っている。遺族に代わり、故人のリグレット・スコアのデータをサーバーから完全に抹消する、いわば「終点の清掃人」だ。人々は、故人のスコアが低ければその人生を嘲笑い、高ければ「後悔の少ない素晴らしい人生だった」と故人を偲ぶ。だから遺族は、故人の尊厳を守るために、そのデータを消したがるのだ。


健司は、その求人広告をしばらく見つめていた。他人の人生の終着点で、その人が残した轍を消していく仕事。それは、過去という名の荷物置き場から動けなくなっている今の自分に、不思議と似合いの仕事のように思えた。


「……ロストマンでも、雇ってくれるだろうか」


誰に言うでもなく、乾いた声が漏れた。


健司は、ポケットからくしゃくしゃの煙草を一本取り出し、火をつけた。紫煙が、灰色の空に吸い込まれていく。それはまるで、彼がこれまで吐き出してきた、数えきれない言い訳のようだった。


彼は、もう一度求人広告に目をやった。そこに書かれた連絡先を、忘れないように、しかし何の期待もせずに、頭の中で反芻する。


死者の後悔を消す、か。


健司は自嘲気味に口の端を歪めた。


「今の自分に、似合いの仕事かもしれんな」


その呟きもまた、煙と一緒に、どんよりとした午後の空気に溶けて消えていった。

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