偽りのライラック
@kimiyomu6858
第1話
茹だるような暑さの中、蝉の声が聞こえ始めた夏のある日。
「莉乃、もうすぐいらっしゃるからね。…緊張してる?」
申し訳程度に流される午後のワイドショーは、少しも私の気を紛らわせてくれない。
私の心臓の鼓動は母にも聞こえてしまうんじゃないかと思うほど大きく鳴っていた。
母が再婚する。
いつか、この日が来るのだと思っていた。
「うん、ちょっとね。」
私は今どんな顔をしているだろうか。
今日は母にとって大切な1日だ。笑顔で母の幸せを喜ぶ娘でいたい。惑ってはいけない。
カチャリと、ドアの開く音がした。
リビングに入ってきたのは、背の高い、母と同じ年代の男性。そして、その男性と同じくらいの背丈の青年だった。
ふと、青年と視線が交わる。
彼は目を僅かに見開き、静かに息を飲んでいるように見えた。
心臓の鼓動が早くなっている。そんなことを冷静に感じ取れる自分がいた。
私の記憶の中の彼は、その綺麗な顔立ちのためかどこか中性的に見え、まだ大人になりきれていない10代特有の青さがあった。
しかし今目の前に立つ彼はわずか1年と少しの間に、異性であることを強く意識させるような、落ち着いた青年に変貌していた。
「莉乃ちゃん、初めまして。水瀬壮介と言います。莉乃ちゃんのお母さんとこの度結婚させて頂くことになりました。」
母の再婚相手は、私の想像する「お父さん」よりもずっと格好良くてスマートな人だった。
綺麗な二重瞼と整った鼻筋は彼そっくりで、やはり2人は親子なんだということを痛感させられた。
これから戸籍上の父になるその人は、僕のことは親戚のおじさんとか、そういうふうに思ってもらえればいいからね、と、多感な時期の義娘を気遣うような優しさのある人だった。
この人が彼の父でなければ、こんなに素敵な人が母の伴侶となることを素直に喜べていただろうけれど。
「雄介、自己紹介しなさい」
そっと彼に目線を移す。
父に自己紹介を促された時、彼はどんな心情だったのだろう。
一つわかるのは、彼も私もこの場では平静を装う必要があるということだ。
「…水瀬雄介です。」
彼はもう私と目を合わせるつもりはないようで、母の目を見ながらそう言った。
初めましてとも、久しぶりとも言わず、名を名乗るだけ。きっとこの挨拶が均衡を保つための最適解な気がした。
壮介さんは愛想のない息子に苦笑いしながら、
「雄介は莉乃ちゃんと同じ高校三年生でね、四ノ宮高校に通ってるんだ。」
と、続けた。
知っている。
彼の名前は水瀬雄介ということ、私と同じ歳だということ、ここから少し離れた四ノ宮高校に通っているということ。
そして、
――私達がかつて恋人であったということ。
リビングに差し込む光が私と彼の影を近づけた。
だが、私たちはもう近づくことは許されない。
母のため、新しく築いてゆく家族の絆のため。
私は
彼は
これから嘘をつき続かなければならない。
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