第二話 その5
学校の屋上で熱いキスを交わす二人、その一人が折戸花子だった。
「んっ……」
もう一人は、背が高く、そばかすのついた細目の男性教諭である。彼女らは微風の吹く静寂の中で、舌を絡ませる官能的な音だけを立てた。
男は片手を彼女の胸部の片側へとあてがい、その指にわずかな力を込めた。折戸花子は背伸びをしながら眠ったような目をし、身体を相手に委ねながら、指折り時間を数えていた。
その計測が何回目かの折り返し地点に差し掛かった時、彼女は突然に両目を開き、相手を突き飛ばした。
「時間は守れよチンパンジー」
尻餅をついた男に、彼女は冷徹に告げて、口から唾を吐き捨てた。
「沸き立つボルケーノちんちんは満足したかい活火山野郎。感謝しなよ、私はてめえを紳士の一人にしてやったんだぜ」
そして、片手に握られた一枚の札束を誇示し、不敵に笑った。
「紳士とは対価の適当性を重んずる者の名だ。お前が渡したこの一枚に誓って、てめえは六〇秒ぽっきりの時間だけを私から奪う権利があるんだぜ」
男はやおら起き上がり、「そうだったね……」と腿の汚れを払った。
「君の美しさに、つい時間を忘れてしまった」
「あと一秒の延長行為を働いてたら、てめェのケツはカボチャのバスケットになってたぜ」
「長瀬から聞いてたけれど、君はやっぱりおかしな人間だね」
彼に折戸花子を斡旋した
この物語はこれらのプロットを一部引き継いでいるが、この世界の長瀬羽生はそこまでの複雑な運命を背負っているわけではない。彼女が水商売に手を染めていることは設定上存在し得るが、そのきっかけは、正直作者としても決めていない。そういうものだということだけは説明をしておく。ともあれ、長瀬羽生は男に対して知り合いの折戸花子を引き合わせた。それだけの話だった。
「おかしな人間は大いに歓迎さ。僕は
男はポケットからもう一枚の一万円札を取り出し、それを彼女の手に握らせた。
そして、素早く彼女の首を絞めて、その意識を奪いにかかった。
彼女が脱力して仰臥の体勢になる。男はその身体に馬乗りになって笑った。
「僕と
男の握力がみるみる強くなっていく。彼女は判然としない意識の中で、イメージとして、自らの衣服が一つ一つ剝がされていく光景を見ていた。
彼女は虫の息で悶えた。
「……金、よ、こ、せ」
「対価ならきっちりと払う。僕のイチモツはオオカミのように唸るのさ。ふぐりはタヌキだ」
人生の負け犬が、と叫ぶには、彼女の息は続かなかった。
その時、微かにその声は聞こえた。
「おいタヌキ、後ろ見ろよ」
男の後背、塔屋の上から悠長に注意喚起が飛んできた時にはもう遅かった。膝立ちになりズボンのチャックに手をかけた男のうなじの辺りに、猛烈な激痛が走った。
その痛みは温度を持っていた。空中から飛来した煙草の一本の存在は認知するまでには、少しばかり時間がかかった。上空からの投擲によって繰り出された根性焼きに彼が悶えるその一瞬間に、華麗な回し蹴りの軌道がそのこめかみを通過した。
「相羽ぁ!」
男は叫びながら、直後に致命的な鈍痛にやられて容易く卒倒した。
ワイシャツの第一ボタンの開けられていた彼女は、遠のいていく意識の中で、足を上げた男の残心のシルエットだけを見ていた。
「悪いな。居眠りしてたら気づくの遅れた」
放課後になんでそんなとこで寝てんだ、という彼女の声もまた、脱力ゆえに口には出なかった。彼女は瞑目しながら、屋上の戸が開く音と次の会話を聞いていた。
「お、堀田先生」
「折戸さんと高井さんが二人で屋上に行――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます