初スキル発動!ブランコと命がけ

目の前のイノシシは、今にも飛びかかってきそうな勢いで身構えている。


ヤバい、ガチでヤバい。


蹄が地面を抉り、泥が跳ねた。盛り上がった肩の筋肉がピクピク波打っている。


土の匂いが鼻にまとわりついてきて、呼吸が重くなる。


目がギラッと光って、明らかにこっちをロックオンしてる。

イノシシが首をぶんぶん振って威嚇してきた。


その巨体が揺れるたび、筋肉がうねるのが見て取れる。


息を吸うのも忘れていた。


手は、スマホを握りしめすぎて汗でベタベタだ。


スキル、スキルって……ど、どうやって使うんだよコレ!?

いやいや、頼むから説明書出てきてくれよ!


まさか、こんな状況でスマホに頼ることになるなんて、

でも体は全然動かない。足元、フラフラしてる気がする。


視線を下げると、抱えた小狐がブルブルと小さく震えている。


こいつだって怖いよな……俺が守れる保証なんて、どこにもないのに。


もう逃げ場なんて、スマホしか残ってないじゃねぇか。

指が震えながらも、画面を必死に睨んだ。


え? 待てよ。なんかアプリがある?


なんだこれ、テーマパークのアイコン?

他にも見たことないマークがいくつか並んでる。

どういうことだ、これ。


一瞬、頭が真っ白になる。


「えっと……」「どれ押せば……」


その時、小狐が「クーン」と震えた声を上げた。


うわっ、と変な声が漏れる。

思わずスマホを強く握り直した拍子に、指が画面のアイコンに触れてしまう。


――テーマパークのアイコン。


小狐が俺の手にじゃれたのか、偶然だったのか、もうよく分からねえ。

でも、気づいた時には、画面が勝手に切り替わってた。


「……なんだよ、これ」


画面に「設置」って文字。意味も分からないけど、指が勝手にそこに動いてる。


(これか……?)


ブランコのアイコンをタップすると、

俺とイノシシの間に、まるでゲームのホログラムみたいな透明なブランコが浮かび上がった。


「うおっ……」


一歩、無意識に後ずさる。

え、待てよ。これ、マジで出るのか?

ゲームじゃないんだぞ?ここ。


でも、たしかに目の前に“それ”はある。


タップした場所に“設置”できんのか?


ほんの一瞬、時間が止まったみたいだった。


……でも、すぐに川の音がかすかに耳に入る。

どこかで鳥が羽ばたいた。


透けたブランコ越しに、イノシシの姿が見える。


ふいに、父さんの声が頭に浮かんだ。

「落ち着いて、静かに、ゆっくり後ずさりして逃げろ」

昔、そんなふうに言われた気がする。


でも、無理だろこれ。

体が震えて、動けない。


小狐が片腕の中でもがいて、飛び出しそうになる。

「ちょっ、やめろ!今は動くなって!!」


抑えた手のひら越しに、小狐の体温がビリビリ伝わる。


その時、ほんの一瞬――


小狐の瞳が、まっすぐ俺を見つめていた。

まるで、「何かを訴えてる」みたいな目だった。


ブモォォオオオォッ!!


イノシシが鼻息を鳴らして、地面を蹴り上げた。

鈍い音と、土が跳ねる感触――それだけで、体が現実に引き戻される。


もう迷ってる暇なんて、ねえ!


やつが突進してきた――


反射的に、タップ!


スマホの画面がまぶしく光る。


その光が、現実にまで漏れ出してきた。

透明な何か――煙みたいなものが、空気中にじわっと広がっていく。


「うっ……!」


頭のてっぺんから、何かがスーッと逃げた。


ぼんやりとした光が形を取り、


――唐突に“置かれる”、ブランコ。


イノシシがブランコに気づいた、その瞬間にはもう遅い。


奴の目が一瞬大きく見開く。


でも、止まれない。


ズザッと地面を削りながら、ブランコに一直線――


くるん!!


牙が鎖に引っかかる。


「ブヒィィィィーーーッ!!」


「うおおお!」


あまりの光景に、目を疑うしかない。


鎖に絡まって、ぐるぐる回りながら暴れてる。


……こんなこと、あんのかよ!?

あいつ、ぐるぐる回ってるの楽しんでるようにすら見える。


いや、笑ってる場合じゃない!


でも――今がチャンスだ!


「逃げろ!!」


小狐を抱えたまま、俺は一気に駆け出した。


――


どれだけ走ったかなんてもう分からん。

足がガクガクで、息がゼェゼェ。汗がダラダラ出てくる。


気づいたら、目の前に花畑が広がってる。


見たことない色の花が、風に揺れてる。

その風に、ふわっと甘い香りが乗ってきた。


「はぁ…はぁ…やっと、ひと息つけるな」


花畑の真ん中に、でっかい岩を見つけて、そこに腰を下ろした。

汗びっしょりの体をそのまま預けて、背中をぐっと伸ばす。


全身の力が、一気に抜けた。


「マジで死ぬかと思ったわ」


額から汗がぽたり。手のひら、まだ震えてる。


こんな必死で逃げたの、いつ以来だ?


「もう勘弁してくれよ…」


「コンコン」


小狐が不安そうに、俺の膝にすり寄ってきた。


「大丈夫か?お前も怪我してるみたいだし」


そっと頭を撫でると、狐はじっと俺を見つめ返してくる。


「……さて、どうする?」


じっとしてるのも危ないし、どこに行けばいいのか全然分かんねえ。


「なにがいるか分かんねえし、油断はできないな」


そういえば、さっきのブランコ、今どうなってんだ?

イノシシ、ぐるぐる回って遊んでたりして…いや、そんな余裕ねぇな。


深呼吸して、空を見上げた。


その時――


また、スマホが鳴った。


「……今度は何だよ」


正直、さっきのメールのせいでちょっと警戒してしまう。

おそるおそる画面を覗き込む。


――


件名:これからのお願い


こんにちは。たぶんビックリしてると思うけど、ここは異世界です。


この世界には“楽しい”がほとんどなくて、みんなつまんない顔してる。


あなたには「テーマパーク」の力をあげたから、

少しずつでいいから、“笑顔”を増やしてくれたら嬉しいな。


あと、ちゃんと使えそうな他のスキルも渡してるはずだから、

わからなかったらスマホを色々いじってみて!


それと、このスマホは他の人には見えないから安心して使ってOK。

それじゃ、のんびり頑張って!


――


「はあああああ!?今!? このタイミングで!? もっと早く言ってくれやあああああ!! ……ほんと、びっくりだわ……」


こっちはイノシシとの死闘のあとだぞ……。


せめて一言『危ないから気をつけてね』とか先に言ってくれよ。

ったく、スマホを叩きつけそうになった。


でも――美咲もよくやってたっけ。

あいつ、いつも後で『あ、これ言っとけばよかった』って言ってたな。


「なんか、思い出すよなあ」


そう呟きながら、スマホの画面に目を落とす。


並ぶアイコンは、見慣れたものばかり――ステータス、テーマパーク、インベントリ。

なんとなく、左端のステータスをタップしてみた。


画面には、

「スキル:テーマパーク」「スキル:インベントリ」「スキル:異世界言語」

そんな項目がずらっと並んでいる。


「ん?、異世界言語だと!? これ、マジでありがたいじゃん!!」

嬉しさのあまり、思わず拳を握ってガッツポーズ。


でも、すぐに手を下ろし、ふっと息をつく。


つっても、ゲームっぽいのが逆に怖いよな。


アイコンの横には体のマーク。MPの表示もあるけど、数字じゃなくてゲージっぽくなってる。


「MPって……」


なんだよ、これ、魔法でも使えるってことなのか?


画面を戻して、今度は「テーマパーク」のアイコンをタップ。

さっきチラッと見た設備の他に、「クエスト」って項目も追加されてる。


それと、「魔物枠 0/1」って表示。

うおっ、これ、仲間にできる魔物の数だよな!?


すげぇ、マジで楽しみじゃん!この異世界、結構面白いかもしれんぞ!


画面をスクロールしながら、指を動かしてあれこれ探し始める。


さっき設備は見たけど、今度は「クエスト」を開いてみるか。


来場者数 ―― 0/3

来場者カウントは一人一回、

“楽しい思い出になった場合のみ有効”――そんな説明も書いてある。


これをクリアすれば、スキルのランクでも上がるってことか?

でも、「来場者」って、どういうことだ?


なんか、妙に漠然としてんな。


「楽しい思い出か…心から“また来たい”とでも思ってくれたらカウントされるのか?」


眉をひそめ、指を動かしながら、うーんと唸る。


んー、とりあえず、誰かブランコにでも乗せてみるか。

頭を掻きながら、画面を戻す。


あとはインベントリか――そう思ってタップしようとした、その時。


「ペロッ」


手の甲を、ぬるっと温かい舌が舐めた。

その瞬間、心の中で何かがフッとほどけて、現実に引き戻される。


「ああ、ごめんな。そうだよな、お前、怪我してるんだったな。」


慌ててパジャマの裾を破って、小狐の足に巻きつける。

ちょっと汚いけど……今はこれしかできねえんだ。


小狐の頭を撫でる。


「川で洗えたらよかったけど、また何かいたら怖いしな。」

ちょっと苦笑いしながら、足元を見て軽く足をさする。


「俺も裸足で歩き回ってたから、足の裏がもう限界だわ。」


そう呟くと、小狐が「コン」と鳴いて、俺の服を引っ張ってきた。


「えっ?」


一瞬、体がビクッと反応する。

小狐が、とことこと歩き出す。


「おいおい、待て待て!! そんな足で歩いちゃダメだって、マジで!!」


思わず、小狐をひょいと抱き上げる。


「……なんだ?あっち行きたいのか?」


小狐が俺の腕の中で暴れてる。完全に行きたいって感じだな。


「はいはい、分かったよ。ったく、付き合ってやるって!」


足の裏がじんじんするけど、小狐を抱えたまま、行きたがる方へ歩き続ける。


しばらく歩いていると、いつの間にか周りの木々がまばらになっていた。


立ち止まって目を凝らす――


……あれ、道?


もしかして、小狐のおかげで正解ルート引いたかも。


そう思った直後。


「――うおっ!」


いきなり人影。しかも、女の人!

ドキッとして、思わず息を飲む。


少し道から外れた場所で、何かしゃがんでる。

きのこでも採ってるのか……?


足が止まる。唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。


ポケットのスマホを握りしめたまま、小狐を抱え直して女の人に一歩踏み出す。


これ、ラノベでよくある“運命の出会い”コース?

いやいや、俺だぞ?


この見た目、この状況――

どう考えても「ただの変なやつ」だろ。


まさかっ!?この世界ではパジャマがイケてる最先端ファッションとか!?


ありえる。


気づけば、声が届くくらいの距離まで近づいていた。


……よし。

ここでいきなり大声出したらビビらせるかもだし、優しく、紳士的に――


「お嬢さん、こんにちは。お花摘みですか?」


静かに一歩踏み出す。よし、バッチリだ!

この流れなら、きっと何かが起きるだろう。


女の人がふいに振り向いて、こっちをじっと見つめる。


もしかしたら、これが運命の出会いってやつなのかもしれんな。


よくよく見ると――

その女の子。年は十代半ば、俺よりちょっと年下って感じかな。


めっちゃ美人!なんだこの見たことないくらいの美人!!


思わず、ほんの少しだけ顔が熱くなる。

いや、ダメだ、冷静に……冷静にしろよ、俺!


俺は、にっこり笑った。


………彼女も、にっこり笑い返してくれ――


「こん……きゃーーーーーっ!!ま、魔物ぉぉぉぉーーー!!だ、誰かぁぁぁ!!」


すごい勢いで走り去っていった。


「え、ちょっ!俺、人間だって! 待ってくれって、おい!!」


気づけば、取り残されたのは俺と小狐だけ。


小狐と目が合う。 なんとなく、風がさっきより冷たく感じた。


「……異世界でも彼女できそうにないかもな」


小狐が小さく「コン」と鳴いたけど、 それすら今は慰めにならない気がした。

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