第二話 その9

 長瀬から追い打ちでチャットがある。


長瀬『嫌なの?』


折戸『もちろん嫌だね』


長瀬『あ、そう。私はあんたのその返答が嫌だ』


折戸『意味が分からねえ』


長瀬『それは自分で考えてね』


長瀬『まあやり方は任せるよ。私はチャンスを与えただけだから』


 折戸花子は次の言葉だけを残して、スマホをポケットにしまった。


折戸『また報告する』


 彼女は保健室を辞去し、階段を上がって職員室の前を通過する。入り口の窓ガラスから堀田教師のデスクワーク中の姿を認めると、隠れるようにしゃがみこみ死角に入り込む。高井教師がそこにいないかと探しに来たのだが、それを確認する隙もなさそうであった。

 職員室での捜索を諦め、次に駐輪場へと足を運ぶ。そして、そこに見慣れた自転車の一つがあるのを発見する。高井教師が出勤するために使うためのものだ。

 彼女はそこで体育座りを決め、膝に自分の顔を埋める。

「ゴキブリ女が。いつか殺す」

 種々雑多な感情でないまぜになった彼女も、選択を先送りにするという選択によって、その場で待ち続けることを選び続ける。

 やがて、そこに目的の人物が現れる。

「待ってたぜ、クソオオカミ」

 憔悴した高井教師が、とぼとぼと駐輪場まで歩いてきた。彼は足元の折戸花子を見るやいなや、露骨な苦笑いを浮かべる。

「やあ、僕を殺す気かい?」

 彼は平然とそう言った。

「さっさと殺すといい。もはや生きているだけの屍だ」

「職を追われたか?」

 高井教師は鼻で笑った。

「端的に言えばね」

「屋上でセックスを仕掛けてくるゴミにはおあつらえ向きの末路だね」

「家内よりは安全だったのさ」

「皮肉だな」

「だね」

「最初から家族を持つ資格なんて無かったんだろ」

 折戸花子の語気が強まる。

「人が罪を犯していいのは家族を守る時だけだ。てめェは自分の欲に負けて家族すらも路頭に迷わせる人生の負け犬だ」

「僕にそれを言うためにここに来たのかい?」

「そうだ。それと、もう一つだけ」

 折戸花子は立ち上がり、開いた手のひらを相手に誇示をする。

「大人、5でどうだ?」

 高井教師は首を傾げ、渋面をする。

「直前の説教はなんだったんだよ」

「私にも私の人生がある。てめェの人生と私の幸せは何ら関係はねえ」

「……」

「どうせ壊れた人生だ。負け犬は負け犬らしく最後まで欲に向き合えよ」

「……」

「私からこれを提案するのは、今日限りだ」

 高井教師は俯き、しばらく考えて返答をする。

「分かった……」

「舞台は用意した。さっさと来いよ」

 高井教師は自転車に触れていた手を離し、折戸花子の進む先に忠犬のように付き従う。

 彼女たちが校門を超えるところのを、陰で一人の女子生徒が眺めていた。

「事件の予感……」

 手塚ジュニアである。

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