突然ですが、水戸黄門の妻にされそうです

有栖 多于佳

第1話 社会科見学は鎌倉から鎌倉へ

大仏


おっきいな(はい、写真カシャッ)


小町通りい大仏焼きの文字


「あれインスタで見たやつ?食べよう」


焼きたての良い香り(はい、写真カシャッ)




これまたインスタにあった古民家カフェを探して、ランチ


鎌倉カレーってどこら辺が鎌倉?(はい、写真カシャッ)




茹だるような暑い夏を越え、秋の行楽シーズン




入学した地元の高校は、この時期に社会科見学を毎年行うそうで、1年の私たちは鎌倉だった。


男女6人の班毎に事前に決めたコースを回る。


どの班も、大方の女子は古民家カフェ、男子はスラダン聖地巡礼




私の班も同じルートを巡り、午後からは北鎌倉の古刹に向かう。




初夏なら長谷寺や明月院で紫陽花を見てみたかったのだけれど、時季外れ。


でも鎌倉らしさを求めて、しっとりとしたお寺もお詣りしたい。


そう、強く主張する御朱印女子の優たんに言われるまま、班員は優たんの後について行く。




着いた先は英勝寺、鎌倉唯一の尼寺だとか。




「水戸黄門のお母さん、まあ養母が開いたお寺でね、代々水戸の姫様が庵主についていたから『水戸の尼寺』なんて呼ばれていたんだって。」


「へえー」


「全く興味なさそうに。英勝院、お梶の方は家康に信頼された側室の一人で、家康亡き後も大奥を掌握してたんだよ」


「へえー」


「春日局じゃなくて?」




眼鏡男子が優たんに挑む、勇者。


その質問に優たんはキラリと眼鏡を光らせて薄笑いを浮かべて答える。




「春日局が家光を後継指名してもらう為、駿府城に来た際、対応して家康に会わせたのがお梶の方。だから家光も大切にして家光とお梶の養子頼房はご学友として一緒に江戸城で学んだ仲。ちなみに頼房の頼は清和源氏の通字から取っているのよ」


ふふん、どう?知ってた?


そう言いたそうな視線に、勇者はぐっと息を飲み、残りの者は

「「へええ」」

感嘆句でしか返事ができない、だって知らないんだもの。


しっかり、鎌倉社会科見学に被せてくる辺り、デキる。




「もう!もっとなんか無いの?」




歴女は歴史を語りたいらしいが、他5名は口を挟むほどの知識が無いの、へえーかへーしか言葉が出ないのだ。




「あ、じゃあ、水戸黄門って結構鬼畜だったって知ってた?辻斬りしたり、女遊び激しかったらしいよ」


先程の勇者が優たんに再挑戦。




「ほーほっほっほ。もちろん知っているわ、光國は吉原の遊郭遊びが好きで、大酒のみで、朝帰りを咎められないように、鰹売りに擬態して屋敷に入ったりしてたのよ。家臣が諌言書って手紙を出して、その中に書いてあった司馬遷の史記の伯夷伝を読んで改心したのよ」



「あ、あれだ、ラーメン最初に食べたの、黄門様だ」


別の男子も黄門エピソードをぽろり。




「あ、私も聞いたことある。茨城には黄門ラーメンってあるってテレビで見た」


私も口を挟む。




「ちちち、水戸黄門のラーメン話は有名だけど、ラーメン食べた初めての人は別人よ。ただ、明の滅亡時に亡命した朱舜水って儒学者を水戸藩に招聘したから中国人=ラーメンってなったんじゃない?」


優たん、スゴい、歴女の知識、恐るべし。


でも優たん、歴史以外の成績は普通くらい、私と同じくらい(ホント!盛ってない)。


お詣りの後、御朱印を貰いに行った優たんを待ちながら、裏手の方へ歩いていくと、奥に竹林の中を歩ける小路が整備されていた。




まあ、ステキ



「ちょっとあそこで写真撮ってくるね」

そう班の子に伝えて、小路へと走って行く。



途中見上げた空、真っ直ぐ伸びた竹の先に秋晴れの空。




きれい(はい、写真カシャ)




その瞬間、目が回って、世界が歪んで、頭の先から魂が抜け出るような、魂が引っ張られるような、そんなおかしな感覚に陥って、目の前が暗転した。



寛永17年 某日


江戸幕府が開かれて、30年経った或る秋の日


その日は朝から頭の痛い話を聞くことから始まった。




「ご住職様、いえ、英勝院様。どうか落ち着いて聞いてください、実は先だって、水戸の若君が悪友たちとふざけて、辻斬りを行いました」




目の前に座る傳役の伊藤友玄はその顔に深い憂いをはっきりと滲ませ苦悩に満ちた声を絞り出すように、衝撃的な事実を告げた。




「え!」


咄嗟なこと、予想していたことより更に悪い内容に言葉も出ない。


「若君が申すには、悪友が囃すのでやった、と」


「なぜ、なんと囃されたのです、」


声を振り絞って問いかけた。




「そこは申さないのですが、周りから聞くに、『水戸の若様は運だけだ、あんな無頼漢が次期藩主とは御三家の名折れだ』『病がちな長男と早世の次男に感謝することだな』そんな話をしている旗本の倅たちの声を聞き、悪友たちが『言われっぱなしで良いのかい?』と囃し立て、若は何も言わず後ろから斬りつけた、と」




「ま、まあ、なんと、命は」


眉間に力が入ってしまうのを指で押さえて注意しつつ、聞く。




「斬られた者4名、内2名は腕、1名は肩、最後の一人は髷であると。命に別状は無いようですが、当主からは正式に殿へと抗議が来ております」


とりあえず命に別状が無くて良かった、とはいえ、なかなか根深い問題である。




「あの子が何をしたという事ではないのに。世子という立場に周りがほっておかないのね」


思えば不憫な子である。


英勝院は自身の子が4つで儚くなった時、自分の半身が無くなったような、戦国の乱世で数多の死を前にしても感じたことの無い喪失感に自分の体内の血が凍るような気がした。


あまりの焦燥を不憫に思った大殿家康が、お万の方が産んだ末の子 頼房の養母にしてくれたのだった。




頼房は豪胆でなかなか利口な子であったが、大殿家康は粗野な態度が気に入らぬようで、同腹兄 頼宣の分家筋とみなされ、御三家とはいえ石高も官位も他2家より少なく低くされたが、将軍への期待を隠さない紀州尾張は、秀忠、家光から警戒されていたが、家光と1つ差の頼房は学友のような立場で在府を請われ、兄弟のようと家光に言われるほどの信頼を得ていた。




尾張紀州の兄たちに子が無い中、奥老女の娘久子と良い仲になって子が出来た。


水戸の有力家来の娘 側室のお勝にはまだ子がなく、正式に側室に召し上げる前の久子に出来てしまった。


そのことに、奥老女の久子の母も憤怒し、頼房もうんざりしてしまう。


やっかみを受ける久子の立場と産まれてくる子の安全を考え、


「水に流してしまえ」


と言って表面上は拒絶した呈で、英勝院の庇護の下、自分の乳母だった武佐に善きに謀ってもらい無事長男頼重が生まれたのだが、頼房の言葉だけが先走り、堕胎を命じたと真しやかに噂が広まっていった。



決して久子を蔑ろにしていない証左、久子はその後、光國をまた孕むのだが、周囲の目は依然として頼房に厳しい。


これは多分にやっかみである、あの弟2人を処した家光をもって、




《其方之御事は別而心安思候まま心中を残さず万談合申事に候、兄弟有之候而もやくにたたす候間、


此上は其方を兄弟同前に思候まま、弥万事其心得可有候


(あなたのことはとりわけ信頼し何でも相談したいし、兄弟より兄弟と思っている)》


という手紙までもらうほどの信頼を置かれ、俗称で副将軍とまで呼ばれていたから。




今度も乳母の武佐の婚家、水戸藩の三木家の屋敷で生まれ幼少期育てられた光國であるが、生まれながらにして美しい赤子であった。


また幼い時から聡く、何事にも興味を持ち、言われぬ前に知恵を得て、英勝院の後ろ楯の下、世子に決まったのは7つであった。




して、その年に似つかわしくない頭脳を以て、母が堕胎を命じられたこと、長男が蔑ろにされていること、自分の出自と世子という運命がたまたま転がり込んできただけということ、を知り自身の血を呪うようになったのである。




齢12才、元服も過ぎ、将軍 家光の勅命で水戸藩の世子に決まったこともあり、ちょっとやそっとでは、後継を変えることが出来ないことを理解すると、一気に悪の道を転がり落ちた。




派手な衣装を着て、下卑た話を出自もしっかりしていない悪友とつるんでは、吉原で遊興に耽り、その上、殺傷沙汰である。


「あの子はあのような虚け者のふりをして、廃嫡を狙っているのかしら」


英勝院は目線を空に泳がせてポツリと溢した。




そんな時にまた問題が降りかかった。


寺男が寺社内の掃除をしていると、変わった服を着て倒れている者を見つけた。


その場所は背に山を背負っている竹林の小路で、寺の中を通って行かねばたどり着けぬ、いや背の直角に切り立った崖を滑り落ちればたどり着けるが、その時は命が無くなっているはず。


確認をすると、息があった。


紺の上着にヒラヒラした布を腰に巻いてズタ袋を背負っている。

特に傷もなく、汚れている訳でもない。


見たこともないその姿に、怖くなった寺男は、その者を背負ってご住職の側近 お静に声をかけた。




お静は、背中のズタ袋を下ろしてやり床に寝かせたその者の顔を水で湿らせ手拭いでソッと脱ぐってやった。




すると目を覚ましたその者が、キョロキョロと目線を泳がせたと思うと、鼓膜が破けんばかりの声量で叫んだ。




「キャーーーーーーーーーーーーーーー」




そして、その声に驚いた伊藤友玄と共にご住職様の英勝院が顔を出した。




「え?え?なに、なに、ここどこ?え?コスプレ?お寺でコスプレ大会?ヤバくない?罰当たりじゃない?」




目の前には短い着物を着た男と、中年の着物の女、そして遅れてやって来たのは、チョンマゲ侍と尼僧のコスプレをした人達だった。


「え、私が竹林で倒れていた?助けてくれた?あら、それはすみません。驚いてしまって」


私が人拐いと言うと、目の前の中年女性が怒りながら説明をしてくれた。


どうやら私は竹林の中で倒れていたらしい。


それを寺男の宗治さんが担いで来てくれて、中年女性のお静さんが顔を濡れた手拭いで拭って汚れを落としてくれたらしい。




そして、チョンマゲ侍と尼僧のコスプレイヤーと思っていたお二人は、本物。


本物のお侍さん伊藤友玄さんと、このお寺 英勝寺を開いた、英勝院こと徳川家康の側室のお梶の方その人だった!




ええええええーえど、江戸時代!タイムスリップ!?タイムスリップって!




焦ってアワアワしている、私に胡乱げな目を向ける、伊藤さんとお静さん、困って固まっている宗治さん、そうして、この寺のご住職、英勝院様は、


「詳しく、その話、詳しく聞かせてちょうだい」


そう言って自分の部屋へと招いてくださったのである。



私が寝かされていたのは、お寺の勝手口から上がった板の間だったけれど、英勝院様の部屋は奥の広い座敷のある日当たりのお部屋だった。




一段高くなった所に英勝院様がお座りになられ、その横にお静さん、反対側に伊藤さんが座る。


「で、あなたの居た世界とは異国なのかしら?その姿バテレンのようだけれど、それとも違う。どういうこと?」


英勝院様がゆったりとした口調で問うた。


「私は日本人です。ただ、この世界よりずっと未来から来たみたいです。私は未来のこの英勝寺に学校の社会科見学で来ていて、あの竹林に入って写真を撮っていただけです。そうしたらグランと目眩がして気がついたらあの板の間で寝てました」


私はそう言って首から下げているスマホを掲げて英勝院様に写真を見せた。




「うううん、これは」


「まあ、確かにうちのお寺ですわね、古いけれど」


「このとても精密な絵は、何と言うの?」


「写真です、その場の影像を残せます。ちょっと待っててください、はいチーズ(カシャッ)」




パッとフラッシュが光、伊藤さんがカチャリと刀を鳴らした。




「キャー、斬らないで!写真、写真撮っただけ、ほら、3人の顔、写ってるでしょ、ほら」


今撮った写真を見せる。




「「な、なんと、まあ」」


「まあ、本当に鏡に映った顔のまま、お静も伊藤殿も。ああ、わかりました、貴女はきっと家康様が使わせてくれた神の使いなのでしょう」


英勝院様がそういうと、頭を垂れた。

伊藤さんとお静さんがその姿に驚いて、声をあげた。


「このような四方山話を信じるのですか?」


英勝院様はにっこりと麗しい顔に深い笑みを浮かべて言った。




「勿論です。神の思し召しです、ありがたいことです」




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